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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折

Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
Noah Buschelの略歴およびデビュー長編"Bringing Rain"についてはこの記事
参照

ニール・キャサディとは一体誰か? ビート・ジェネレーションの旗手ジャック・ケルアックの代表作「路上」において、無二のカリスマ性で主人公サルを魅了し翻弄する男ディーン・モリアーティのモデルになったと言われる伝説的な人物だ。1946年、ケルアックは少年院から出てきたばかりのキャサディと運命的な出会いを果たした。元々内向的な性格だったケルアックには、キャサディの奔放さ、無謀とも言える行動力、過激なまでのカリスマ性は何よりも魅力的であり、そんなキャサディとの旅路を元にして「路上」は書かれたのだった。

「路上」ひいてはディーン・モリアーティという存在は、時に作者であるケルアックすら越え、ビートニクという世代・時代を象徴し、彼の友人であるアレン・ギンズバーグウィリアム・バロウズらは勿論、アメリカの国民精神にまで影響を与えることになる。だがそんなキャサディは友人たちとは違い1冊すら自身の作品を残すことはないまま、1968年に裸でメキシコの線路上で死んでいるのを発見された。その翌年のケルアックの死によって彼らの存在は神格化され、キャサディは伝説的な人物として祭り上げられるようになり現在に至る。Noah Buschelの第2長編"Neal Cassady"はその題名の通り、激動の人生を歩んだニール・キャサディを描き出す伝記映画だ。しかしこの作品は神格化された彼の存在を今いちど私たちの居る場所に戻そうとする試みに満ちている。

ニール・キャサディ(「ビキニ・ギャル・パニック」テイト・ドノヴァン)は友人であるジャック・ケルアック(「ダーティ・セクシー・マネー」グレン・フィッツジェラルド)と共にアメリカを旅する真っ最中だった。彼の目的は子供の頃に自分を捨てた父親を見つけ出すこと、そうした上で自分の過去に決着を付ける意味で1冊の小説を完成させ、偉大なる作家になることだった。それでも旅を続けるうちキャサディの心には虚しさばかりが込み上げる。そしていつしか家族を持ち1つの場所に落ち着きたいという願いが頭に浮かび始めさえする。それに反対するのがケルアックだ、僕は確信してるんだよ、僕と君はここ15年で最高の作家になるんだってさ……

そして時は経ち、ケルアックは「路上」を発表し時代の寵児に祭り上げられる。その一方でキャサディは映画館の警備員として働きながら、妻のキャロリン(「40オトコの恋愛事情」エイミー・ライアン)や娘を養う生活を送っていた。彼は家族を持つという自分の夢を叶えていたかのように思えるが、生活は困窮しキャロリンとの仲は既に冷えきっている。そんな彼女の前でキャサディは新聞に掲載された「路上」のレビューを読む。ディーン・モリアーティは……モリアーティという存在は……キャロリンは顔に苦渋の表情を浮かべながら彼に言う、もう止めて、あなたはディーン・モリアーティなんかじゃない。

ニール・キャサディの伝記映画としては、トーマス・ジェーンがキャサディを演じた「死にたいほどの夜」が存在しているが、こちらがケルアックと旅に出るまでの前半生を描いているのに対して"Neal Cassady"は旅に出た後の後半生を中心に描き出している。だが語りは何処かの一時期に落ち着くことはない。端正なモノクロで描かれる旅路の途中、家族と共に住んでいた短い期間、そしてそれ以降の死に至るまでの激動と物語はぶっきらぼうなまでに進んでいく、その流れは1つの場所に腰を落ち着けることの出来ないキャサディの性格をそのまま反映しているかのようだ。

そしてキャサディは家族を捨て去り再び旅に出るのだが、そこに現れる重要人物こそがケン・キージー(「家族という名の他人」クリス・バウアー)だ。映画ファンにはジャック・ニコルソン主演カッコーの巣の上での原作を書いた小説家と言えばピンとくるだろう。1962年に今作で作家としてデビューした後、1964年に彼はヒッピーコミューン"メリー・プランクターズ"と共に虹色塗装のバス"FURTHUR号"に乗り込み、アシッド・テストと呼ばれるLSDを広めようとアメリカ全土を旅をしていたのだ。そこで運転手を務めていたのがキャサディだったのである。LSDで頭がイカれた仲間たちの中でキャサディは家族といた時には味わえなかった解放感を享受していく。だがその旅路は、その狂騒は彼にとっては緩慢な自殺に他ならないと物語は指し示す。

Buschelはそんな彼の姿を通じて、アメリカの時代の移り変わりをも描き出していく。序盤において時代の寵児として扱われていたケルアックは、サイケの時代には酒浸りとなり不遇の日々を過ごしている。脳髄がアルコールにやられ意思の疎通もままならない様は、あのモノクロの瑞々しい旅路を思うと余りにも悲惨だ。そしてサイケの時代を牽引する存在のキージーも零落の到来はもう近いことが画面から滲んでくる。全ては一瞬のうちに過ぎ去り新たな存在が時代に台頭する、しかし彼らもまた消え去りその繰り返しが延々と続く……この虚しさはBuschelの禅的な素養に裏打ちされた強度を持っている。

そして物語は彼らと共に落ちぶれゆくキャサディの内面へと踏み込んでいく。キャサディが不幸だったのは旅の道連れとした男たちが文学的な才能に恵まれていたことだ。カッコーの巣の上でを書き記したキージーは勿論のこと、ケルアックは自分との旅をモチーフとして「路上」を書き、そしてディーン・モリアーティという人物を創造した。しかしその"キャサディはモリアーティのモデルである"という事実は、自分の物語を自分で書き記せない劣等感と他者への嫉妬の中で"モリアーティはキャサディのモデルである"と主客が反転してしまう。彼は想像上の人物に自身の人生を吸いとられ空っぽになっていく。そして"Neal Cassady"ディーン・モリアーティと完全な同化を果たす時、そこに待つのは死だけだ。

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