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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと

2014年、サッカーの本場ともいうべきブラジルでワールドカップが開催された。国民は熱狂しブラジルの優勝を願ったが、準決勝のドイツ戦において7-1の大惨敗を喫することとなった。これはワールドカップ決勝トーナメント史上最多失点での敗北であり、ブラジル中が失望の渦に包まれる。この年はある意味でブラジルにとって忘れられない年となったが、今回紹介するのはこのワールドカップを背景として父と子の関係性を描き出した"O Futebol"とその監督Sergio Oksmanだ。

Sergio Oksmanは1970年ブラジルに生まれた。サンパウロではジャーナリズムを、ニューヨークでは映画について学んでいた。現在はマドリードに在住、スペインの国立映画学校ECAMではドキュメンタリーについての教鞭を取り、製作会社Dok Filmsを立ち上げるなどしている。

記載されている限りの彼の初監督作は"Irmãos de Navio"、ブラジルにおけるユダヤ人移民について描いた中編ドキュメンタリーだ。1999年からは"El partido del siglo"という小さな頃から興味を抱いていたサッカーについての連続TVドキュメンタリーを手掛ける。2000年の"Voto blanco"レアル・マドリードの姿を通じてスポーツと政治の関係性を描き出す作品、同年の"Aznar-Almunia: Diario de campaña"は大統領選の舞台裏を描いたドキュメンタリー、2001年の"Restos de noche"は5人のゴミ収拾人の視点からマドリードという都市を描く作品であり、この時代は様々な観点からスペインを描くというドキュメンタリーを多く製作していた。

2004年の"Benfica na Memória"から少しずつ風向きが変わり始める。今作はリスボンを拠点とする有名スポーツクラブであるSLベンフィカ、そこに所属していた元サッカー選手の6人が集まりその当時の思い出を語るという作品。2005年の"A Esteticista"アウシュビッツ収容所から奇跡的に生還し、現在はブラジルに住んでいる美容師のハンガリー人女性を描いた作品で、2006年の"Goodbye, America"は60年代アメリカの国民的ドラマ「マンスターズ」のグランパ役であるアル・ルイスが82年もの生涯を振り返るといった作品で、この作品を最後に彼は天国へと旅立った。今作からOksmanは映画作家Carlos Muguiroと共同で映画を作りだし、彼の作風は再びの変貌を遂げることになる。

2009年の"Apuntes sobre el otro"を経て、2012年にはOksmanの名を世界を轟かせた作品が"Una historia para los Modlin"である。主人公はElmer Modlinという俳優、彼はエキストラとしてローズマリーの赤ちゃんに参加したのだが、それをきっかけに家族を捨てスペインへと移住、30年もの間アパートで身を潜めながら暮らすことを選ぶ……という作品なのだが、虚構と現実が交わり合った複雑な作品であり、ブエノス・アイレス・インディペンデント映画祭で短編賞、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭では短編ドキュメンタリー賞、ゴヤ賞では短編ドキュメンタリー部門の作品賞を獲得するなど大きな話題となる。そして2015年、彼は最新作"O Futebol"を監督することとなる。

映画監督のセルジオはスペインから故郷のブラジル・サンパウロへと帰ってくる。目的は20年以上もの間疎遠だった父のセマンに会いに行くためだ。セルジオは複雑な思いを抱えながら父との再会を喜ぶのだが、その時彼はある提案をする。来年はブラジルでワールドカップがある。子供時代には一緒に何度もサッカーを見に行ったし、その時のようにまたサッカーを見よう、都合があう限り全部の試合を一緒に……"O Futeobol"はそんなワールドカップが開催されるつかの間の日々を背景とした、父と息子の交流を描き出した物語なのである。

1年後のブラジル、私たちはまず父セマンの日常を目の当たりにする。彼は精密機械に携わる小さな会社を経営しており、たった1人の従業員と忙しい日々を送っている。なのでなかなか息子と一緒に試合を見れないのが現状だ。それでも空いた時間を見つけて、彼はセルジオとソファーに並んで座りながら試合を観戦し、下らないことを喋ったりする。時々は酒場に繰り出しビールを呑みながら周りの客たちと共に試合を楽しんだりする。俺はこの町で一番サッカーに詳しいんだよ、他にも一番詳しいって言ってる奴がいるだと、じゃあそいつを此処に連れてこい……

"O Futebol"は本当にただそれだけを描く作品なのだが、何とも形容し難い奇妙な手触りがある。まず頭に浮かぶのはこれはフィクションなのかドキュメンタリーなのか?という問いだ。登場する人物は監督含め全員本人なのだが、約束したのに監督がやってこない展開が続きながら、でもカメラがセマンを撮影しているのだから監督はそこにいるんだろう、でも……一体何なんだ?とクエスチョンマークが幾つも浮かぶ妙な空気感の中で今作は展開していく。

この製作手法について監督はこう語っている。"(現実と虚構を行き交う製作法について聞かれ)おそらく私の興味を最も惹くのはハッキリと線引きすることが難しい、どんなレベルにおいても不確かであることです。私が思うに、何がリアルで、何が虚構であるかというのを分けるのは真実性という尺度で計れないものなのでしょう。例えばスペインにおける政治、スピーチやカメラに映る物は前もって組み上げられていながら、あれだって現実と言われます。つまり私たちが生きる世界は――映画だけではありません――現実と虚構の境界線の上で展開しているのです。

カメラに映るもの全ては完全にコントロールされています。撮影前に私たちはイメージや構成、色味などを慎重に話し合ってきました。外からの視点も前もって決めていたんです。私は映画の登場人物として振る舞っていましたが、映画自体は誰の主観視点で語られてはおらず、自伝的もしくは主観的なドキュメンタリー、つまりは何らかのジャンルとして理解される作品という訳ではありません。実際には全く逆なのです、外部からの視点こそが映画に統一性を与えていました"*1

今作を観ながら想起したのはルーマニアン・ニューウェーブの旗手Corneliu Porumboiuによる"The Second Game"だった。監督とサッカーの審判をしていた彼の父親がチャウシェスク時代の試合の映像を見ながら、秘密警察の恐ろしさや当時の思い出を語るといった内容で、ドキュメンタリーだとかフィクション以前にもはやフッテージにコメンタリーを付けただけで映画と言っていいかどうかすら解らない代物であり、この"O Futebol"もそんな曖昧な領域にあると言いたくなる。

ある時画面に現れるのは古いホームビデオだ。何十年も昔のとある式典を描いているらしいが、父と息子の会話からこれがセマンの結婚式だと分かってくる。この時代を懐かしみながらも、そんなノスタルジーを許さぬセルジオは何故家から出ていったのかと詰問する。セマンの言葉は要領を得ないままに、話題ははぐらかされる。2人の間で繰り広げられる会話の数々、響きは穏やかだがその裏には怒りと悲しみ、様々な感情が渦巻き、計り知れない思いの存在を私たちの心に語る。

だがまた奇妙なのは前半においては間の抜けたコミカルさが根底にあることだ。2人はよく車に乗って町を走る、セマンがいつでも運転席でセルジオはいつでも助手席だ。そして運転中の2人を後部座席に固定したカメラで撮影するとそんなシークエンスが何個もあるのだが、特に可笑しいのは試合鑑賞のためあるスタジアムに向かう場面だ。セルジオはセマンの運転に結構口出ししてきて、道合ってるか?道合ってるのか?と心配し、セマンはどの道でもスタジアムに通じてるよ!と言い、案の定道に迷う。道の悪い路地(印象的なのはどこ運転していてもガンガン車がバウンドしている所だ)を行きながら、そこに女性、そこに女性歩いてるのからな!と息子が叫び、俺だってそれくらい見えてる!と父が叫び返す。このドタバタ劇は父と子の距離が少しずつだが近づいているとそんな暖かさを観る者に教えてくれる。

それでも今作は否応なく2つの運命を見据えることになる。日々がどこかアッサリと過ぎ去っていく中で、何の前触れもなくセマンが入院してしまう。煙草の吸いすぎによって呼吸器に異常が見られるというのだ。セルジオはここでだって試合は見れると彼を慰めるのだが、帰り道セルジオが運転席に乗る一方で助手席には誰も座っていない。私たちは生きていくにあたり様々な死と対峙せざるを得ないが、その中で最も大きな悲しみを呼ぶのは両親の死だろう。他の人々と同じくいつかは親だって死ぬんだ、そんな当たり前だが信じられない事実を知ってしまったセルジオは深くうちひしがれる。

"O Futebol"において描かれるサンパウロはくすんだ灰色と重苦しい雨に満ちた世界だ。ブラジルでのワールドカップ&オリンピックの開催決定は人々を興奮の渦に巻き込み、後者の決定時には当時の大統領であるルラ大統領は涙を流して喜んだが、彼の姿に人々が見出だした経済発展の光景はここにおいて見る影もない。確かに彼が大統領を務めていた間、経済は好況を呈していたが、ルセフ大統領の時代に入り経済は停滞を迎え格差は無情にも開いていく。映画とは話が前後するが2015年から2016年にかけては大規模汚職が発覚し、オリンピックの開催すら危ぶまれている。ブラジルは暗黒時代を迎えているが、そんな中で監督が見据えるもう1つの運命こそが王者ブラジルの敗北である。

冒頭にも書いた通り、ドイツとの準決勝においてブラジルは7-1という大惨敗を喫した。セルジオは敗北にうちひしがれ、恥さらし!という言葉が飛び交う町を車で駆け抜ける。道には緑の映えるブラジル国旗が張り巡らされているが、夜の闇の中で風に揺れるその姿には虚しさが滲む。今この時本当の意味でブラジルの繁栄は幕を閉じ、終りが始まったとでも言うように。

参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/oksman-sergio(監督プロフィール)
http://variety.com/2015/film/festivals/sergio-oksman-carlos-muguiro-o-futebol-notes-of-the-other-a-story-for-the-modlins-1201566250/(監督インタビューその1)
http://www.filmcomment.com/blog/locarno-interview-sergio-oksman-and-carlos-muguiro/(監督インタビューその2)

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