鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ

現在、中国の映画産業は前代未聞の活況を呈しており、チャイナマネーは世界的に見逃せない物となっている。特にハリウッドとの関係は密接で、共同制作は当たり前、トランスフォーマー ロストエイジインデペンデンス・デイ:リサージェンス」にはスポンサーらしき牛乳を捻じ込んだり、ダンカン・ジョーンズウォークラフトアメリカ本国では爆死を遂げながら、中国で異常な興収を稼ぎ出し、それだけで続編製作決定?とその影響力は計り知れない。個人的にはインデペンデンス・デイの牛乳の露骨さは最高に笑えたし、同じくアメリカ本国では散々な酷評を喰らった偏愛映画ニード・フォー・スピードも中国資本で続編製作という話も聞いたりで、今後そういう事態が多くなるとしたらチャイナマネー万々歳という感じである。

そして年間興収は右肩上がりでとうとう世界2位の映画市場にのし上がり、そんな状況で今年爆当たりした一作が日本でもお馴染みチャウ・シンチーの新作"美人魚"だ。若き富豪の青年がリゾート建設のため海の埋め立て計画を進める中、ある人魚が彼を暗殺しようと彼に近づくのだが……という作品で、旧正月に公開した途端たった1日で47億円もの興収を稼ぎ出すという大記録を成し遂げた。前作西遊記〜はじまりのはじまり〜」も景気が良かったが、今作もまた超景気が良さそうな作品で、中国の大作映画は映画市場の盛り上がりを反映して全体的に物凄い景気が良い印象だ。だがそれとは逆に中国のインディー映画の世知辛さといったら凄まじい。例えばジャ・ジャンクーツァイ・ミンリャンが描き出す中国の急激な経済成長によって踏み潰されていく人々の姿はひどく痛ましく、彼らの技術を継ぐ新人監督たちも中国の寒々しい現実を描き出そうと奔走している。ということで今回はその中でもツァイ・ミンリャンの後継者と目される(まあ、あそこまで長回しはしないけど……)中国のインディー作家を紹介していこう。

ポン・フェイ(宋鹏飞)は1982年北京に生まれた。オペラ歌手の家庭に生まれたのが縁で、小さな頃から芸術に深く親しむ生活を送る。高校卒業後にはパリへと留学、フランス国立映画学校(FEMIS)で監督業について学ぶ。7年もの間ヨーロッパで過ごした後、フェイは北京へと戻り、2つの国を股にかけ活動を始める。

2007年には中国からパリへとやってきた留学生の姿を描いた"Entre mon rêve et la vérite"、2008年にはパリに住む4人の移民たちの生活風景を捉えたドキュメンタリー"Luxury Goods: Portray of Mankind"など精力的に短編を製作する一方、ツァイ・ミンリャンが2013年に手掛けた「郊遊<ピクニック>」の脚本を執筆し話題になる。そして2015年にはトリノ・フィルム・ラボの助成を受け、デビュー長編"地下香"を完成させる。

ヨン・リー(Luo Wenjie)は中国の南部から北京へと出稼ぎへやってきた青年だ。しかしこの地においても生活は辛く苦しいものだ。中古トラックを運転し、大規模な開発によって壊されていく家屋の中から使えそうな家具を見つけ出し、それを売って何とか生活費と故郷への仕送りの算段をつけている。いつまで経っても生活は楽にならないが、いまさら故郷に戻ることも出来ず、リーは北京の町を彷徨い続ける。

今作の題名"地下香"が指し示すのはそんなリーの住む場所だ。彼はとある建物の地下にある部屋に住んでいるのだ。此処はかつて防空壕として利用されていた場所で、現在は格安の物件として貧困に喘ぐ人々が身を寄せあって暮らしている。だがその環境は劣悪だ。部屋は猫の額ほどの広さしかなく壁はボロボロ、廊下に出ると天井には太い配管が幾つもの設置され、頭を下げていないと満足に歩くことも出来ない。洗面所は共用だが、鏡は白い何かに薄汚れ、数本のシャワーからは満足に水も出てこない。地下ゆえに当然日光は入ってくることもなく、空間には埃臭さと薄暗い影ばかりが満ちる。リーはそんな場所で"チャイニーズ・ドリーム"を夢見ながら、日々を過ごしている。

そして彼の隣に引っ越してくるのがシャオユン(Ying Ze)という女性だ。昼は不動産会社の見習いとして働き、しかしそれだけでは生活していけないので夜はポールダンサー兼キャバクラ嬢としても働いている。見習いから正式な社員に昇格できたならこんな生活からは離れられるが、その日は未だ遠い。真夜中の町を駆けるバス、窓の外を眺めるシャオユンの眼差しはメイクの濃さに反してひどく虚ろなものだ。

"地下香"を牽引するのはこの2人の交流だ。ある時、リーは現場で事故に巻き込まれ一時的に視力を失うこととなってしまう。リーは何とか元の生活を続けようと試行錯誤するのだが、地下の人間は彼に対して冷淡な態度を取る。そんな彼を助けるのがシャオユンだ。最初は無関心を決め込みながら、洗面所で困っている彼に歯ブラシを渡したり、晩御飯を買ってきたりとリーの世話を焼き始める。引っ越してきたばかりで面識も全くなかった2人は、それでも互いにとってはの心の拠り所になっていく。

地下における暖かな交流に、しかし地上から大きな影がかかる。急激な経済成長を遂げる中国では土地開発が盛んに行われ、何十何百もの高層ビル・高層マンションが建設途中だ。物語にもその建設現場が映し出されるのだが、その姿は大いなる空洞といった印象を観客に与える。この資本主義が産み出した、大地に直下たつ虚無の摩天楼がリーたちを深い地下へと追いやりながら、皮肉なのは彼らを生かすのもまたこの虚無であることだ。リーはビルの建設予定地で見つけた家具を売りながら生計を立てている、シャオユンは他ならぬ不動産会社に勤めそこで成り上がりの夢を抱いている、資本主義の虚無がなければ彼らはもっと惨めな生活を送るか、もしくは死ぬしかないのだ。

そしてこの悲哀を背負うもう1人の人物がジン(Zhao Fuyu)という中年男性だ。彼は地下には住んでいないのだが、妻と共に住んでいる土地が開発のため買収される危機にある。簡単には売り渡せる訳もなく、しかしジンは莫大な借金をも抱えている故に粘り強い交渉を続けている。政府に買収された土地で家屋などを壊す作業員という、彼もまた資本主義の虚無によって生かされている存在であるが、ジンの状況は2人よりも切迫しており、家畜を売り、家具を売り、何とか現状を取り繕うと奔走している。そんな彼に対しても大いなるシステムは容赦することは有り得ない。

劇中において、シャオユンが紙袋を切り貼りして薄汚れた壁を見えないようにするという場面がある。そのピンク色の紙袋には"d'zzit"という文字が記してある。この"d'zzit"とは上海のアパレル会社"Dazzle Fashion"のブランドの1つであり、今年初めて日本に初出店を果たすなど、現在世界を股にかけて商品展開を行っている。つまりこのブランドは正に資本主義の論理において勝利を勝ち得た"チャイニーズ・ドリーム"の1つの象徴なのである。シャオユンはこのピンク色の連なりに夢を託すしかないが、それはまた自分の首を締めている存在に他ならない。しかしそれでもすがる物が無くては生きてはいけない……

"地下香"は資本主義によって蹂躙される人々の悲哀を描き出す作品だ。それでいて監督は彼らに安易な救済を与えはしない。同じく対象に抑圧されるということは、そのまま連帯の可能性を意味しない。3者は分断されて、孤独を深めるしかない。特にリーとシャオユンの別れは余りにも切ない。そこに言葉はなく、感情の交歓もなく、ただ素朴な視線の交錯だけがある。それでも十分過ぎる、断絶は予め宿命づけられていたのだから。

参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/pengfei-song(監督プロフィール)

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