鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい

何も変わらない退屈な毎日、次第に色褪せていく日常、人生の全てが同じことの繰り返しのように思えて、自分はそんな反復の中で磨り減り、成す術もなく死んでゆくしかないのかと深い絶望感に襲われたことはないだろうか。この窒息しそうなほど退屈な日常を投げ出し、ここではないどこかへと消え去りたいと思ったことが1度はないだろうか。そんな切実ながら危険な思い、それが全編に満ちる作品が今回紹介する"Una hermana"だ。

Sofía Brockenshireは1988年カナダに生まれた。ブエノスアイレスの国立映画大学で映画製作について学ぶが、ここで出逢ったのがVerena Kuriと以前このブログでも紹介したオーストリア人作家Lukas Valenta Rinner(紹介記事読んでね)だった。2人は後に欧州とラテンアメリカ映画界を繋ぐという理念を持った製作会社Nabis Filmgroupを設立するのだがBrockenshireもそこに参加、Rinnerの短編"Carta a Fukuyama"(2010)で美術監督を務めると共に、Kuriとはアルゼンチンにある有名なゴーストタウンを描きた短編"Epecuén"(2011)を共同で監督する。そして2016年には再びKuriとの共同作品として初の長編監督作"Una Hermana"を完成させる。

アルゼンチンの小さな田舎町、かつては隆盛を極めながらも、今はうらぶれた駅舎にその残滓が窺えるばかりの小さな町。ここから1人の女性が姿を消した。名前はグアダルーペ、彼女はある朝早くから鉄道に乗って村を出たきり跡形もなく消え去ってしまった。妹であるアルバ(Sofia Palomino)は何日も何日も姉を探して彷徨いながら、彼女の消息はいっこうに掴めず、日々は無意味に過ぎていく。

前半においてはアルバが姉を探し求める姿が淡々と映し出される。ポケットには姉の写真を忍ばせ、道行く人に"この女性を見ませんでしたか?"と問いかける。誰もが知らないと答え、時には労りの言葉をかける者もいるが彼らもやはり姉の消息を知りはしない。そしてアルバは警察署へと向かい、捜査の進捗状況を訪ねるのだが、新しい情報は一切入っていないとの返事。そもそも捜査などする気はないのではないか、アルバは警察の官僚主義的な態度に不満を募らせながら、しかし村へと帰るしか術はない。

"Una hermana"の全編には深い鬱屈が沈殿している。撮影監督Andrés HilariónRoman Kasserollerによって映し出されるアルバの世界は酷く色褪せた物で、瑞々しさなどが浮かび上がる余地など何処にもない。そしてカメラワークは常に不安定であり、世界は危なかっしく揺れ続ける。最愛の姉を失ったアルバという人物の心象風景こそが、正にあなたが目の当たりにしている世界なのだと言う風に。

だが彼女の心は撮影技法にだけでなく、彼らが捉える町の風景そのものにも表れている。町並みからは活気が刈り取られ、透明な空虚感ばかりが漂い続ける。かつての栄光の標である筈の駅舎も埃とヒビに侵され、今では学校にも行かず1日中遊び続ける少年少女の溜まり場と化している。そこから余り離れていない空地には、かつては線路を雄々しく走っていたのだろう汽車の残骸が転がっている。そして町から一歩でも外に出ると、そこには薄い黄土色だけが揺れる単色の草地が広がっている。土壌は柔らかく、草が生えていない場所は濁りきった泥水に呑み込まれている。世界から見放された終焉の地、荒涼たる風景の数々にはそんな感覚に満ちている。

監督たちはその終焉の地に乾いた幻想を宿していく。夜を迎える直前、黒みがかった灰色が草地を覆う中、爆炎を上げて燃え上がる物がある。それは車だ、何の変哲もない1台の車、だが炎に焼き尽くされ黒炎を吐き出し続ける車は、観客に禍々しい予感を抱かせる。その車の持ち主が明かされた時から、アルバの周囲には幻影が舞い踊り始める。監督たちの手捌きはアメリカの映画作家ジョセフィン・デッカーを彷彿とさせる物だ。主人公である女性たちの心象風景が現実の中に不穏な形を取って現れ、現実と妄想の境界線が撹拌されていく。だが"Un hermana"の幻想はアルゼンチンの辺境に抱かれる故に、更に乾き、更に殺伐とした印象を与える。

そして物語はアルバの行動そのものよりも彼女の内面へと深く潜行していくこととなる。アルバは母のベアトリスと弟のマテオと共に暮らしているが、姉が失踪してからベアトリスは塞ぎ込み、幼いマテオの世話などをアルバ自身が全てこなさなくてはならない状況に陥っている。終焉の地に閉じ込められ、家族という繋がりに縛られる日々、その中で姉を探すための彷徨いはある意味で唯一彼女が現実から目を背けるための方法でもある。彼女はある時ナイトクラブへと足を踏み入れ、姉について聞いて回るが、そこで他ならぬ姉がビートに体を揺らす姿を目撃する。その姿には自分を縛るものはないと自由を叫ぶようで、アルバは姉に見とれるながらも、彼女の躍動は群衆に掻き消えていく……

この場所から逃げ出したい、この場所から消え去りたい、"Una hermana"にはアルバの切実な思いが滲み渡る。そして彼女の思いが頂点を迎える時浮かび上がる不気味な光景は、観る者それぞれの心にのたうち回る薄暗い願いを引きずり出し、その亡霊のような存在と対峙することを迫るのだ。

ヴェネチア国際映画祭特別編
その1 ガブリエル・マスカロ&"Boi Neon"/ブラジルの牛飼いはミシンの夢を見る
その2 クバ・チュカイ&"Baby Bump"/思春期はポップでキュートな地獄絵図♪♪♪
その3 レナート・デ・マリア&"Italian Gangsters"/映画史と犯罪史、奇妙な共犯関係
その4 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その5 アルベルト・カヴィリア&"Pecore in Erba"/おお偉大なる排外主義者よ、貴方にこの映画を捧げます……
その6 ヴァヒド・ジャリルヴァンド&"Wednesday, May 9"/現代イランを望む小さな窓
その7 メルザック・アルアシュ&"Madame Courage"/アルジェリア、貧困は容赦なく奪い取る
その8 ペマ・ツェテン&"Tharlo"/チベット、時代に取り残される者たち
その9 ヨルゴス・ゾイス&"Interruption"/ギリシャの奇妙なる波、再び
その10 ハダル・モラグ&"Why hast thou forsaken me?"/性と暴力、灰色の火花
その11 アニタ・ロチャ・ダ・シルヴェイラ&"Mate-me por favor"/思春期は紫色か血の色か
その12 ヴェトリ・マーラン&"Visaaranai"/タミル、踏み躙られる者たちの叫びを聞け
その13 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その14 お家でヴェネチア国際映画祭2015 総評
その15 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その16 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その17 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて

私の好きな監督・俳優シリーズ
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
その133 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景
その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
その136 Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている
その137 Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?
その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
その141 ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
その144 ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する
その145 Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと
その146 Virpi Suutari&”Eleganssi”/フィンランド、狩りは紳士の嗜みである
その147 Pedro Peralta&"Ascensão"/ポルトガル、崇高たるは暁の再誕
その148 Alessandro Comodin&"L' estate di Giacomo"/イタリア、あの夏の日は遥か遠く
その149 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その150 Rina Tsou&"Arnie"/台湾、胃液色の明りに満ちた港で
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい