鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Fien Troch&"Home"/親という名の他人、子という名の他人

思春期という名の変化は類を見ないほどの激しさと痛みを伴う。身体の変化、そして精神の変化に誰もが戸惑い、それを受け入れることが出来ず、荒れ狂う波に呑み込まれることとなってしまう。だがそれによって苦しむのは当事者である少年少女だけではない、周りにいる親たちもまた尋常ではない痛みに晒されることになるのだ。今回紹介するのは子と親、双方の苦しみとその余波を描き出した作品"Home"とベルギー人映画作家Fien Trochだ。

Fien Trochhaは1978年ベルギーのロンデルゼールに生まれた。父のLudo Trochは編集技師で、娘の作品で編集を担当している。LUCA美術大学で映画について学び、現在は本大学で講師も務めている。

在学中から"Verbrande aarde"(1998)やベルギーに蔓延る暴力の構図を描き出した"Wooww"(1999)など短編を精力的に製作、2005年には彼女にとって初の長編である"Een ander zijn geluk"を手掛ける。ブリュッセルの郊外にある村で巻き起こる児童の連続殺人事件とその余波を描き出した本作はテッサロニキ映画祭で女優・脚本・作品賞を獲得するなど大いに話題となる。2008年には最愛の娘の失踪によって壊れゆく夫婦の姿を綴る"Unspoken"を、2012年には鬱に苦しむシングルマザーと彼女の2人の息子が直面する悲劇を描くドラマ作品"Kid"を監督した後、2016年には最新作である"Home"を完成させる。

17歳のケヴィン(Sebastian Van Dun)は思春期の荒波に戸惑う者の1人だ。暴力的な気質は彼にとって重荷となり、とうとう事件を起こした彼は7ヶ月もの間刑務所で暮らすこととなる。家族から見放されたケヴィンは叔母であるソーニャ(Karlijn Sileghem)の元で暮らしながら、配管工見習いとして働くことになる。彼はソーニャの息子サミー(Loïc Bellemans)や彼の恋人であるリナ(Lena Suijkerbuijk)、そしてジョン(Mistral Guidotti)という少年と友人関係になるのだが……

4人が繰り広げるのは無責任で無軌道な青春だ。教師や親には舐めた態度を取り続け、淀んだ視線と中指を彼らの脳天に突き立てながら唾を吐く。そして日夜友人を連れ込んで馬鹿騒ぎに興じ、煙草を吸って、マリファナを吸って、激しいビートに合わせて頭や腰を振りまくる。監督はそんな光景をInstagram的なスクリーンサイズ、スマホで撮影された画質の荒い動画、軽薄な響きに満ちたエレクトロニカによって紡ぎ出していく。

ここまでは通り一遍の荒んだカミング・オブ・エイジものと何ら変わることはないが、今作において特徴的なのは彼らと平等に親世代の姿も描かれる部分だ。サミーの母であるソーニャは17歳になる息子が何故こんな反抗的な人間に育ったのか、自分に歯向かう真似をするのかが全く分からず、日々の中で不安と焦燥ばかりが溜まる。

彼女が抱く子供たちへの当惑が象徴的に描かれるシークエンスがある。リビングにサミーやケヴィン、ジョンが集まり、ソーニャの用意した料理を食べ始める。夜出掛けるらしい彼らに行く先を聞くと、"駐車場だよ"という返事が返ってくる。"そこで一体何するの?"と状況が良く飲み込めないソーニャはそう質問するのだが、サミーたちはそんな彼女を心底バカにした態度を隠さないまま答える、"アンタらの世代には理解できないことだよ"……その言葉に対し、ソーニャは苦虫を潰したような表情を浮かべることしか出来ない。

"Home"の描き出そうとするテーマはつまり、親世代と子世代の断絶だ。それ故に全編には不穏なムードが満ち渡る。撮影監督Frank van den Eedenが映し出す風景からは彩りが刈り取られ、色褪せた寒々しさが際立つ。更に彼のドキュメンタリー的な撮影において、手持ちカメラは終始不気味に揺れ、多用される細かいズームアップによって登場人物それぞれの陰鬱な表情が観る者に迫ってくる。彼のレンズを通じて私たちは観客ではなく第3者としてその場に居合わせることになる。上述したシークエンスに漂う酷く居心地の悪い空気感、ケヴィンの暴力性が否応なく発露する瞬間、私たちはそれを肌で感じ、それを目撃することとなるのだ。

こうして不穏に紡がれる両者の断絶はある親子の存在によって決定的な物として提示される。ケヴィンたちの友人であるジョンは母親(Els Deceukelier)と2人で生活している。彼女は異常な支配欲で以てジョンを家に縛りつけ、おぞましい虐待を行っている。だが少しでもジョンが抵抗すれば、彼女は"もう自分を愛していないの?"と号泣し彼にすがりつく、そうして彼の心を掌握する様は正に洗脳という他ない吐き気を催す類いのものだ。

彼らの存在は物語全体に波紋を投げ掛ける。ジョンは母親を振り切ろうとソーニャに対して助けを求めるのだが、彼女は事態を軽く見るがゆえ彼に手を差し伸べようとはしない。あれ程自分の息子については苦悩し彼を理解したいと願いながら、他の子供たちに対しては無関心と無理解を隠すことはない。そうしてジョンたちは大人たちに対して失望する一方で、逆にケヴィンたちとの繋がりは更に密接な物となっていく。だが問題は彼らはまだ子供であり、事態を解決する術を持っていないことだ。そして運命の日が訪れる。

監督は今作についてこう語っている。"今作の中で、私は2つの世代の間に在る緊張感というものを探求していきたかった、大人たちは若者たちに対する責任をどう果たすのか、若者たちは大人になるための道をどう見つけ出すのか……私は若者たちがこの世界に意味を見出すため苦闘する姿(中略)を描きたかったんです。若者たちは繊細で、大人たちは意識的に――あるいは無意識的に――自分たちの目的を達成するためにその地位を利用することがあります。名声、正義、偏見、これらは映画において重要な役割を果たすテーマです。私は世代や共同体を描くために、3つのアンサンブルを利用しようと決めたんです"

もし仮に血の繋がりがあろうとも親にとって子は他者であり、子にとって親は他者である。それは最初家族という形を取って現れながら、もっと大きな言葉と愛憎を伴い社会を分断する絶望となりうる。"Home"は2つの世代に横たわるそんな断絶と救いがたいすれ違いを辛辣に描き出した青春映画なのだ。

参考文献
https://boxoffice.festivalscope.com/all/film/festival/venice-sala-web-1/25-films/film/home(監督プロフィール)

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