鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生

さてアレックス・ロス・ペリーである。ポスト・マンブルコアの世代における米インディー映画界の申し子、既に世界的な名声を博し次回作を待望される大いなる存在。だが勿論のこと、日本ではほぼ受容が成されておらず、彼の長編1本すら日本では上映されていない。以前私は彼の最新長編"Queen of Earth"を紹介したが、それから何の音沙汰もないのは本当に哀しい限りだ。だが哀しむ暇があったら映画を観ろ!ということで、今回は彼のデビュー長編である記念碑的一作"Impolex"を紹介していこう。

第二次世界大戦末期、アメリカ人兵士タイロン.S(Riley O'Bryan)はある任務のためヨーロッパの森を彷徨い続けていた。その任務とはドイツ軍の手で発射されながら、不発弾として森に落ちた不発弾を回収するというものだ。何時間も何日間も果てしない森を彷徨う頃、タイロンはとうとう1発の不発弾を見つけだす。"00001 Impolex"と書かれたそれをアルコールで丁寧に磨いた後、彼は不発弾を抱え森へと戻っていく。

"Impolex"はそんなタイロンの旅路を淡々と追っていく作品だ。彼は精気の殆ど刈り取られたような表情で、もしくはケイシー・アフレックをもっと具合悪くしたような表情で、ハリボテにしか見えないV2ロケットを持って、果てなき緑の海を行く。時には地面に座り込みバナナを食べながら、時にはロケットを雑に扱いながら、延々と森を彷徨い続ける。その姿は生にも死にも居場所を見出だせない亡霊のようであり、見ているだけで鬱々とした思いに苛まれる程だ。

だがその中でタイロンの前に奇妙な存在が現れては消えていく。V2ロケットを開発したというラースロー博士とは銃撃戦を繰り広げ、故郷に置いてきた筈の恋人カーチャ(このブログではお馴染みケイト・リン・シャイル)は彼に付きまとい、目的地も何も分からず森を行くタイロンを罵倒してくる。極めつけはお喋り好きのタコ野郎だ。粘液まみれの白い体を木の幹にくっつけながら、タコは彼と他愛もない会話を繰り返す。そうして現実と幻想が混濁を遂げ、タイロンは狂気に取り込まれていく。

上述した内容からピンと来た方も多いだろうが、この"Impolex"の雛型となっているのは現代アメリカ文学界の巨人トマス・ピンチョン執筆の、読破に挑戦したは良いけど挫折しましたランキング堂々のNo.1たる一大巨編重力の虹だ。主人公の名前はもちろん、不発のV2ミサイル、"ビヨンド・ザ・ゼロ"作戦の名まで登場する。が、ピンチョンお得意の洪水さながら雪崩れ込んでくる情報過多な筆致や、支離滅裂甚だしい語りの躍動は"Impolex"には存在しない。今作はただひたすらにタイロンのダウナーな旅路のみを描き、奇想にも祝祭感はなく意図的な無味乾燥ぶりが連なる。むしろ情報量を削ぎ落としに落としたミニマルな風景ばかりが今作には広がっている。だがそれ故に"Impolex"にピンチョン作品の精神性は反映されていないかと言えばそれはまた違う。ロス・ペリーはあるインタビューでこんな言葉を語っている。

"重要なのは、私が作家のテキストそれ自体にこだわっている訳ではなく、"映画には出来ない"と看做される作品のスタイルを使って映画を作ろうとしていることです。ピンチョンの小説を映画化することは殆ど無理なのは本当でしょう。ですが彼の笑い、感覚の仕組み、説明不可能だったり荒唐無稽な物に対する嗜好を反映しながら作品を作ることは可能だと思いますし、実際そうやって映画を作ろうと試みたんです"

そして注目すべきなのはロス・ペリーの十八番とも言える、機銃掃射のような会話の連打も影を潜めており、毎度毎度観る者の神経を逆撫でするようなキャラ造型もまだ完成には至っていない。どちらかといえばタイロンという人物はマンブルコア作品に登場するキャラ達の正統な嫡子と言うべきかもしれない。モゴモゴとした口ぶりで何を言いたいのか良く分からず、自分の人生どうなってるんだ?という倦怠感ばかりが先に立つ。そういった意味で、今作に一番近いのはアンドリュー・ブジャルスキ作品だろう。ロス・ペリーの盟友ショーン・プライス・ウィリアムスによる粒子の荒い16mm撮影、緊張感の欠片もない長回しの多用はブジャルスキの初期作"Funny Ha Ha""Mutual Appreciation"(紹介記事これこれ読んでね)などと共鳴しあう物だ。

だがマンブルコアの面々が何だかんだ言って人生への楽観的な観測を持っていられる一方で、タイロンは既に生きることに疲れ果てたとそんな人生への諦念ばかりが滲んでいる。そこがマンブルコアとロス・ペリーを別け隔てる一線だ。森を彷徨い歩くタイロンの身には何か劇的な事件など起こる訳でもなく、時間はただただ無意味に過ぎていく。それに対し今作以降のロス・ペリー作品の登場人物なら猛毒のユーモアと長ったらしい呪詛によって斜め上の反撃を試みるだろうが、タイロンはほぼムッツリと沈黙に閉じ籠り続ける。"Impolex"はマンブルコアを受け継ぎ、以降のロス・ペリー作品に繋がる要素が散りばめられた作品ながら、ここにあるのは圧倒的な虚無である。生にどうにもならない倦怠感を抱き、濃密な厭世の念を抱き、それでも抵抗する術など持たずタイロンは不発弾を抱えて森を行くしか道がない。いつか不発弾が炸裂を遂げる時、この人生が、この世界が粉々に砕けてくれることを願いながら。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!

私の好きな監督・俳優シリーズ
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
その133 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景
その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
その136 Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている
その137 Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?
その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
その141 ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
その144 ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する
その145 Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと
その146 Virpi Suutari&”Eleganssi”/フィンランド、狩りは紳士の嗜みである
その147 Pedro Peralta&"Ascensão"/ポルトガル、崇高たるは暁の再誕
その148 Alessandro Comodin&"L' estate di Giacomo"/イタリア、あの夏の日は遥か遠く
その149 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その150 Rina Tsou&"Arnie"/台湾、胃液色の明りに満ちた港で
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う