鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく

太古の昔から自然と人間は手を取り合って生きてきた。自然はその清冽な空気や豊穣な実りによって私たちを満たし、鮮やかな色彩や広大さによって私たちを魅了し、時には大いなる災厄によって私たちを危機に陥れる。自然は様々な側面を持ち、私たちはそれを目の当たりにする度に驚かされてきた。この太古から続く関係性を、映画はやはり様々な形で描き出してきたが今回紹介する"Die Einsiedler"もまたそんな系譜に属する作品だ。

Ronny Trockerは1978年イタリアのボルツァーノに生まれた。山奥の小さな村で育った後にはベルリンに身を置き、その地で音響エンジニアとして様々な音楽プロジェクトに携わっていた。だが一念発起した彼は一路アルゼンチンに向かい、2004年からはブエノスアイレス国立映画大学に在籍、更にフランスのル・フレノワ国立現代芸術スタジオでも映画を学んでいた。

国立大学在学中から作品を製作し始め、2007年には職を探しブエノスアイレスを彷徨う2人の若者の姿を綴る短編"Amor Precario"を製作、2008年にはブエノスアイレスのスラム街で行われる"Guardianes de Mugica"という音楽の祭典を描いた中編ドキュメンタリー"Guardianes"と短編作品"MTR - Movimiento Teresa Rodriguez"を手掛ける。フランスに拠点を移した後にも2012年にはアルプスの麓へと何かから逃げるようにやってきたカップルの運命を描き出す短編"Eiszeit"や監督の故郷ボルツァーノの国境地帯を舞台としたドキュメンタリー"Grenzland-Terra di Confine"を製作、更に2014年には再びイタリアが舞台の"Gli immacolati"を監督、久し振りに故郷へと帰ってきた青年がある事件を知ったことから巻き起こる事件を描き出したサスペンス映画で、新千歳空港国際アニメ映画祭でも公開された。2015年のとある地中海の岸辺に現れた黒人青年を巡るアニメーション"Estate"を経て、2016年には彼にとって初の長編映画"Die Einsiedler"を完成させる。

浮かび上がるのは無数の樹木が立ち並ぶ森の風景、私たちはその壮観を太陽の視点から眼差すこととなる。一様に樹木と言えどもそれらが纏う色彩はそれぞれ違う。柔らかな光が染み渡るような黄緑、漆黒の闇が注ぎ込まれたかのような深緑、その狭間で宝石さながら輝くようなエメラルドグリーン。地上から見た時には分からない彩りのグラデーションとでも言うべき美が"Die Einsiedler"の冒頭には広がる。だがいつしかそこに声が響き始める、大いなる自然への祈り、神への祈り、そして死者への祈り……

今作の舞台はアルプスの山々、その頂き近くに位置する小さな村だ。白く濃厚な霧が立ち込め、焦茶色の土くれが道を形作り、それを踏みしだく度に水気が滲み出すような不気味な音が聞こえてくる。歩くのは牛の親子に、遠吠えを投げかける犬たち、そしてマリアンネとルドル(Ingrid Burkhard&Peter Mitterrutzner)の年老いた夫婦だけだ。彼女たちは家畜を飼い自給自足を続けながら、誰と交わることもなく生活している。だが老いはマリアンネたちにも平等に襲いかかり、その生活は過酷なものとなっていく。

もう1つの舞台はアルプスの麓にある大理石採石場、ここで働いているのがマリアンネたちの息子であるアルベルト(Andreas Lust)だ。彼は両親がそうであるように寡黙で、他者に対して心を開くこともない。作業員たちは奇異の目を向ける中で、アルベルトは黙々と仕事をこなし、空いた時間があれば山の両親の元へ赴き、彼女たちの生活を手助けをする。だがそれ以外にやるべきことはない、アルベルトの過ごす日々には虚無感だけが横たわっている。

"Die Einseidler"は2つの世界を交互に描き出していく。その時に核となる要素がアルプスに広がる雄大な自然の数々だ。緑の彩りが波打つ巨大な森林、真っ白く平べったい大理石の塊が堆く積もり出来た山の数々、灰色の雲が龍さながら禍々しく山を取り巻く曇天、その1つ1つがカスパー・ダーヴィト・フリードリヒの絵画を思わせる崇高さを湛え、観る者に自然への畏敬の念を抱かせる。

この崇高さの裏側には、撮影監督Klemens Hufnaglの多大なる貢献があるだろう。彼の撮影で特徴的なのは被写体を真正面から映し出す際に宿る強度だ。まず麓に住むアルベルトを映し出す場合、Hufnaglは彼が独りで食事をする時の寂しげな後ろ姿、重役と会話を繰り広げる時の顔の表情、大理石の岩壁を見上げる時の不安げな様子、そういったものを角度をつけることなく正面から撮す。すると画面は奥行きを失い、世界は空間から平面へと変わる。その中でアルベルトだけは奥行きを持ったままでありながら、それはつまり彼と周囲の世界とが相容れないという事実を声高に語る。

だがHufnaglのカメラが自然と相対する際はまた事情が違う。彼はやはり自然にも真正面からカメラを向けるのだが、風景は無機質な平面とは成り得ない。大地から樹木が天を目指しその一群が遥か彼方まで列を為す風景、マリアンネが藻のような細かい緑に侵食されゆく険しい岩地を彷徨う風景には自然の限りなさを思い知らされるような強度が宿る。レンズを向けたことによる異化効果をものともせず、むしろその効果を逆手に使い世界をこじ開け、無限を焼きつけるような力強さ。

だが監督が双方に浮き上がらせる情感は全く同じものだ、つまりは孤独の感覚。自然に比してマリアンネやルドルの体は余りにも小さすぎる。彼女たちはあの広大さの中で砂の一粒のようにちっぽけで無力な存在でしか有り得ず、迫り来る孤独からは逃れられない。そしてアルベルトもまた孤独の虜囚として日々を生きる者だ。彼が住む狭苦しい部屋の中、真正面から映し出される生活風景は監獄で贖罪の時を待つ罪人のそれと変わらない。両者はそんな生活を自分から進んで行っている、自分を取り囲む全てに心を閉ざす生き方しか彼らには出来ないからだ。

そんなある日、ルドルは何の前触れもなく死を迎え、マリアンネは真に独りで生きていかなくてはなくなる。アルベルトに助けを求めようと思いながら、彼女はそれを実行に移すことなく生活を続ける。片やアルベルトはグルーバー(Hannes Perkmann)という作業員や、事務員をしている女性パオラ(Orsi Tóth)との交流によって、人生が少しずつ動き出すような響きを耳にすることとなる。

だが孤独は全てを容赦なく押し潰すという事実を"Die Einsiedler"は観る者に叩きつけていく。アルベルトを演じるAndreas Lust、彼はオーストリアを代表する演技派であり、世界に目を向けたとしても彼ほど孤独を体現する存在は居ないだろう。2010年のベンヤミンハイゼンベルク監督作"Der Räuber"(紹介記事)では、誰よりも早く世界を駆け抜けるという大いなる才能を持ちながら、犯罪への欲動を抑えきれず破滅する男を演じているのだが、生き方を何者にも理解されず社会から疎外され、最後には凍てつくような死を迎える姿は"孤独"という概念を言葉でなく心で理解させる力に満ちていた。 

今作においてもその力は遺憾なく発揮されている。自己を罰するが如く己を追い詰め続ける男、それでもいつしかその痛みに耐えることが出来ず、共同体の一部になるためにある罪を犯す。Lustの表情は常に精彩を欠き、50年の年月によって刻まれた皺の数々には人生への諦念が滲み渡る。だからこそ彼の犯す小さな罪の大きな切実さは観る者の心を切り裂いていく。そしていつしか彼自身が"孤独"となる瞬間がやってくる。それでもそこにあるのは哀しみだけでない。

参考文献
https://vimeo.com/user10999428(監督vimeo)
http://www.bagarrefilm.com/(自身の製作会社Bagarre Film公式サイト)

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