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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Alessandro Comodin&"L' estate di Giacomo"/イタリア、あの夏の日は遥か遠く

過去は甘きにしろ苦きにしろ、遠ざかれば遠ざかるほどにむしろ鮮やかさを帯びていく。隔たるごとにその時本当に観ていた情景が薄れていきながら、私たちは知らぬ間にその曖昧さを想像力によって補完してしまうからだ。人生は酷く複雑な物であると気付いてしまった私たちは、いつか瞼の裏側に無邪気でいられた過去を見出だし切実な感傷へと至る。今どうしてこんなことになってる、何故あの素晴らしかった日々は過ぎ去ってしまったのか……今回はそんな記憶と郷愁を描き出した映画"L'estate di Giacomo"とイタリア期待の新鋭Alessandro Comodinを紹介していこう。

Alessandro Comodinは1982年イタリアの北東部フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州に生まれた。パゾリーニがこの地方の方言フリウリ語で執筆した詩集を読み、そこから彼の監督作にも触れ映画の道を志し始める。ボローニャで文学を学んだ後にパリやブリュッセルに留学、ベルギー国立高等視覚芸術放送技術院(INSAS、卒業生には俳優ナード・デューや映画監督フィリップ・グランドリューなどがいる)で監督業について学ぶ。在籍中の2008年に短編ドキュメンタリー"Jagdfieber"を製作、カンヌ国際映画祭の監督週間に選ばれ話題となる。そして2011年には初の長編映画"L'estate di Giacomo"を監督する。

温もりの色彩に全てを染め上げようとする太陽、その光を浴びようと無数の葉を隅々まで張り巡らせる森、だが陽光は葉の群れの隙間を縫うように一条二条と差し込み、茶色の大地を美しく照らし出す。匂い立つほどの生命力に満ち溢れるその真っ只中を行くのが青年ジャコモ(Giacomo Zulian)と少女ステファニア(Stefania Comodin)だ。2人は刃を突き立てるような枝の数々を掻き分け、おそらく豪雨によって出来たのだろう大きな水溜まりを裸足で歩いていく。そして彼らは自分たちだけが知る楽園へと歩みを進める。

"L'estate di Giacomo"は監督の故郷フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の広大な自然を舞台に、気だるげな夏の日に浮かび上がる青春の一時を豊かに映し出した物語だ。序盤は前半は本当にただただ彼らが目的地を目指して歩き続ける姿がドキュメンタリー的な筆致で以て描かれていく。説明は極力排されたミニマルな演出の中で、私たちは交わされる会話に2人の人生の一端を見出だす。難聴を患うジャコモとステファニアは幼馴染みで、彼らにとってこの森は日々慣れ親しむ遊び場だ。そうして下らない冗談を交え伸び伸びと森を行くジャコモたちは20歳を間近に控えた大人というより、ワンパクなイタズラ小僧といった感じだ。Comodinはこの幼くも親密な時間をおおらかな態度で映し出していく。

しかし2人が目的地――エメラルドグリーンに色づいた、宝石のような煌めきを放つ川の流れる楽園へと辿り着いた時から少しずつ状況は変わっていく。ワンパクぶりはそのままに水着に着替えて2人はエメラルドの水に飛び込んでいく。やたらめったらに水をブチ撒けあい、川の真ん中に突き刺さる大きな木の残骸へと登り落ち着いたかと思うと、今度は泥団子を作って互いの体に投げまくるはしゃぎぶり。撮影監督Tristan Bordmannが16mmで捉える無邪気な光景は、荒い粒子が誘うノスタルジーと陽光の薄い橙に滲む幻想性とが混ざりあいその美しさには思わず感嘆の吐息すらこぼれる。だが段々とジャコモとステファニアの間に何か性的な緊張感が微かに漂い始めることにも気づく筈だ。川の岸辺に2人並んで景色を眺める、昼食を食べ終えたステファニアがジャコモに対し無防備な寝姿を晒す……彼らは幼馴染みであり、だが友人なのか恋人なのかとそういった事は殆ど明かされない。それ故の曖昧な関係性は観る者の想像を促し、楽園はそれぞれの心でそれぞれの豊穣さを獲得していく。

そして2人の夏の1日が歩くような早さで過ぎていくうち、Comodinは私たちに魔術的な一瞬へと誘う。その要が編集だ。彼は共同編集のJoão Nicolau(彼もまた優れた映画作家だということは明記しておきたい)と共に、ジャコモたちが夏の夜を楽しむ風景を私たちが今まで観ていたそれとは全く異なる物へと変えてしまう。最初の頃は小さな違和感でしかなかったのが、後で振り返れば全てが劇的に過ぎ去ってしまっていたのだと私たちは思うしかなくなるほどに。

先に演出について"ドキュメンタリー風"という言葉を使ったが、内容の面でも今作にはフィクションとドキュメンタリーが入り交じっている。ジャコモらの名前がそのまま役名を兼ねている通り、この映画はジャコモ自身の過去が物語の源となっており、いわば彼の記憶を再構成した作品が"L'estate di Giacomo"と言えるだろう。それ故全編にはもう戻ってはこない過去への濃密な郷愁が切実なまでに満ち渡っている。それでいて時間と場所を自由に行き交いながら綴られるこの作品は、何者かによって虚構と現実が混ざりあいながら語られる"物語"が持つ喜びと哀しみが溢れんばかりに存在している。私たちはここに広がる懐かしさの中に私たち自身の記憶が浮かび上がるのを目撃するだろう。太陽に祝福されながらただ無邪気でいられた頃、生きる楽しさに日々があっという間に過ぎていった頃、人生が未だシンプルであってくれた頃……映画の中のジャコモたちは正にその時代を謳歌している。柔らかな夕焼け空の下、ステファニアを後ろに乗せてジャコモは自転車を漕いでいく、風を切り走り続ける彼らの姿は余りにまぶしい。だがジャコモたちは少しずつカメラから遠ざかり、どんどん小さく、小さくなっていく、私たちもまた、あの夏の日からどれだけ遠くへ来てしまったのだろう……

今作はロカルノ映画祭で上映後Filmmakers of the Present部門で金豹賞を、全州映画祭ではインターナショナル部門で作品賞を獲得するなど大いに話題になる。その後は2015年に盟友Nicolauの第2長編"John From"で編集を担当し、2016年には自身の新作"I tempi felici verranno presto"を完成させる。山奥で2人だけで暮らし続ける2人の少年、数十年後に狼の伝説が語られるようになったその山へと分け入る女性、この異なる2つの時間が交わり合う奇妙な物語で、カンヌ国際映画祭の批評家週間で上映された。ということでComodin監督の今後に期待。

参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/comodin-alessandro(監督略歴)
https://pro.festivalscope.com/film/summer-of-giacomo#/film/summer-of-giacomo/main(ディレクターズノート)

私の好きな監督・俳優シリーズ
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その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
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