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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける

アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
ジャルスキー監督の略歴、およびデビュー長編"Funny Ha Ha"についてはこの記事を参照

2002年アンドリュー・ブジャルスキーは初長編"Funny Ha Ha"を作りだし――それが彼の意志に反するにしろ――"マンブルコア"というムーブメントの門戸をこじ開けることになった。しかし当時は批評家陣から"これは21世紀の"Slacker"だ!"*1と太鼓判を押されるほどの評価を獲得しながらも配給がつかないなど、ブジャルスキーは不遇の時を過ごしていた。それでも第2長編を製作するため、彼は中学校で代用教員として勤務する一方で、友人や家族からの援助を受けながら製作費を稼いでいく。しかし2004年には"Funny Ha Ha"のインディペンデント・スピリット・アワード「今後の劇場公開を期待したい」映画賞を受賞し、それに伴ってとうとうのアメリカ公開が決定する。この出来事を追い風として2005年にブジャルスキーは第2長編"Mutual Appreciation"を完成させる。

20代も半ばを過ぎたアラン("Alexader the Last"ジャスティン・ライス)はニューヨークからボストンへとやってきたばかりだ。というのも自身のバンド"The Banblbee"がいわゆる"方向性の違い"という奴で空中分解し、メンバー探しも兼ねて心機一転、ボストンという新天地へとやってきたのだった。彼が頼るのは親友のローレンス(ブジャルスキーが兼任)、現在は教師をしており恋人のエリー(Rachel Clift)と共に同棲中。そういうことで彼らの同居生活が始まるが、何とも言えない感じで日々はフワッフワと過ぎていく。

"Mutual Appreciation"はこの3人を中心に話が進んでいく訳だが、やはり今作も"Funny Ha Ha"に続いて意味のないダベりと呑気な彷徨いに埋め尽くされている。冒頭からアランとエリーがベッドに寝転がり菜食主義についてダラダラ話しているかと思うと、3人が集まった際にアランは今後の計画について話そうとするのだが、何故か話はローレンスのケツに出来ているスッゲーデカいホクロのことになり、エリーによって晒された彼の汚ケツを目の前にして「ケツの癌でくたばるとか勘弁しろよ!」とアランが囃し立てるなんて、前作にも増して酷い。そして何か行動するにしろ、アランはラジオDJのサラ(Seung-Min Lee)に迫られ何となくキスして、何となく男女の関係?っぽい感じのに陥ったり、行き当たりばったりで話は進んでいく。

アラン役のジャスティン・ライスは"Funny Ha Ha"の主演で今作にもチョイ役で出演しているKate Dollenmayerと同じくブジャルスキーのルームメイトだったという関係、そして実際にBishop Allenというバンドを組んでいて本作の役柄とちょいちょいダブる所がある(ちなみに"Funny Ha Ha"で主人公マーニーとなあなあの関係に陥る青年アレックスはこのBishop Allenのボーカルであるクリスティアン・ラダーだったり)。そんな人物が主演なので、ギターやドラムの軽快な響きが全編に満ちている。特にアランがサラの弟であるドラマーのデニスと共にライブハウスで演奏を披露するシーンは印象的で、ギターガンガン掻き鳴らして熱唱しているアラン、それを見ながらヒソヒソ会話をするローレンスとエリー、そして酒を飲みながら体をくねらせたり密かに恋人の尻を触っている名も無き人々など、この会場に満ちる熱気とまでは言えないが独特の空気感が上手く捉えられていたりする。だが一歩カメラが引くと分かるのは、客足がまばらってことだ。こう見るとアランの熱唱も虚しく思えてきて、何だか世知辛い。

そして重要なのは上記のライブシーンに顕著だったりするのだが"Mutual Appreciation"には米インディー界の偉大なる先人ジョン・カサヴェテス影響が色濃いということだ。撮影監督は前作に引き続いてMatthias Grunskyだが、今回はボヤっとした白黒撮影にスタイルが変化しており、そうして捉えられた世界が宿す濃厚な生の感覚や心地よくザラついた手触りはカサヴェテスの作品、特に彼の長編デビュー作アメリカの影」が宿すそれに似ている。だが決定的に異なる点は、カサヴェテスの作品が登場人物以上にニューヨークという都市の空気感を捉える開けた感覚を持っていたのに対して、"Mutual Appreciation"は真逆で舞台はほぼ屋外であり、登場人物を取り囲む世界ではなく彼らの内面にこそある不安定な世界を画面に焼きつけようという意志が存在している。

そして物語が進むごとに、ローレンスの恋人であるエリーにも焦点が当てられていく。ローレンスとの生活に幸せを感じながらも何処か満たされない思いを抱えているエリーは、バンドのアレコレについてアランを手助けしているうちにフラフラっと彼に接近していく。あなたのこと、キスできるくらいには好きなんだけど……へえ、そうなの、ありがとう……という全く煮え切らない、まどろっこしい会話が何となく繰り広げられていき、白と黒のアンニュイな映像に曖昧な三角関係が立ち上がっていく。

ジャルスキーの監督作、特に"Funny Ha Ha""Mutual Appreciation"は禅的な映画と呼ばれている(実際本作の中でエリーが「これってすっごく禅って感じ」みたいな発言をするシーンがあったりする)。ダラダラした中身のない会話の連続、それを何の工夫もないままただただ映し出す締まりもクソもない長回し、これを観るのはかなり苦痛で、余りにも退屈なので一回止めてもう30分くらい経ったよなとか思い時間を確認するとまだ10分しか進んでいないとかザラである。そのうち私たちは体感している時間が粘度を帯びて停滞していくにのを感じ、いつしか濃密になっていく時間の中で自分は一体何を見ているのだ?自分は一体何をしているのだ?という実存主義的な瞑想状態に陥り、最後には"無"という唯一にして絶対的な真実へと辿り着くこととなる……というのは言い過ぎかもしれないが、そんな錯覚に陥るくらいには独特な、言い換えれば退屈な映画な訳である。

だがこの停滞した時間が、ブジャルスキー作品の登場人物にとっては居心地の良いぬるま湯であることは先の"Funny Ha Ha"レビューでも記した。気心知れた仲間と共に半径何m圏内をフラフラして、何事も白黒ハッキリつけないで保留にしたまんま、現実なんか見据えないで日々を過ごしていく。それが一生続けられたらどんなに良いか!と思うが、人生そうも上手くいかない……普通だったらそんな流れになる筈だが、今作は別に今はそんなん考えなくてそういうの後でで良くない?とぬるま湯状態を肯定して終わるのである。曖昧な三角関係もうやむやなまんま、言葉には出来ないんだけどまあこういう、ねえ……言いたいこと分かるでしょ?という感じで幕を閉じてしまう。"Mutual Appreciation"はボヤボヤっとしてフワフワっとした、なーんかそういう閉じられた世界の心地よさみたいなのを描いたって、まあそんな映画っていうね、うん。

今作は2005年のSXSW映画祭でプレミア上映された訳だが、この時Indiewireのインタビューで同時代の作家たちと自分の関係性について聞かれて彼はこう答えている。

"思うに自分と同じ影響を受けた――逆に受けるのを拒んだのも然り――映画作家が何人も現れていますが、そこにはインディー映画界の、それこそ葬り去りたいくらいには思っている安っぽい側面が見え隠れしています。私の新作"Mutual Appreciation"はSXSW映画祭でプレミアになったのですが、そこではあるムーブメントについての会話が繰り広げられていて、それは若い理想家気取りの作家たちが演技重視の映画が多く上映されていたからです。私の映画で音響効果を担当しているエリック・マスナガがそのムーブメントに付けた"マンブルコア"という名前はとてもキャッチーなものではあります。何本かそういう映画を観て気に入ったものも多いのですが、それらを同じグループに括ってしまうのは作品を矮小化させていると思いますし、馬鹿げてるでしょう。もしそれが確かにムーブメントであったとしても、私はそこから出ていきたいし、何か別のことをしたい。誰かがもう既に作っている映画を作ったって意味はないんです、そこに何か新しいものを宿すことが出来ない限りは"

注目すべきなのは、記録に残っている限り"マンブルコア"という言葉が初めて使われたのがこのインタビューらしいのだ。友達がこんな造語作ったんだけど、でもさぁこりゃ括りが雑すぎるよねーって感じで不用意に出した言葉が、彼の危惧した通りの形で、しかも世界的に広がるとはブジャルスキー自身予想していなかっただろう(友人のジョー・スワンバーデュプラス兄弟は満更でもない感じでその言葉を使い、マンブルコアを広めるのに貢献していたのも彼には頭が痛い問題だっただろう)そしてここからブジャルスキーとマンブルコアというムーブメントとの長きに渡る戦いが幕を開けることとなる。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
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その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
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その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
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その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
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その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
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その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
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その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
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その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
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その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
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その145 Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと

*1:"Slacker"リチャード・リンクレイターのデビュー長編で、90年代における米インディー映画隆盛を準備したとされる、もちろん日本未公開だぜ!!!