鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを

アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
アーロン・カッツの略歴、およびデビュー作"Dance Party, USA"についてはこちらの記事を参照。

今までの人生を変えてしまう1日の出会い、そんなトキメキを映画は様々な形で提供してきた。リチャード・リンクレイター「ビフォア・サンライズは言うまでもなくそういったジャンルの中でも最上の魅力を放ち、アンドリュー・ヘイ「ウィークエンド」もまた2人の青年の出会いから始まるかけがえのない1日を繊細な筆致で描き出す美しい1作だった。変わり種ではケベック出身のアンヌ・エモンによる「ある夜のセックスのこと」があった。アパートの一室で繰り広げられる愛・芸術・移民・死・性と生についての一方通行な言葉の投げ合い、上記2作に比べると知名度は高くないがクオリティはそれらに勝るとも劣らない名作だ。さて今回紹介するのはそんな1夜の出会いをマンブルコアという枠内で描くとしたら……というアーロン・カッツの第2長編"Quiet City"を紹介していこう。

スクリーンに沁み渡るのはオレンジ色の夕焼け空、橙から紫、そして闇の黒へと移ろうグラデーションは観る者の心を魅了する。空には灰色の雲が雄々しく棚引き、かと思うと工場の煙突から噴き出す黒煙がその美しさを覆い隠そうとする、そして地上に突き立った鉄塔の数々は美しき橙を掴もうと必死にその手を伸ばしている。そんな風景に重なるのはドラムの響き、耳に心地よく心に高揚感を湧き立たせる軽妙な響き。太陽は今にも沈もうとしているが何かが始まろうとしている、そんな予感が私たちの胸を満たしていく。

21歳のジェイミー(Erin Fisher)は友人のサマンサと会うため遙々ブルックリンへとやってきた。待ち合わせ場所は彼女の行きつけというダイナー、しかし場所が分からないジェイミーはたまたま近くにいたチャーリー(Chris Lankenau)という青年に道を尋ねることに。道案内の最中、何となく波長が合うのか会話が弾む2人、そしてダイナーに着いたはいいがサマンサは何処にもいない。チャーリーと適当に暇を潰すジェイミーだったが夜は更けていき、成り行きでチャーリーの家に泊まることになる。

「ビフォア・サンライズにおいてこの1夜の出会いを牽引するのはウィットの効いた会話の数々だったが、マンブルコア作品にそういった物は望むべくもない。ジェイミーたちの間で成されるのは友人との関係、昔の恋人のこと、今の生活のこと、本当に何気ない会話ばかりで気の効いた言葉なんか何処にも現れないし、笑えたり面白かったりそういった要素もない、ただ……こう……まあ……とそんな朴訥とした会話が淡々と繰り広げられる。でもだからこそ初めて出会って互いの距離を見極め何となくその距離を詰めていくというリアルな空気感が此処には満ちている。カッツ監督にとってはああいった観客を楽しませる軽妙ながら、悪く言えばわざとらしいものでなく、もっと親密でリアルなものを追い求めている訳だ。

その傾向はジェイミーたちが部屋に泊まるシーンで顕著になる。2人はぎこちなくも交流を遂げる、チャーリーが父親から送られたというワインを呑み何だか苦いと笑いあい、小さな電子ピアノを見つけたジェイミーがチャーリーを巻き込んで演奏を始めたりする。そういった些細な出来事をカッツ監督は積み重ねていくのだが、その眼差しは暖かく、ふとした瞬間に浮かぶ彼女たちの感情を丁寧に掬い取る。不思議と性的なテンションがないのもまた魅力だ、ジェイミーは持ち前の明るさで以てチャーリーに接し、薄く心に陰がかかっているような彼も心を開いていく。その徐々に築かれる関係性には性的な要素が一切なく、美しい友愛の情で満たされている。

そして"Quiet City"においてはAndrew Reedの手掛ける撮影もまた魅力的だ。冒頭の嘆息する他ない黄昏の風景からチャーリーの部屋の照明まで全編がオレンジの色彩に染まっているのだが、色彩の美と巧みな撮影技術が組合わさっているのが公園を舞台とした長回しのシークエンスだ。翌日、2人はサマンサを探す途中で近くの公園に立ち寄る。芝生に置かれたカメラは最初彼らの足元を映し、少しずつ上へとパンしていく。空は陽光のヴェールがかかったような色、2人の姿は逆光で影に覆われるコントラストの妙。そしてお遊びで2人はかけっこを始めようとするのだが、カメラは先の位置を映すようになり、しかし向こうの木々には太陽が重なり煌めきを見せ、彼女たちはその方向へと駆け出していく。胸を打つ暖かさと希望に満ちた奇跡のような瞬間。"デジタルカメラテレンス・マリック"というカッツ監督の異名も納得というしかない。

"Dance Party, USA"アメリカにおけるレイプカルチャーの根深さという社会に対する問題提議が先にあったが、"Quiet City"はそういった要素は影を潜めマンブルコアへと更なる接近を遂げたという印象が強い。その証左として今作にはジョー・スワンバーがチャーリーの友人役として出演している。彼の作品"LOL"がオールタイムベストというカッツ監督はSXSW映画祭においてスワンバーグやグレタ・ガーウィグライ・ルッソ=ヤングとの邂逅を果たし、彼らの作風を取り込んでいったのだと思われる。その結果終盤はアンチ・クライマックスとも言うべき、ただただ人々がギャラリーやパーティでベラベラ喋っているだけという全くマンブルコア的としか言いようがない驚きの展開を迎える。チャーリーやジェイミーが映っていないシーンも多々あり、本当にそれで終らせて良いのか?という感じながら、最後にはこういったジャンルの終着点へと綺麗に着地していく、本当にささやかだが、胸に温もりが込み上げてくる愛の芽生えへと。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
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その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
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その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
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その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
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その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
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その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
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