鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場

ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
ネイサン・シルヴァーの略歴と彼の第2長編「エレナ出口」についてはこの記事参照。

家族にしろ、親戚一同にしろ、同じような境遇の友人たちにしろ、時には名前すら知らない赤の他人とにしろ、誰かとテーブルを囲み食事を味わうというのは互いを知るに最も適切な行為だろう、食事には人間の本性が色濃く反映されるからだ。食べ物は何が好きで何が嫌いか、箸かもしくはナイフやフォークの持ち方はどうか、食べる時ガチャガチャした騒音は立てないか、スープを啜る時にはあの鼻水を啜るのと同じような音を立てずに上品でいられるか、口の端から脂身とケチャップと赤ワインとレタスが混ざりあった気味の悪い物体がこぼれ落ちはしないか。

両親にいつか"物を食べる時に喋らないように!"と叱られた時もあるかもしれないが、こんな時には勘弁してもらおう、食事中に口を開かない者なんて存在する訳もなく、ついつい喉の奥から声が出てしまっても不思議ではないし、何よりお喋りこそが食事にとって華なのだから。ステーキを咀嚼しながら小粋なジョーク、パスタを啜りながら自身の近況を語り、スプーンを振り回しながら政治談義を繰り広げる。だが気をつけた方がいい、食卓を囲むということは様々な価値観を持った人間が一堂に介することを意味し、食事をする内に剥き出しになった本性がぶつかり合い凄まじい状況を生み出してしまうこともしばしばある。ネイサン・シルヴァーの第3長編"Soft in the Head"はそんな食卓という名のカオスを観客の口にブチ込んでくる恐ろしい作品だ。

まず1つ目の食卓。ナタリア(Sheila Etxeberría)は恋人にアパートを追い出され、住む場所を失ってしまった。仕方なく彼女は親友ハンナ(Melanie J. Scheiner)の家へと向かうのだが、そこでは親戚一同を交えた晩餐会が行われている真っ最中だった。ハンナの一家は敬虔なユダヤ教徒で、いきなり乱入してきた何処の馬の骨とも知れないナタリアに対して不信の眼差しを隠そうともしない。ユダヤ教の有り難い御説教が始まると、ナタリア自身も無礼な態度を隠さないようになり、そんな彼女に一家の長男ネイサン(Carl Kranz)だけは心配げな視線を向ける。だが案の定食卓の空気は冷え込み、とうとうナタリアはハンナによって家から追い出されてしまう。

さて2つ目の食卓。帰る場所は無いので道端で夜を過ごしたナタリアに救いの手を差し伸べたのはモーリー(Ed Ryan)という中年男性だった。彼はホームレスに食事や住居を提供する活動を日夜行っており、ナタリアは食卓に招待されることとなる。自分を除けば男性しか居ない中で彼女は食事を楽しんでいたのだが、男たちが交わす汚いジョークの数々は激しさを増し、更にはデヴィッド(Theodore Bouloukos)という脂ぎった中年のデブが彼女の髪にまとわりつくなどやりたい放題だ。それでも彼女はしばらくの間この場所に居ることを決める、外にいるよりは安全だからだ。

こういった食卓のシーンの連なりによって"Soft in the Head"は構成されているのだが、そのどれも観る者の食欲をくすぐることはなく、むしろ胃にはドロついた吐き気が溜まるばかりだ。家での晩餐会の後、ネイサンは両親の3人で食卓を囲むことになるのだが、2人はナタリアの来訪を咎めると同時に、彼に恋人が居ないことを馬鹿にし続ける。恋人ぐらい居るよ、3ヶ月くらい前に居たんだ、本当だよ……こちらが居たたまれなくなる程しどろもどろになりながら彼はそう言うのだが、両親は恋人なし/まだ童貞と決めつけニヤつきと共に尋問し、最後にはナタリアみたいな女だけは止めろと吐き捨てる、おそらくネイサンが彼女を想っているのも承知した上でだ。親という立場を利用した言葉の暴力が繰り広げられる様には皿の上の料理も絶対零度にまで冷え込む、家族の団欒とは何て醜悪なのだろう!

そしてモーリーのマンションでも騒動には事欠かない、その中心にいるのはデヴィッドだ。コーヒーを飲んで心安らぐひとときといった時に、デヴィッドは砂糖の入らないコーヒーは飲めねぇと怒りを露にする。モーリーが買いに行く間も彼の怒りは異常なまでに納まらないが、他のホームレスがその様をこぞって馬鹿にする故に、デヴィッドは猛牛さながら家具をブチ壊しまくるのだ。モーリーの博愛心が何とか場の調和を保っているが、それが無くなれば混沌一直線という訳である。今作においては人々が食卓を囲む際には決まって観る者をトコトン不快にさせる事件が勃発する。安らぎとは全く程遠い場所が此処であり、シルヴァーは事件の数々を悪意ある視線で切り取っていく。

食卓のシークエンスをもう少し詳しく見ていこう。特徴的なのはとにかく誰も彼もが自分の言いたいことをベラベラ喋りまくり、凄まじく情報量が多い点だ。ユダヤ教云々、恋愛沙汰に食へのこだわり、卑猥なジョークや将来についてのアレコレ、それが好き勝手に垂れ流され、誰が何を喋っているのか全く訳が分からない。何者かがブチ切れて声のボリュームがデカくなったと思うと、売り言葉に買い言葉とその相手が更にデカい声で食って掛かったりする状況はもう凄まじい。私は英語字幕付きでこういった映画を観ているのだが、この大混乱ぶりには[crosstalk(混線中)]と出るばかりで最早会話の内容を伝える努力すら放棄されており、途方に暮れるしかない。

だがある意味でそれは今作において会話は重要ではないということの分かりやすい宣言でもある。例えば1つ目の食卓で撮影監督のCody Stokes(編集と脚本も兼任)がカメラを向けるのはナタリア、ネイサン、ハンナの3人だが、彼女たちの共通点として言えるのは会話に殆ど参加していない点だ。ナタリアは出された食事を汚ならしく喰らいながら周囲に敵意に満ちた視線を送り、ネイサンはそれを不安と共に眺め、そんな2人の間をハンナの視線は神経質に行き交う。シルヴァーにとって食卓とは言葉の銃弾が乱れ飛ぶ戦場であり、敵味方の境なくとにもかくにも連射され殲滅の弾幕が張られる様は、シルヴァー作品に頻出する相互不理解の構図が象徴されていると言ってもいい。そんな状況で祝福されるべきが誰かと言えば、張り巡らされる言葉の間隙を縫い、声を伴わない身ぶり手振りによってこそ雄弁に自己を語る者、つまりナタリアたちというである。視線、指の動き、食べ物を噛むスピード……シルヴァーは目に見える物にこそ真実が宿ると信じている。

その信頼を一身に受けるナタリアやネイサンたちは、しかし現実においては周縁に追いやられた弱者だ。ハンナたちの元にもモーリーたちの元にも居場所を見いだせないどころか自分の存在こそが全ての崩壊を呼ぶと知るナタリア、ユダヤ教徒である両親のイビりと恋愛至上主義の抑圧というダブルパンチによって精神の崖っぷちに追い詰められるネイサン(コミュ障と略さずコミュニケーション障害と言いたくなるほどに真性の挙動不審ぷりだ、本当)、2人の孤独は共鳴しながらも絶望的なすれ違いを見せる。家族や共同体を否定し、そして個と個の繋がりですらも否定する。"Soft in the Head"の熾烈さは「エレナ出口」から更に発展した関係性への絶望によってドス黒く彩られているのだ。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末