鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Pedro Peralta&"Ascensão"/ポルトガル、崇高たるは暁の再誕

あなたは"崇高"としか形容できない何かを目の当たりにしたことがあるだろうか。私は日本未公開映画の中だと、ペマ・ツェテン監督の「タルロ」(この記事を読んでね)には心底驚かされた。主人公の羊飼いはチベットの険しい渓谷で羊を育てているのだが、そこに広がる圧倒的な風景の数々といったら!濃淡自在たる白と黒に雄々しく浮かび上がる自然には何度も絶嘆の溜め息を漏らさざるを得なかった。さて今回はそれにも増して"崇高"という言葉の意を言葉でなく心で理解させられる17分の奇跡"Ascensão"と群雄割拠たるポルトガル映画界における新星の中の新星Pedro Peraltaについて紹介していこう。

Pedro Peraltaは1986年ポルトガルリスボンに生まれた。マルチメディアで学位を、映画学で修士号を獲得する。音楽にも造詣が深くミュージック・エディターとして活躍しながら、自身のレーベルであるDromos Recordsを設立、Tetuzi Akiyama, Manuel Mota, Thollem McDonas, Martha Colburn, António Júlio Duarte, Nádia Duvallなどなどポルトガルでは有名なミュージシャンと仕事を共にしている(と、bioに列記された名前をそのまま羅列してみたが知っている方はいるだろうか?)

映画監督としては2010年に初の短編"Nobody"を手掛け、ルソファナ大学での卒業制作として第2長編"Mupery Munatim"を製作する。故郷を離れフランスで生活していた主人公は母の死を知り、ポルトガルへと戻ってくる。彼はこの地で再び生きようとするのだが自分が既に全てを失っていたことに気付く……という作品で、ポルトガル・インディー映画界における登竜門的映画祭インディーリスボアで特別賞を獲得するなど話題になる。そして2016年には第3短編"Ascensão"を監督する。

朝まだき、険しい表情を浮かべながら並び立つ2人の女性、その頭巾や装束から彼女たちが農婦だということが伺い知れる。彼女たちは険しい表情を顔に刻み付けたまま、カメラの向こう側にある何かを見つめている。その奥、濃密な霧の立ち込める森から微かな音を立てて、まると太った3人目の農婦が現れ、彼女は脇に抱えた壺から2人に水を差し出していく。ズンズンと進む先にはこれまた2人の農婦、そして彼女らに抱えられた少女の姿。農婦は少女に水を差し出し、その手に浴びる。だが少女の身振りは、言い知れぬ予感に心を絡め取られたようにぎこちない、何かが終焉を迎えるのではという禍々しい予感。そして農婦はその先にいるもう1人の農婦に水を差し出す。岩の如く固まった彼女の顔には悲哀と絶望の裂罅が刻まれている。彼女はその場にいる誰もが見つめる先を、誰よりも強く見据えている。

彼女はある青年の母親(Domicília Nunes)だった。今その愛すべき息子(Ricardo Francisco)を助けんと村の男たちは綱を引き続ける。深き深き井戸へと落ちてしまった彼を救うには屈強な男たちの全力ですら心許ない。そして母も彼女の友人である農婦たちも清らかな水によって洗われたそれぞれの手によって神に祈りを捧げる他に術はない。朝はその顔を濃霧に覆い隠され、光の時は見る影もない。だが男たちの苦闘の末、ようやっと青年はその深淵から救い出される。彼は濡れそぼち、命の灯火は今正に消えようとしながら。

"Ascensão"はファーストショットからラストショットまで他に類を見ない崇高さによって貫かれている。まるでドイツの偉大なる画家たるカスパー・ダーヴィト・フリードリッヒの絵画が時間という概念をその身に宿し、17分の映画芸術として私たちの目前に顕現したとそんな印象すら抱かせる。死に行く息子にすがる母の姿を見よ、Peraltaは彼女たちの姿を彼方から、完全なる崇高の眼差しによって捉える。永遠の眠りについたような朝を尻目に不気味な灰の紫で満たされる空、圧力を持った濃霧にまとわりつかれ終末の予兆に黒く塗り潰された木々、世界の終りを迎えながら既に肉体を失い亡霊のように佇む農夫/農婦たち、その中で魂という名の質量を持つ存在は声もなく無表情のままに慟哭する母と死神にその魂を潰されようとする息子のみ。奇跡によって設えられ、一欠片の瑕疵すらなく完成された終りの構図はただただ圧倒的だ。

しかしその根底においてこの作品は運命的に映画で有り得る。この構図よりJoao Ribeiroという名を冠したカメラは死に行く息子の顔へと肉薄していく。母に抱きかかえられ、徐々に生気を失いゆく青年。母の愛ですら繋ぎ止め得ぬ彼の命を、しかしギリギリの所で保つのはPeraltaとRibeiroの静謐なる眼差しだ。私たちは農婦たちと同じように彼に抗い切れぬ死の予感を見出だす。それでも気づく筈だ。彼の首筋が一瞬震える、そしてもう一度。凍てつきに色彩を刈り取られた唇がふと痙攣する、わずかな隙間から水の一滴が溢れ落ちる。そして瞼がゆっくりと開き、白目が露になったかと思うと生命力の滲む黒の色彩がその奥から見えてくる。私たちは1人の男が死の淵より復活する姿を目撃するのだ。

日本ではもう遠き彼方に忘れ去られた、ソ連の最も偉大なる映画作家ラリーサ・シェピチコという人物がいる。彼女は若くして交通事故によりこの世を去ったが、最後にこの世界に残した映画が「処刑の丘」と呼ばれる作品、ドイツ軍に捕らえられたパルチザンの2人が裏切りによる生と崇高たる死の狭間で揺れ動く心理模様を描きだした凄まじい戦争映画だった。その中で若いパルチザンの青年は仲間の命と己の尊厳を守るために死を選ぶが、迫りくる死の予感や苛烈な拷問を経る中で、むしろ彼から恐怖は消え去り、全てを達観した悟りの境地へと至る。その時の青年の顔はキリストのそれと同じだ。この作品の英題は"The Ascent"、そして本作"Ascensão"はその英語と同じ意味を持つ。つまりは"上昇、昇天"という意味を。

"Ascensão"の青年は、パルチザンの若者のその後の姿だ。彼はドイツ軍によって無惨にも処刑され、死体は機械的に処理される。だが一度昇天した彼の魂はあの青年に受け継がれる。彼は井戸から引き上げられ、生死の境を彷徨いながらも命を吹き返す。時間という概念から隔絶された絵画においては絵画の存在が続くその時まで、死への果てなき衰弱を永遠に宿命づけられた男が、映画において生を勝ち得た瞬間。彼は呆然自失のままにヨロヨロと立ち上がり、周りに立ち竦む人々を見つめる。だが彼はもう以前の彼とは別の存在と化していることを人々は、私たちは、母は、そして彼自身は悟っている。青年は彼女たちに背を向けてゆっくりと森へと歩を進める。カメラは動かない、ただ遥かへと歩き去る彼を見据える、だが同時に木々の向こう側から昇ってくるのは眩き太陽だ。そして新たなる生が、新たなる世界が、新たなる全てが始まりを告げるのだ。

参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/peralta-pedro(監督略歴)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
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その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景
その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
その136 Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている
その137 Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?
その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
その141 ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
その144 ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する
その145 Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと
その146 Virpi Suutari&”Eleganssi”/フィンランド、狩りは紳士の嗜みである