鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない

クズ野郎を描いた映画は枚挙に暇がない。私が好きな作品で言えばマーティン・スコセッシタクシードライバーに、フランク・カルフン「マニアック」(ウィリアム・ラスティグ版も好きだが個人的にはこちらに軍配)、リック・アルヴァーソン"Entertainment"(この記事を読んでね)などなど……誰も彼も生まれてきたことを呪わずにはいられないクズ野郎ばかりだが、今回紹介するCameron Warden監督作"Idiot Faces Tomorrow"ほどクズ野郎の精神の荒れ野へと深く潜行した作品など存在しないのではないだろうか?

フードを目深に被った青年(監督が兼任)が、家の外に佇んでいる。視線は定まらず、体は小刻みに揺れ、心の落ち着かなさがそのまま挙動に表れてしまっている。そこに彼の友人らしき男がやてきて煙草を吸い始める。1本くれないか、青年は彼に尋ねる。だが友人は露骨に不機嫌そうな顔を浮かべたかと思うと、お前昨日自分がやったこと覚えてないのか?と吐き捨てる。買ってきた煙草にゲロブチ撒けやがって、部屋に尿ブチ撒けやがって、テメェは世界で一番クソボケ野郎だよ!

"Idiot Faces Tomorrow"の主人公は正に題名にも付いている"クソボケ野郎(Idiot)"だ。彼は仕事もせずに毎日毎日酒を飲みマリファナを吸い、クソみたいな生活を送っている。そしてとうとう大家から家賃滞納の最後通告を喰らわされてしまうが、それでも馬鹿野郎の怠惰は揺るがない。彼は友人が持ってきた「ラスト・ハウス・オン・デッドエンド・ストリート」メサイア・オブ・デッド」などのVHSを漁り、Z級映画を垂れ流しながら日々を無意味に浪費していく。

今作はあらゆる面において大胆不敵だ。ランタイムは超低予算のインディー映画としては破格の154分、その長大な時間の全ては無職のクソボケ野郎が無職であることを屁理屈で正当化しながら人生を無駄にする姿を描くことのみに捧げられるのだ。例えばあるシーンではクソボケ野郎が酒を飲みながら、友人らしき女性と辺りをフラフラと散策する姿が描かれる。クソボケ野郎はアルコール中毒や仕事云々について朴訥と会話を繰り広げるのだが、彼はターゲット(アメリカの有名量販店)か何処かで働くつもりはないのか?と友人に聞かれ、俺はあの"特権持ちの知恵遅れ共(Entitled Retards)"と仕事するなんてゴメンだよ……と憎悪を吐き捨てる。こんな鬱屈にまみれたシークエンスが154分ずっと続くのだ、序盤の時点で拒否反応を示す観客は少なくないだろう。

だが今作の実験的な作風は観客を更に脱落させる悪意に満ちている。監督はシークエンス毎に撮影スタイルや演出を変貌させるのだ。クズ野郎が家でダラダラ過ごすシーンはぶっ壊れかけたスーパー8で撮影、映像は歪み、画面は現実には有り得ない赤や青の原色で塗り潰されていく。だがデジタルで撮影された散策シーンには寒々しい風景の数々が端正な色味と共に浮かび上がり、クズ野郎がドミノピザはクソだと友人とブツブツ呟く下りはフィルムで撮影されており、粒子の荒い白黒の映像は閉所恐怖症的な雰囲気を物語に宿す。

その奇妙な演出には、しかし一貫性がある訳ではない。その場その場の行き当たりばったりで選択が成されている印象が濃厚で、全体を通して支離滅裂さばかりが際立つのだ。撮影フォーマットの他にも編集のおざなりさ、音楽の選曲センス("Texas Chainsaw Massacre!!!"と連呼するロックバンド!)、突然映像ではなく写真のスライドショーと化す度し難い自由さ。それらの中心に1本の太い芯が通っているという感覚は全くない、不愉快な程に断片的なのだ。それでいてこの純化された支離滅裂さは、主人公であるクズ野郎が抱える精神構造をこれでもかと観る者に突きつけていく。

クズ野郎が働きたくない理由は働く者たちへの憎悪の他に、徹底的な頑なさがある。ある時模擬面接を行うのだが、クズ野郎はコピーだけはやるが、それ以外の業務はやりたくないと宣言する。あらゆる仕事に対して、やりたくありません、やりたくありません、やりたくありません、やりたくありませんと矢継ぎ早に連呼する様には狂気的な頑迷さがある。手振れカメラはこの状況に張り詰める異常な緊張感をそのままに捉えていく。そして働くということが自分のやりたくないことをやることを意味するのならばそんなこと絶対にやらない、その頑迷さは歪みきりながらもはや信念と見分けがつかない程の密度を獲得する。

劇中において幾度か、何者かが求人広告を読み上げる声が響き渡る。加工の成されているらしき声にはザラついたノイズが混じり、聞き取ることも困難だ。そしてその音声が重なる映像には不気味な笑みを浮かべたクズ野郎の顔が浮かび上がる。労働への底無しの嫌悪感が音声を歪め、彼は自分だけの世界へと閉じこもる。そこには自分が生を受けた世界に対する純粋な憎しみが存在している。クズ野郎の笑みには呪詛が張りついている、まず生まれてきたことが間違いなんだ、生きていくことは刑罰を受けていることと同じなんだ……

働きたくない、働きたくない、働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない……"The Idiot Faces Tomorrow"は労働に対して憎悪を溜め込んだ純粋なるクズ野郎についての2時間半に渡る極大エピック映画だ。無職時代の凄まじい倦怠感、かと言って労働はそんな無為な時間にすら劣ると考え続ける頑迷さ、そうやって自分を慰めるしか道がないドン詰まり具合の全てがこの作品に詰まりながら、しかし地獄はまだ終らない。はけ口のない絶望感は自分よりも更に弱い立場にいる人々を利用し、クズ野郎は自身の夢見た状況をこの世界に達成しようとする。ラストに広がる光景は、観る者から言葉を奪い去るほどに救い難い。


ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
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その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
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その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
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