鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く

ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
ケリー・ライヒャルトの前作についてはこちらの記事を参照

これまでの長編3作品において、ライヒャルト監督は一貫して現代のアメリカを舞台に物語を紡いできた。デビュー作"River of Grass"は倦怠感が満ちる90年代の前半、第2長編"Old Joy"は9.11を経てブッシュが勝利しリベラルが敗北を喫したゼロ年代の中期、そして第3長編「ウェンディ&ルーシー」サブプライムローンの破綻に端を発した経済危機に見舞われる2007〜2008年真っ只中。しかしそんなライヒャルト監督が次に選んだ時代は19世紀の開拓時代、作られたのはアメリカの歴史を司るジャンル西部劇、そんな第4長編"Meek's Cutoff"ライヒャルト監督の1つの到達点として輝きを放つ。

1845年、当時のアメリカは不景気に見舞われており、住民たちも苦しい生活を送らざるを得ない状況にあった。その中で彼らはよりよき未来を求めて西を目指すこととなる。その道こそが"オレゴントレイル"だ。ミズーリ州を起点としてカンザス州、ネブラスカ州ワイオミング州アイダホ州、そしてオレゴン州の6つに股がる約3200kmの長大な道であり、開拓者たちはこの道を行くことで太平洋岸北西部を目指したのである。しかし旅路の最中には伝染病や事故などで命を落とす者も多く、旅は過酷なものであった。

そんなオレゴントレイルを行く者たちがいる。エミリーとソロモンのテトロウ夫妻(ミシェル・ウィリアムズ&ウィル・パットン、両者とも「ウェンディ&ルーシー」からの続投)、ミリーとトーマスという若いカップル(ゾーイ・カザン&ポール・ダノ、この撮影で実生活でもカップルに)、グローリーとウィリアム、そして彼らの息子であるジミーのホワイト家(シャーリー・ヘンダーソン&ニール・ハフ&トミー・ネルソン)。そしてこの3組の家族を率いるのはスティーヴン・ミークという男(「ときめきセクシーチャンス/ビキニ・ショップ」ブルース・グリーンウッド)、彼はこのオレゴントレイルを熟知しており目的地までの近道、つまりはCutoffをも知っているのだという。そんな彼の導きに従い、エミリーたちは歩馬車を引きながら、ひたすらにオレゴンの荒野を進む。

ライヒャルト監督は物語の着想源についてこう語っている。"まず1つのアイデアがありました。口のうまい自惚れ屋が人々を引き連れて砂漠へと赴く。でも彼は地理が分かっている訳でもなく計画がある訳でもない、ただ自分を過大評価しているだけの人物なんです。そして状況はどんどん悪くなっていき、人々は自惚れ屋が自分の信じていた人物ではなくもっと疑うべき人物だったと分かってくる……興味深いことにこの話は現代に共鳴するものがある、労働についての考え方や私たちが時間や空間とどう向き合っているかについてです(中略)そして「ウェンディ&ルーシー」に携わっている時、私とジョンは今作の舞台となる砂漠を車で観て回っていて、この場所で何か撮影したと思ったんです"*1

まず何を置いてもこの荒野の風景は圧倒的なものである。撮影はChristopher Blauvelt、長編作品での撮影監督はこれが初めてだというがそうとは思えないほど荒野の雄大さを凄まじい臨場感で以てカメラに捉えている。周りには砂と岩の塊の他ほぼ何も存在しない荒みきった大地が広がる。昼間の空は抜けるような青の色彩が広がりながら、黄昏を迎えるとそこには群青・橙・黒が折り重なり彼女たちの旅路に禍々しい影を投げ掛ける。その中で印象的なのはグローリーが大地を走るシーンだ。待って、待ってと悲痛な声を上げ彼女は風に飛ばされる布袋を追いかける、大地は乾きにひび割れ痛ましい表情を見せる、それでもグローリーは何とか布袋を掴み馬車へと帰っていくが、そこに際立つのは彼女の安心よりもいかに自然が彼女たちにとって果てしがなさすぎるかという恐怖だ。

序盤は主にエミリーらの日常が延々と綴られる。遠くには山以外何も見えない荒野を昼間中歩き続け、夜になれば食事を取り眠りにつく。朝一番に起きるのはエミリーら女性陣だ、彼女たちはそれぞれの馬車の側で薪を燃え立たせ、朝の寒さに備えて焚き火を起こす。そしてある時、川に辿り着いたエミリーたちは、急流に食器を浸して汚れを洗っていく。風が良い案配に吹いてくる場所では、馬車同士に紐を巡らせてそこに洗濯物を次々と干していく。こういったシークエンスが長々と描かれる様はある意味で退屈以外の何物でもないが、分かるのは物語のフォーカスが旅を主導する男性たちではなく彼らについていく女性たちに当てられているということだ。私たちが抱く退屈は彼女たちが抱く退屈とまた共鳴しあう。

そういった状況で、女性たちが不遇の内にあることを象徴的に示す場面が存在する。岩影に隠れ暑さを凌ぎながらエミリー、ミリー、グローリーが少ない水を分けあっている一方で、男性陣は今後の道行きをどうするか相談しあっている。ミークに対する不信感が少しずつ膨らんできてはいるが、彼が居なければ自分たちはどうしようもない。そのまま進むべきか戻るべきか、いや進むしかないだろう、僕もそれに賛成だ……この後にも進退を決める会議は行われながら、そこでもエミリーたちはただ男たちの姿を遠目に眺めるしかない。自分たちの運命を決める重要な会議の場に彼女たちがいることは許されていない、つまり女性たちからは声が奪われているのだ。もしくは自分たちが何か意見を言おうと聞き入れられないのは分かっていると既に諦めているのか……

そして旅を続けるうちエミリーたちが出会うのは"インディアン"の男性(Rod Rondeaux)だ。自分たちに危害を加えようとしていたのか、それとも他に何かしようとしていたのか、それは分からないがミークたちは問答無用で彼を捕縛し、水の在りかを聞き出そうとする。言葉も通じない男にミークたちは容赦なく暴力を加え、縄で縛ったまま寒々しい夜に捨て置く。エミリーはこの状況に疑問を覚え、男に食事を用意するなど世話を焼く。夫のソロモンたちは彼に近づくなと釘を刺すのだが、それを無視して自分の意思で以て彼のボロボロの靴を修繕するようになる。エミリーと男性たちの間に軋轢が生まれ始めるが、それと同時に彼女の心にある思いが湧いてくる、何故彼ら"インディアン"は虐げられなければならないのか、何故私たち女性は今こんな状況にあるのか。

先にも書いたが西部劇とは生来的にアメリカの歴史と切っても切れない関係にある、アメリカがいかに繁栄と衰退を繰り返してきたか、この地に元々住んでいた原住民たちとどのような関係を築いてきたか、もしくは彼らにどのような抑圧を向けてきたか、こういった物を西部劇は映画史の始まりより今まで描いてきた。だが同時に考えなくてはならないのが、西部劇において中心になったのは殆どが男性であったことだ。物語に登場する人物、そしてその裏側にいる作り手たちも殆どが男性だ。女性は脇役か、物語の中心に据えられるといっても男性の視線を介した客体であり続け、作り手においてはもっと少ないと言うべきだろう。

これに関連して、ライヒャルト監督は次のような発言をしている。"もし過去の記録を読んだとすると、伝統的な男性的視点がどれほど私たちの歴史をより小さい物にしているか気付くでしょう。私はそういった男性たちの出会いや争いという西部において一般的な出来事とはまた違う視点を提示したかったんです"*2

つまり"Meek's Cutoff"は今まで周縁に置かれてきた女性たちの視点から西部劇を、アメリカの歴史を語り直すという壮大な野心に満ちた作品なのである。そして監督のこの思いはエミリーと、彼女を演じるミシェル・ウィリアムズにこそ託される。旅が進むにつれて男の処遇を巡り内部の軋轢は厳しさを増す、そしていつまでも目的地に着かない焦燥がミークへの不信を呼ぶ。この2つの緊張が最高潮に達する時、ミークと対峙したエミリーの浮かべる表情には無二の力が漲っている。埃と砂に薄汚れながら、恐怖に身を震わせながら、しかし眼光は鋭く満ちる気迫に揺るぎはない。彼女の姿にはライヒャルト監督の男性中心主義への怒りと、大いなるシステムを転覆させる覚悟が浮かび上がる。"Meek's Cutoff"は女性たちが奪われた声をその手に取り戻すまでの物語だ、荘厳なる戦いの物語なのだ。


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その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
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