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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ

皆さんはコロンビアと聞いて何を思い浮かべるだろうか? ラテンアメリカの一国、麻薬戦争、最近は「彷徨える河」「土と影」などが評判となっている故に、人間と自然の関係性が密接な場所とそんなイメージを持っている方も多いかもしれない。だが今回紹介する"Mañana a esta hora"にはそういったイメージは現れることがない。描かれるのはもっと普遍的な要素の数々だ。しかしだからこそ今作は人生というものの1つの真実の輝きを私たちに見せてくれる。

Lina Rodríguezはコロンビア出身の映画作家だ。トロントで映画を学びながら、"In Memoriam"(2004)や"Protocolo"(2011)などの短編やビデオ・インスタレーションを精力的に製作していた。だが彼女の名が一躍有名となるきっかけとなったのが2013年に製作された初長編"Señoritas"だ。内面の衝動に突き動かされながら心を彷徨わせ続ける少女の姿をミニマルな筆致で描き出した本作は彼女の母国であるコロンビア・カルタヘナ国際映画祭でプレミア上映され、リンカーン・センター映画協会でも公開されるなど話題となり、"ジョン・カサヴェテスを彷彿とさせる一作"や"コロンビアのレナ・ダナム"などの賛辞を受けることとなった。そして2016年には第2長編"Mañana a esta hora"を監督する。

物語の主人公はコロンビアの首都ボゴタに住む1組の家族だ。17歳のアデ(Laura Osma)は高校生、生意気の盛りで青春の真っ只中にいる。父のフランシスコ(Francisco Zaldua)は彫刻家として有名で、日がな1日家に籠って製作に没頭している。そして母のレナ(Maruia Shelton)はイベントプランナー、昼も夜も仕事に負われる日々を送っている。時にはアデが反抗期的な態度を取ったりもするが、3人は平穏な日常に幸せを噛み締めている。

物語はそんな家族の取り留めのない日常の積み重ねによって語られる。アデは友人のカタ()と共に隠れて煙草を吸いながら笑いあう、フランシスコはメジャーを持ち彫像の材料とにらめっこを繰り広げる、レナは通勤途中にバスの座席に座り外の景色を眺める、そして3人はベッドに洋服をブチ撒けて冗談を言いながらそれを投げ合う。それは本当に他愛のない風景ばかりであり、劇的な出来事はほとんど起こることもない。

撮影監督Alejandro Coronadoのカメラは彼女たちの日常を独特の距離感で以て捉えていく。ワンシーンワンカットが保たれる中、物理的な近さ遠さを越えて、目の前で起こる全てを見逃すまいとする観察的な態度が徹底している。だがそれだけではないことに、すぐ気づく筈だ。彼のカメラはどんな時でも微妙な揺れを伴っているのだ。いわゆるPOV的な露骨なものではなく、注意して見ると気づく程の震え。それは明確にカメラの裏側にいる人間の存在を語るものであり、私たちが4人目の家族として日常に招かれる縁として機能する。冷ややかな観察の眼と親密な温もりを宿した震え、この2つが撮影の要となっている。

そうして紡がれる日常の数々は断片的で、それぞれに繋がりはほぼないと言っても良いだろう。ある意味でワンシークエンスがある家族の日常をテーマとする短編として既に完成されているとも言えるのだ。だが例えば小説において、優れた短編がそれ自体で完結しながら、他の短編と並置されることでまた新たな意味を獲得するように、今作は日常が並置されることによって、表面上は繋がりが存在せずとも裏側の見えない部分でそれぞれが有機的に絡み合い、また別の輝きが物語に宿っていく。

あるシーンでは、アデがフランシスコに帰りが遅いのを咎められ、とうとう喧嘩に発展してしまう親子の姿が映し出される。そのうちレナも参戦し事態は混迷を極め、アデは怒りながら自分の部屋に戻っていく。次のシーンではフランシスコに寄り添われベッドに寝転がるレナが撮される。彼女は涙を堪えながら眠りにつこうとする。編集から言えばレナの悲しみがアデの振る舞いにあることは明らかだが、今作にはそれ以上の意味があるかもしれないと観客を思索に導く力がある。もちろんどんな映画にも裏には複数の意味があると言えるのだが、それは観客が受動的な態度を取る場合には存在することはない。今作の卓抜性は、各シークエンスの裏にある有機的な繋がりがそのまま磁場となり、絶えず観客から思索を引き出す強烈な力があることだ。編集でそう見えるだけでアデの怒りとレナの哀しみに時間的繋がりはないのかもしれない、レナの悲しみには別の源があるのかもしれない……そして観客それぞれの中で映画の空白は満たされ、世界は構築されていく。

このRodríguez監督のミニマルな作風は、世界の最先端にいる映画作家たちに共鳴するものだ。例えばケリー・ライヒャルト、彼女は"Old Joy"において、物語についての背景を限界まで削り取り、今に広がる束の間の旅路をストイックに撮した末、いかんともし難い人生の悲哀に辿り着くこととなった。例えばミア=ハンセン・ラヴ、彼女は「EDEN/エデン」において、時間の繋がりを重視しない省略的な編集によって、望むと望まないとに関わらず全ては等しく過ぎ去るのだという人生の残酷さを描ききった。そしてRodríguez監督は2人のいわば精神を継ぐ作家だ。娘・父・母という3人だけの狭い世界に、余りにも巨大すぎる筈の人生の真実を浮かび上がらせていく。何気ない瞬間に生きることの喜びが存在する、愛おしさが溢れ出す。だがそれだけではなく、大いなる哀しみもまた人生には存在している。それをも受け止めてこそ人生は本物の人生足りうる。"Mañana a esta hora"は人生を描き出した完璧な映画だ。

参考文献
https://boxoffice.festivalscope.com/all/film/festival/festival-del-film-locarno/22-films/film/this-time-tomorrow(監督プロフィール)

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