鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ

ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
ジョー・スワンバーグの作品についてはこちら参照。

2006年の"LOL"においてグレタ・ガーウィグはただの脇役でしかなかった。しかしジョー・スワンバーは彼女の中に何かを見出だした筈だ。そして2007年には彼女を主演に据えた「ハンナだけど、生きていく!」を製作、彼女の魅力を存分に生かし彼の出世作となったばかりか、マンブルコアのマニフェスト的な作品として名を馳せることともなる。そして2008年にはガーウィグはスワンバーグとの共同監督として"Nights and Weekends"を手掛けるまでになる。しかし今作は結果的に2人の道が別たれる未来を象徴するような作品となった。

冒頭はスワンバーグお得意のあけすけなセックス描写から幕を開ける。ジェームズとマッティのカップル(スワンバーグ&ガーウィグが兼任)は部屋に入った途端、濃厚なキスを交わす。そして床に倒れこんだかと思えば互いに服を脱がせあう。余りにも興奮しすぎて上手く脱がせることすら出来ないが、そんな瞬間ですら彼らにとっては愛おしい瞬間だ。服を全て脱ぎ捨てた2人は、そして肌と肌を重ねあう。

2人はジェームズの部屋で親密な時間を過ごす。一緒にシャワー浴びない?とマッティが誘ってくるかと思えば、ジェームズがわざと滅茶苦茶汚らしくバナナを貪り、マッティがオエエ〜と舌を出したり。しかしその最中にふと切なさが浮かび上がる時がある。彼らは公園でバカみたいに遊び、ジェームズはピエロのようにおどけてみせたりするのだが、突然マッティが泣き始めてしまう。彼は宥めようとするのだがマッティの涙は止まらない、3ヶ月ぶりに会えたのにまた別れなきゃいけないなんて嫌だ、嫌だよ……

デビュー作"Kissing on the Mouth"から一貫して自分たちの世代が直面する現実を映画として捉えようとしてきたが、今回彼が取り上げた主題は遠距離恋愛である。彼らはそれぞれの夢を叶えるため、シカゴとニューヨークに別れて生活している。2人で決めたことではあるが、何ヵ月かに1度しか会えない今の状況は辛いものだ。それでもプリクラに行ったり、何だか変なライオンの人形を作ったり、ジェームズたちは限られた時間を喜びと楽しさで満たそうとする。愛が何処かへと消えてしまわないように。

監督と脚本を共同で手掛けると共にカップル役をも演じるスワンバーグとガーウィグだが、既に2作品を共にしてきた2人の相性は抜群だ。撮影監督であるMatthias Grunskyと同じくマンブルコアを担うリン・シェルトン組のBenjamin Kasulke(シェルトン自身もマッティの姉役で出演)のカメラはクロースアップを多用しながら、多くの時間2人の顔が同じフレームに入るようにしていく。様々に移り変わる彼らの表情からは何とも言い難い親愛の情が溢れており、その情は彼らだけでなく観客である私たちにとっても切実なものに感じられる。

だが撮影現場はかなりヤバかったらしい。ガーウィグは2008年時のインタビューで今作についてこんな言葉を残している。"この映画は獣のような映画で作るのに骨が折れました。観るのすら辛いんです。人々が本当に気に入ってくれてるのは嬉しいけど複雑でもあります。嫌って欲しいとすら思ってます、作るまでが本当に困難で多くの物を犠牲にしたんですから。そうは思いながら好きでもいて欲しい、だって多くの物を犠牲にしたんだから! つまりこの映画とはとても奇妙な関係にある訳です"*1

"最初は幸せなカップルについての映画を作ろうと思ってました。ですけど撮影を始めてから、自分たちが別の映画を作っていることがハッキリしたんです。元々計画した映画のために撮りたかった場面全てを撮影した後、酷い喧嘩になりました。そして3ヵ月会話をしないまま「ハンナだけど、生きていく!」の上映でアメリカ中の映画祭を回るうち、それからやっと(映画について)話し始めました。ジョーは前半部分のフッテージ映像が全て入ったハードドライブを持ってきて、それを観ながらこの映画はどうあるべきかという考えをまとめていた時、まだ撮影が必要だと気付きました。それで前半を撮った1年後に後半を撮って、だから登場人物の人生も同じく1年が過ぎているんです。完成までは本当におかしな道を辿っていました"*2

製作直後なのに結構ぶっちゃけた感じがあるが、スワンバーグの場合は4年後のインタビューで更にぶっちゃけた話をしている。""Nights and Weekends"のセックスシーンは惨めな物でした。グレタ(・ガーウィグ)が私を全く信じてくれず、自分も彼女を信じずにずっと喧嘩していたんです。この撮影が最後の共同作業でしたが、後にはもう友人でも協力者でもなくなった、最悪の経験でしたよ。映画自体については大いに誇りに思っていますし、今でも人々が関心を持ってくれるのは良いのですが、製作過程は最悪だった……"*3いやー、でもそんなこと全く感じさせない化学反応が此処には存在しているのだ。

しかし時は容赦なくマッティたちの愛に襲いかかる。時間がふとした瞬間に変わるごとに、彼らの関係性には陰りが見えてくる。互いに電話を無視してしまったり、マッティは自分のパソコンをジェームズに使わせるのを拒んだりと態度がぎこちなくなっていく。スワンバーグの愛に対する視線は常にシニカルだ。どんなに濃密な関係性だとしてもふとしたキッカケでも崩れるのは容易い。時の流れの中で愛は磨り減り、その存在は薄れていく。これを食い止めるにはどうすれば良いのか、それともそんなこと不可能なのか。そんな懊悩が次第に滲み始める。

それにつれ物語のフォーカスは2人の関係性からマッティの心へとシフトしていく。劇中において彼女は何度も涙を流す。最初は恋人と会えなくなる寂しさに涙が零れ落ちながら、それ以降は独りで泣き続ける。その涙には彼に知られたくない感情が浮かんでいるからだ。そんな中でジェームズが仕事の都合で写真撮影を行うことになり、恋人の彼女もそれに参加することになる。カメラマンが雰囲気を高めるために美辞麗句を投げ掛ける時、ジェームズが満更でない表情を浮かべる中で、マッティの視線はフラフラと移ろう。愛してる、愛してない、愛してる、愛してない……そしてこの残酷なまでの温度差は物語の冒頭に呼応する形で決定的なものになる。

"Nights and Weekends"はスワンバーグらの世代が抱く痛みの感覚を、隔たりという要素を軸に描き出した作品だ。そしてこれを最後にスワンバーグとガーウィグはタッグを解消し、それぞれの道を歩み始める。この隔たりがいつか無くなる日は再び訪れるのだろうか。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
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その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
その133 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景
その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
その136 Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている
その137 Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?
その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
その141 ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
その144 ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する
その145 Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと