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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち

さて最近は堰を切ったかの如く現代ルーマニア映画を紹介しているのだが、私の中で"ルーマニアの新たなる波"四天王というのが存在している。まず1人は4ヶ月、3週と2日クリスティアン・ムンジウ、2人目は先にブログで紹介した「ラザレスク氏の最期」クリスティ・プイウ(紹介記事その1)、3人目は今度最新作"Comoara"が「トレジャー オトナタチの贈り物。」として公開されるコルネリュ・ポルンボユ(紹介記事その2)、そして4人目である。皆はベルリンで金熊賞を獲得した「私の、息子」カリン・ペーター・ネッツァーを思い浮かべるかもしれないが、彼を差し置き、四天王の座に置くべき作家がルーマニアには1人存在しているのだ。ということで今回は日本においてはほぼ無名だが("全く"ではなく"ほぼ"と書いた理由は後々)"ルーマニアの新たなる波"には欠かせない重要作家ラドゥー・ムンテアンと彼の出世作"Hîrtia va fi albastrã"を紹介していこう。

ラドゥー・ムンテアン Radu Muntean は1971年6月8日ルーマニアブカレストに生まれた。ブカレスト演劇映画アカデミーで学びながら精力的に短編を製作、在学中の1996年にはドキュメンタリー"Viaţa e în altă parte,"ロカルノ国際映画祭で上映されるなどして高い評価を得る。

その後は400本以上ものCMを手掛け数々の受賞する一方で、2002年には後に"ルーマニアの新たなる波"の中心人物となる俳優ドラゴシュ・ブクルを主演に起用し初の劇長編"Furia"を監督する。2人のストリートレーサーが24時間以内に借金を返すため奔走する様を描き出したサスペンス作品はルーマニア映画協会賞において主演俳優賞を獲得するなど話題となる。そして2006年には第2長編"Hîrtia va fi albastrã"を作り上げる。

まずこの作品の背景について少し。1989年、独裁者として君臨してきたニコラエ・チャウシェスクが革命によって打ち倒された後、ルーマニア共産主義国家から資本主義/民主主義国家への転換を図ることとなる。しかしこの革命までには長い道のりがあった。まず革命の切っ掛けとなったのはブカレストの西に位置する地方都市ティミショアラにおける暴動だった。民族主義・対ハンガリー政策に対し異議を唱えていたハンガリー系のトケシュ神父が何者かに暴行を受け負傷、ブルガリアなど東欧諸国が共産主義から脱しようとしていた機運を背景として人々の体制への不満が爆発、事件の翌月に暴動が巻き起こることとなる。

ティミショアラでの暴動の余波が各地へと広がりゆく最中の12月21日、首都ブカレストではチャウシェスクを称賛するための官製集会が開催される。だが彼がスピーチを行う途中で爆発事件が起こり、会場はパニック状態に陥る。これを引き金としてデモ隊が抗議集会を開くのだが、それを収めようと治安部隊が出動する。市民やデモ隊が抵抗を続ける中、チャウシェスクは国防相ワシーリ・ミリャに治安部隊による群衆への発砲許可を求めるがミリャは拒否、その後彼は自室で死体となって発見される。

翌22日この出来事によって政権内の反体制派がデモ隊と合流し"救国宣戦評議会"が組織された。彼らはテレビ局・ラジオ局を占領し共産主義体制崩壊を宣言するが、ブカレスト市内では反体制派の軍隊と治安部隊の衝突が激化、敵味方入り乱れた銃撃戦によって多くの命が失われる。その後チャウシェスクの処刑と暫定政権の樹立によって革命は一応の完遂を迎える訳だが、本作"Hîrtia va fi albastrã"は激しい衝突が繰り広げられていた22日〜23日という革命成功の前夜を描き出した作品なのである。

22日未明、ニヤグ少尉(Adi Carauleanu)率いる国軍小隊は装甲輸送車を駆り、ブカレスト市内の見回りを行っていた。彼らはこの場所で異常事態が起こっているとは感じながら、その正体が何か分からず不安な夜を過ごしている。だがある時ラジオから今正にルーマニアで革命が起こっている!という信じられない言葉を聞く。それに敏感に反応したのが二等兵のコスティ("California Freamin'" Paul Ipate)だ。彼は自分も革命のために闘うのだと車を出て暴力の巷へと飛び込んでいく。

コスティの瞳から見えてくる革命の光景は薄暗く色褪せながらも狂騒に満ちている。群衆が叫び声で空気を震わせながら、雄々しく武器を掲げる。装甲車やトラックが入り乱れ、喧しい轟音を嘶かせながら夜の街並みを駆け抜けていく。そして彼は1台のトラックに乗り込み、反体制派の人々に合流する。国軍の兵士が寝返ったことを知った人々は沸き立ち、革命完遂の予感の中で"自由を!自由を!"と、そんな快哉を響かせる。

"Hîrtia va fi albastrã"において特徴的なのは、全編ドキュメンタリー的な感触が徹底していることだ。いわゆるシネマ・ヴェリテという手法を採用しており、揺れるカメラはコスティや群衆たちを追い続け、彼らの一挙手一投足を克明に撮し取っていく。その結果、まるであの革命前夜の空気が観客の目前にそのまま提示されているようなそんな錯覚すら抱かされるほどの真実味が今作には宿っている。

だがこの手法がもたらすのは肌を突き刺す真実味だけではない。コスティは反体制派の一人であるオーレル(コッポラの胡蝶の夢」Andi Vasuluianu)と共に彼らが拠点とする邸宅へと移動、襲撃してくる敵たちに対し銃で応戦し始める。だがそのうち他でもないコスティたちが反体制派の兵士によって"テロリスト"として捕縛され、地下室に閉じ込められてしまう。一方で彼の行方を探すネアグたちは国軍の拠点を巡るが、誰一人として現状がいかなる物か把握出来ておらず途方に暮れるしかない。監督は革命前夜に広がっていたのはこの凄まじい混乱なのだと示唆する。誰が体制派で誰が反体制派なのか、いやそれ以上に誰が敵で誰が味方か、観客はこの状況に困惑を覚えるかもしれないがそれは正に兵士たちの心に現れるものと同じなのだ。

この作品は革命前夜、ある2つの小隊が誤解から互いを殺し合うという痛ましい実話が元となっているのだという。これについて監督はこう語っている。"チャウシェスクが消え去ろうとしていた時期においては、ルーマニア国民も軍隊も誰が敵だかを把握出来ていなかった。故にこの種のアクシデントが起こり、多くの命が失われました"

そして他方で監督はこんな言葉を残している。"今作は歴史に忠実な視点で語られるドキュメンタリーという訳ではなく、一連の出来事に関わった一般の人々が抱いただろう感情を再構成しようという試みの1つなのです。語られるのは全ての世代が純粋さを失う姿(中略)数十年の不満の積み重ねによって形作られた団結、傲慢さ、悪意です。自由を得た最初の夜、武器を持った人々はテレビに映る詩人や俳優たちの命令に従い、テレビ局を見えない敵の魔の手から守ろうとし、意味の解らないメッセージがトランシーバー越しに伝えられ、市民たちに武器の数々が手渡され、ロマの人々はこんにちの"アラブ人"テロリストのように逮捕され……この映画はあらゆる世代が無邪気ではいられなくなった瞬間を、恐怖から興奮そして幻滅へと至るまでを描いているんです。私たちはあの時(中略)考えうる限り最も根本的な人間の権利すら踏みにじられる光景を目撃したのです"

"Hîrtia va fi albastrã"ルーマニア革命を一兵士たちの視点から描き出すミニマルな作品だ。監督は大局的な観点からよりも極個人的な視点からこそ描けるものが存在すると信じている。そしてその確信はあるシーンに痛いほどの実感を以て浮かび上がる。車の中で兵士たちが煙草を吸いながらお喋りを繰り広げるシークエンス、彼らはギリシャ人の歌手であるナナ・ムスクーリについて他愛ない冗談を言い、そしてそのまま会話は続いていく。監督は革命に直接は関係ないこの場面に3分以上もの時間を割く。ダラダラと紡がれる長回し、だが無意味だからこそ革命の血塗られた喧騒から逃れられる唯一の時間、私たちはおそらくこのシーンを忘れることは出来なくなるだろう。何故なら"Hîrtia va fi albastrã"の存在する意味が此処にこそ刻み込まれているからだ。

ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
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その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり

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