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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ

さてボリビアである。南アメリカ大陸の中央部に位置する共和国で、自然資源は豊富ながらラテンアメリカ最貧国に数えられている。観光名所にはウユニ塩湖やオルーロのカーニバル、トロトロ国立公園などが挙げられる。ボリビア映画で代表的なのは何と言ってもホルヘ・サンヒネス率いるウカマウ集団だろう。ボリビアの先住民たちと共に「コンドルの血」「第一の敵」など政治的・社会的メッセージが込められた強烈な作品群は日本でも有名だろう。最近の作家としてはボリビア南方の地区にて」東京国際映画祭で公開されたフアン・カルロス・バルディビアなどが活躍しているが、そんなボリビアからまた新たな才能が1人。ということでロカルノ国際映画祭特別編、今回はKiro Russoと彼の長編デビュー作"Viejo Calavera"を紹介して行こう。

Kiro Russo1984ボリビアの首都であるラパスに生まれた。ブエノスアイレス映画大学で学び、2010年の短編"Enterprisse"で監督としてデビューを果たす。2012年にはボリビアにある最も巨大な鉱山であるパソコニ鉱山の内情を描き出すドキュメンタリー"Juku"を、そして2015年にはブエノスアイレスの郊外に生きるボリビア人移民の若者たちを追った作品"Nueva vida"を監督する。後者はチェコイフラヴァ国際ドキュメンタリー映画祭、ロカルノ国際映画祭で賞を獲得するなど話題になる。そして彼は2016年、初の長編作品である"Viejo Calavera"を監督する。

草花が、岩の山が、砂の粒が、広大な空が、その全てが黒鉄色に染まった世界で老女はあらん限りの声を上げて最愛の子の名前を叫ぶ。あなたは何処へ消えてしまったの、あなたはどうして行ってしまったの、フアンよ、フアン、フアン……だがそれに答える物はない。老女は荒れ野を彷徨い、悲歎の声を響かせ、とうとう地面に伏しながら、黒鉄は彼女を絶望によって愛情ごと押し潰していく。

青年エルデル(Julio Cesar Ticoa)は夜の影に紛れてスリに明け暮れる堕落した日々を送り続けていた。しかし父であるフアンの死をきっかけに、彼は父が働いていたウアヌイ鉱山近郊の村へと連れて行かれてしまう。そしてエルデルは半ば強制的に、自身の名付け親であるフランシスコ(Narciso Choquecallata)と共に鉱山で働くことになるのだが、問題ばかり起こす気質が簡単に変わる訳もなかった。

何処までも何処までも、永遠に続くようにすら思われる坑道。"Viejo Calavera"の舞台はそんな地獄を思わせる場所だ。硬い岩に覆われ、光といえば明滅を繰り返すばかりの蛍光灯だけ、地面に敷かれたトロッコの線路は泥水に浸り、空気は粉塵に汚染されている、そんな惨状が世界の果てまで続く場所。男たちはこの坑道奥深くへと潜り、殺意に満ちた闇に全身を抱かれながら、銀などの資源採掘に身を捧げている。

Russo監督は、画面越しに映画を眼差す観客をも窒息させるほどの圧力をその姿に宿していく。例えばエルデルが初めての仕事に赴くシークエンス、機械が作業員たちの手で動かされる姿、ドリルが岩を突き通し血液さながら灰色の液体が溢れる姿、泥と油にまみれたエルデルやフランシスコの顔面、そんなショットが瞬きのような早さで繋がれ、私たちの視覚を強迫的に殴打し続ける。更に数十の機械が上げる断末魔の軋み、作業員たちの息遣いは聴覚を苛む。この混沌が洞窟で生成されるのだろう勢いそのままに観客の感覚を呑み込んでいく時、私たちは言葉ではなく心で、エルデルたちが従事する作業の激烈な過酷さを悟る筈だ。

そしてその過酷さが語られる上で要となるのはPablo Paniaguaによる崇高たる撮影の数々だ。彼はロング、ミディアム、クロースアップなど距離の意識に裏付けられた長回しを主体に映画を紡いでいくのだが、そこには時間の連なりが絶たれぬからこそのドス黒い魔術的瞬間が幾度も訪れる。ある時彼は黒鉄の世界から救助され、家の中で涙を流す老女を捉える。カメラは部屋に奥に踞る老女を撮しながらゆっくり後退していくと、オレンジ色の微かな灯火に包まれた部屋に老女を慰めるために集まった人々で溢れる状況が見えてくる。すると老女は女性に連れられカメラの方へ進み、すぐにそれを追い越して外へと出ていく。カメラが彼女たちの方へ振り向くと、外にはあの黒鉄の世界、オレンジから黒鉄への変転は何か禍々しい物の到来を予感させ、2人が向かいの家へと足を踏み入れたその時、予感はベッドに横たわる肉塊によって現実となる。

そしてもう1つ。カメラはまず窓際で震える男の姿を捉える。外を眺め続ける彼はある時叫び声を上げる。それをきっかけにカメラはゆっくりとパン移動を始める。部屋の壁は夜の闇に塗り潰され、レンズの視線はまるで黒の彩りを食物とする蛇のように壁を這いずっていく。そのうち、カメラは開け放たれたドアへと辿り着き、束の間の解放感が取り戻されるが、その空白を異常な数のラマが埋め尽くしていく。犇めく獣の跫音と鳴き声は大いなる災厄の象徴なのだ。こうしてPaniaguaはワンカットの中で世界を一変させてしまう。余りにも脆くとも確かに残っていた安寧と希望が、禍々しさによって食い千切られる様を時間の連なりに浮かび上がらせるのだ。

だが彼の撮影で重要なのは長回しだけではない、光と闇の危うい混迷もまた重要だ。炭鉱において何度か、カメラはロングショットで洞窟の奥地に佇む作業員たちを見据える。辺りが黒一色に染まる中、ヘルメットに設置されたランプによって小さな空間が形成される。ある時はカメラの方へとゆっくり近づき、その姿がエルデルだと判別できる頃、彼は岩の壁に横たわり休憩する素振りを見せる。それからカメラが横へパンしていくとレンズは闇に満たされながら、それが微かに晴れた瞬間、ここよりも下の空間で遊ぶエルデルの後頭部が映るのだ。おおよそ有り得ない飛躍、だがPaniaguaの長回しの中では有り得る。つまりカメラは光と闇の拮抗の中で時間と場所をも自在に飛び越えていく。だが今作においてその自由さはむしろエルデルらが置かれる極限の窒息を際立たせるものであり、長回しの魔術は究極の呪いとして機能していく。

そして作業員たちが背負う呪いはそのままボリビアが抱える病巣でもある。前述したがボリビアは銀やガスなど自然資源に恵まれながら、国内で紛争が起こったり作業に従事する人々のアスベストや鉛などでの健康被害など多数の問題が持ち上がっている。このウアヌイ鉱山は政府による閉山の槍玉に上がり、金を稼ぐ手だても行き場もなくなる作業員たちは必死に抗議活動を行っている。だがその中でエルデルは集団の輪を乱す存在、作業に勤しむこともなく、酒を飲んでは暴れ回る問題児だ。一方でエルデルも他ならぬフランシスコが父の死に関与していることを知り、不信感は音もなく高まっていく。

"Viejo Calavera"にはボリビアというラテンアメリカの一国が抱え込む現実を投影した作品だ。果てしのない苦痛が永遠に延長され、周囲には禍々しい闇のみが広がるドン詰まりの状況。ラストに広がる光景は救いと言うべきか否か、私たちの体には焼けつくような痛みが残るばかりだ。

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