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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ

以前、このブログでディートリッヒ・ブルッゲマンと彼の作品「十字架の道行き」を紹介した。厳格なキリスト教コミュニティで生まれ育った少女が、生まれつき言葉を喋れない弟のためにキリストへの信仰を貫こうとした末に起こる悲劇をワンシーン・ワンカット長回し映像によって紡ぐ作品で、ドイツにおけるキリスト教信仰の一端を垣間見ることの出来る映画でもあった。今回紹介するのはドイツの新鋭監督Katrin Gebbeと彼女の初長編"Tore Tanzt"、この作品もまた信仰が生み出す悲劇を描き出した映画だ。

Katrin Gebbeは1983年ドイツ・イッベンビューレンに生まれた。オランダの美術大学AKIやアメリカのボストン美術学院で実験映画について学び、ビジュアルコミュニケーションの分野で学位を獲得、更に2006年からはハンブルク・メディア・スクールで監督業を学んでいた。現在はハンブルク在住で、映像作家としてCMやPVなども製作している。

同年には短編"KOI"を製作、交通事故を目撃した少女がドーナツのチェーン店で繰り広げる会話の数々を描き出した作品だ。2007年には最期の時を迎えようとしている老人が不思議な出来事に遭遇するという短編"Einladung"アフガニスタンを舞台としたドキュメンタリー"Friedenstauben"、母親に虐待されている少年と隣人の少女の交流を描き出した"Narzissen"など3本の短編映画を監督する。そして2008年には卒業制作として"Sores & Sirin"を製作、イラク戦争で両親を失ったクルド人の兄妹が避難先のドイツで味わう安らぎと苦悩を描く作品で、ヨーロッパ・ヤングCIVISメディア賞で監督・脚本賞を、ギリシャ・ナウサ映画祭では作品賞を獲得するなど広く話題となる。そして2013年には初の長編映画"Tore Tanzt"を監督する。

トーレ(Julius Feldmeier)は敬虔なキリスト教の信者でありながら、その信仰は彼を孤独な場所に追いやる程に強い物だ。日々キリストからの天啓を待ち続ける彼は、同じような志を持つパンク集団に入り、束の間の安らぎに浸る。彼らの中に自分の居場所を見つけたかとトーレは思うが、しかし幻滅の時は余りに早すぎる。ある日彼は故障した車を直した縁で、ベンノ(Sascha Alexander Gersak以前紹介した"Zurich"にも出演)という中年男性とその家族に出会う。後日持病のてんかんに襲われていたトーレは今度はベンノに助けられ、彼の家に招待される。廃墟同然の朽ちた家屋でベンノは家族と共に暮らしており、集団にすら居場所がないトーレはしばらくの間そこに居候することとなるのだが……

以前南アフリカ人監督Pia Malaisがドイツを舞台に撮った青春映画"Die Unerzogenen"を紹介したが、そこでは捨てられた廃屋を根城にし、しばらく経ったらまた別の廃屋を住みかにすると根なし草の生活を送る人々の姿が描かれていた。この"Tore Tanzt"に出てくる家族も正にそんな存在だ。彼らの生活は色彩を刈り取られたような家屋や庭と同じく荒れ果てた物で、室内には取り敢えずの家具が並べられていながら、侘しさばかりが先立つ。そんな中でも生き生きとした生活を送るベンノたちにトーレは本物の安らぎを見出だし、家族の長女であるサマー(Swantje Kohlhof)とも絆を深めていく。だが監督の演出は不穏で、表面上は他者の間で温もりを伴った関係性が築かれていきながら、全体は不気味な予感に支配されている。

その予感はある瞬間、静かに爆ぜる。曇天の中で開かれるのはサマーの誕生日会だ。ベンノと彼女の母であるアストリッド(Annika Kuhl)はプレゼントとして大きなカンガルーのぬいぐるみを贈るのだが、サマーは自分を子供扱いするなと言わんばかりに不機嫌な態度を隠さない。その反面、トーレが贈った中古のMP3プレーヤーには満面の笑みを見せる、ベンノにはそれが面白くない。そして彼は今までひた隠しにしていた暴力性をトーレに炸裂させるのだ、これが自分の本性であるのだと暴力によって見せつける。それと同時に家父長として君臨する彼はいかに家族を支配しているのか?という実態もまた少しずつ露となり、トーレは追い詰められていく。

撮影監督のMoritz Schultheiß(「パラサイト・クリーチャーズ)は、観察的スタイルと灰色の詩情を行き交いながらトーレの姿を映し出す。日常の中でいとも容易く暴力が振るわれる凄惨な光景、無数に重なりあう木の葉の合間から白い光が零れ落ちる美しい光景、この2つの波が観客の心を疲弊させる中で、更に襲いかかるのがPeter FolkJohannes Lehnigerによる劇伴だ。パーカッションを強調したその響きは徐々に速度を増して、私たちを攻め立てる。そしていつしか重低音のドギツいビートと早鐘を衝く心臓の鼓動とが重なりあう頃、暴力はベンノだけではなく周りの人間にも伝播していく。

私たちはそれを目の当たりにしながらある祈りにも似た疑問を向けることになるだろうーー何故この家から逃げようとしない? だがトーレの発言の中にその答えはハッキリと刻まれている。ある時信仰に固執する彼の姿を揶揄するようにサニーが言う、宗教は弱い者のためにある、その苦しみを正当化するために神が必要なんだと。それに対しトーレは、この苦しみには必ず意味があると強く反論する。彼はキリストが昇天して以後、数々の受難に直面してきた聖人たちの背中を追っているのだ、少なくとも彼自身はそう思っている。それ故にこの家から逃げ出すことはキリストへの信仰を捨て去る最大の裏切り行為となる。だから彼は逃げようとしない、それが如何なる運命を意味するのか知りながら。

"Tore Tanzt"は実際に起きた出来事を映画化した、いわゆる実録犯罪映画だ。これについて監督はこう語っている""Tore Tanzt"はメディアで報道された実話に基づいています。理由は分かりませんが、何かが私を釘付けにしました。あまりにも残酷な話だったので、詩的なイメージがすぐに私の頭の中に現れてきました。伝えるべき重要な話の題材があると感じましたが、撮影台本にするには時間がかかりました。当初、罪悪感と人間関係の展開についての科学的な研究プロジェクトのように感じました。私は近代奴隷制度、束縛や依存に興味を持っていました。しかし、善悪、愛、理想について考え始めると、私の観点が変わりました。そして、他の登場人物は、私にこれらの質問を提起するように後押ししてくれたのです。もしトーレが単なる犠牲者ではないとしたら。*1

田舎町で起こった不気味な連続殺人を描き出したジャスティン・カーゼルのデビュー長編「スノータウン」や、ジャック・ケッチャムが実在の事件を元に執筆した小説が原作である隣の家の少女などを想起する内容だが、今作においてはその暴力の構図に信仰という問題が密接に関わってくるのが特徴的だ。例えそういった主題に馴染みがないとしても、トーレを演じるJulius Feldmeierの演技がそのギャップを埋めてくれる。硝子の造花のように細い体つきと純粋無垢な瞳、社会から真っ先に爪弾きにされるだろう脆すぎる美を湛えた彼がすがりつけるのは信仰を措いて他にはない。それが暴力によって踏みにじられ、彼らの利益のために搾取される姿は余りにも悲惨だ。そして血と埃の中でその言葉は虚しく響き渡る、信仰という盾があるならば、邪悪なことなど何も起きはしない……

"Tore Tanzt"カンヌ国際映画祭のある視点部門でプレミア上映、タリン・ブラック・ナイツ映画祭では新人賞、ドイツ映画批評家組合賞では新人監督賞・男優賞を獲得するなど高く評価され、2016年にはドイツの30年以上続く超長寿刑事ドラマ"Tatort"の1話を監督するなどしている。ということで監督の今後に期待。

参考文献
http://katringebbe.com/(公式サイト)
http://www.festival-cannes.fr/jp/theDailyArticle/60263.html(監督インタビュー)

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