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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Virpi Suutari&”Eleganssi”/フィンランド、狩りは紳士の嗜みである

太古の昔から人間は生存のために狩りを行ってきた。しかし文明が発展していくにつれて、生存のため以外にもある種の遊戯としての狩猟が行われるようにもなる。それは純粋な娯楽である時もあれば、戦争に備えた訓練という側面も持ち合わせ、主に上流階級に所属する貴族たちがそうして狩りを嗜んできた。現在でも前者は広く行われているが、後者は貴族というよりやろうとすれば誰でも出来る娯楽として楽しまれるようになっている。そんな中で上流文化としての狩猟が未だに残っている国がフィンランドであり、今回はそれを描き出す短編ドキュメンタリー"Eleganssi"とその監督Vipri Suutariを紹介していこう。

Vipri Suutariは1967年4月21日フィンランドのラヴァニエミに生まれた。夫は日本では「ウィンター・ウォー 厳寒の攻防戦」が紹介されている俳優マルッティ・スオサロ Martti Suosalo、彼と共に製作会社Euphoria Film Oyを経営している。現在はヨーロッパ映画アカデミーの会員も務めている。

まずはTV界でキャリアを始め、Susanna Helkeと共に"Joskus jopa hävytön"(1993)、"Rakastaja - Olisi tragedia jos sinulle kävisi huonosti"(1994)、"Eläimen käsi - rajallisia luontosuhteita""Tervaskanto"(1995)、"Saippuakauppiaan sunnuntai"(1999)など精力的に短編ドキュメンタリーを製作、タンペレ国際短編映画祭、レーゲンスベルク短編映画週間などで多数の賞を獲得する。

2000年頃から長編ドキュメンタリーを制作し始め、2001年には職のない若者たちの日常風景を綴った作品"Joutilaat"を製作しユッシ賞(フィンランドアカデミー賞)でドキュメンタリー賞を受賞し話題となる。2010年の"Auf Wiedersehen Finnland"からHelkeとのコンビを解消し、2013年には社会から疎外される若者を描いた"Hilton!"を、2014年には"Eedenistä pohjoiseen"を手掛ける。後者は庭作りに異様な情熱を傾ける中産階級の夫婦を描いたドキュメンタリー作品で、シアトル国際映画祭の特別賞、タンペレ国際短編映画祭の長編ドキュメンタリー賞、ジュシ賞では音楽・ドキュメンタリーの2部門を制覇する。そして2016年には新作ドキュメンタリー"Eleganssi"を監督する。

フィンランドにおいて男たちは自分たちの倶楽部を作り、そうして狩りを行ってきた。古くはウサギ狩りを行い、メンバーの何人かが狩猟犬の役割を果たしながらウサギを追いたてた後、彼らを次々と狩っていくという風に。しかし西欧、主に英国からやってきた狩猟犬を飼う現在ではもっぱら野鳥を狩るようになっている。獲物は倶楽部のリーダーに捧げられ、そうして執り行われる晩餐によって狩りは幕を閉じることとなる。"Eleganssi"はそんなフィンランドの狩猟文化を描いたドキュメンタリーだ。

冒頭に映るのは格調高い雰囲気を纏った老人だ。コートを身に纏い、頭にはハンチ帽、片手でショットガンを抱え、片手で狩猟犬のリードをしっかりと掴んでいる。冬の凍てつくような大気に色彩を剥ぎ取られたような草原を、しかし彼らは厳格たる歩みを以て進んでいく。男の視線は森に隠れる獲物を見極めようとするかのように鋭い。草を踏みしだく足音だけが辺りに響く中で、突然響く銃声が静謐を引き裂いていく。それを祝福するように犬たちの鳴き声が響き渡る。

ジョルマ・オッリラ、ターコイズブルーのベストを着て、眼鏡の奥の薄い瞳で虚空を眺めながらポーズを決めるその姿はファッションモデルと言えどもおかしくない雰囲気を湛えている。普段の彼はとある会社の重役であり、休日には愛犬ノルマと共に野鳥狩りを楽しんでいる。彼は40歳手前で同じ会社の役員から誘われ、狩りを始めたのだという。彼の他にもメンバーが紹介されていくのだが、誰もが重役であったり、出版社の経営者であったりと高い地位にある人物ばかりである。

そんな彼らが狩りの道すがら語る逸話も、狩りにまつわる物にしろそうでないにしろ信じられないものばかりだ。ある男は小さな頃、友人を連れだってマネの「草上の昼食」を自分たちで再現しようということになった思い出を語る。人々がそれぞれの場所でポーズを取るうち、女性は裸にならなくてはならないことに彼らは気づく。しばしの沈黙の後、そこにいた2人の女性は服を脱ぎ裸体を晒すのだが、何とその片方はフランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴの姉妹だったそう(それはフランソワーズ・ドルレアックかはたまた別の姉妹かは定かではないが)他にもフィンランドの大統領やスウェーデンの国王まで話題に上り、フィンランドにおける狩りの文化がいかなる地位にあるかが浮き彫りになっていく。

そして彼らの狩りに欠かせない存在が狩猟犬である。英国の由緒ある血統を受け継いだイングリッシュ・セッターやイングリッシュ・ポインターを引き連れて男たちは草原を行く。彼らは親しみを以て自分たちに忠実な狩猟犬を褒め称えるが、実際に忠誠心を見せる物もいれば、見せない物もいる。ジョルマの愛犬ノルマは白い毛並みがとても美しい犬だが、お座り!と命令されても全く言うことを聞かなかったり、狩りの集中力が途切れフラフラと小さな川に向かい水に頭を突っ込んだりと微笑ましい一場面をも見せてくれる。

こういった文化の背景にあるのが、フィンランドと自然の関係性である。フィンランドを知るための44章」において百瀬宏はこんなことを記している。"フィンランドの人々の自然環境について語る場合とりわけ無視できない要因として、編者は、森の存在を挙げないわけにはいかない。森は、フィンランド人の営みのあらゆる面にわたって存在感を発揮してきた。農業に適しているとはけっして言えない自然条件の中で、人々は農耕と狩猟・林業から生活の資をえてきた。しかし、それだけではない。森は、もっと広い意味で人々の拠りどころであった。近代の波がフィンランドにもうち寄せてきた時、人々は森を心の拠点としながら、それに向き合っていった"

この関係性が他国とは一線を画する、現在にも続く貴族文化としての狩猟へと繋がっているのは興味深いことと言えるだろう。"Eleganssi"はそんなフィンランドの知られざる一面を垣間見せてくれる作品だ。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
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その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
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