鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"

ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
ジョー・スワンバーグの作品についてはこちら参照。

24歳で完成させた長編デビュー作"Kissing on the Mouth"は私たちのことは私たちが語るという気負いが最良の形で達成された作品だったが、今作を以てジョー・スワンバーは志を同じくする仲間たちと共にマンブルコアというムーブメントの門戸を押し開けることとなる。そして彼はわずか1年後、マンブルコアの領域を更に押し広げる1歩を踏み出していく。スワンバーグの第2長編であるその1歩の名こそが"LOL"だった。

"あなたにプレゼントをあげる"……パソコンの液晶に映る彼女はそう言うと、音楽に乗せて体を艶かしく動かし始める。そして腰をゆっくりと振りながら、服を脱いでいく。緩慢な動きの中で、焦らすように、少しずつ肌を露にしながら、扇情的な表情を浮かべ、下着まで露になり、それすら彼女は脱ぎ捨て、とうとうそこには乳房が現れる。そして晒される男たちのアホ面、アホ面、アホ面、アホ面……

"LOL"の主人公は大学を卒業したばかりである3人の青年たちだ。ティム(スワンバーグが兼任)は仕事もせず友人たちと適当につるむ日々を送っているのだが、最近はインターネットにドハマりし、恋人のエイダ( Brigid Reagan)の呆れ顔を尻目に彼はノートパソコンに向き合い続ける。クリス("Quiet City"C. Mason Wells)は現在グレタ(グレタ・ガーウィグ)と遠距離恋愛中、日に何回も自分のイカした顔を携帯で撮影し彼女にメールを送りまくっている。そしてアレックス("Uncle Kent"Kevin Bewersdorf)は音楽で一旗上げようと努力しているが、夜な夜なビデオチャットでテッサ("Kissing on the Mouth"Kate Winterich)というモデルに張りつき、股間を慰める日々が続く。

デビュー長編"Kissing on the Mouth"に続いて若い世代の今を描き出す意識が前面に出ている第2長編"LOL"だが、今回スワンバーグが描こうとするのは"テクノロジーの進歩は私たちの関係性をいかに変えたのか?"ということだ。スワンバーグは本作について"ゼロ年代における男らしさを描くと共に、若い世代が現代的な関係性やテクノロジーについての絡み合ったメッセージを解き明かしていく姿を描いていく"作品と語っている。携帯電話のおかげで遠くにいる恋人といつでも連絡が出来るようになり、インターネットのおかげで気軽にエロ動画へアクセス出来るようになり性的欲求の解消法がより自由になった。だがこの技術の発達が"男性性"のあり方を変えてしまったことに、スワンバーグは焦点を当てていく。

まずクリスは携帯がもたらす恩恵を享受している訳だが、画像フォルダ内には大量の自撮り画像が溜まっており、他人、特にグレタからどう見られるかを過剰に気にするようになっている現状が立ち現れる。そして最初電話口から聞こえてくるグレタや彼自身の声は恋人たち特有の溌剌な親密さに溢れているが、隔たりが必然的にもたらす関係性の倦怠を互いの声色から鋭く嗅ぎとりあい、険悪なムードが生まれ始める。そこで実際ほとぼりが冷めるまで距離を取ればいいものの、いつでも繋がれるからこそ不必要に電話し、グレタは自分を繋ぎ止めるために裸の写メを送ったりと、2人の関係はどんどん拗れていく。

アレックスは鬱屈を覆い隠すため、テッサに"自分はバンドやってるんだ、ライブに来てくれよ"とありもしないライブに誘うメールを送り、返信が来ないことにイラつく。そんな中で彼はウォルター(「ABC・オブ・デス」Tipper Newton)という女性と出会い交流を深めていく。端から見れば2人はなかなか良い雰囲気なのだが、夢を見舞う不遇の数々はアレックスをテッサへの執着へ導き、自分の物にしたいとメールを送り続け、そして彼はドツボに嵌まる……膨張する性欲、独占欲、不信感、彼らはテクノロジーに翻弄され、男性性にがんじがらめにされ、人生を惨めな物にしていく。スワンバーグ自身が担当する撮影・編集は相当に荒いが、それはアレックスたちの当惑が映画の語りにそのまま反映されているようでもある。

そしてもう1つ注目すべきは肉体性の希薄さだ。スワンバーグ作品は個と個が関係性を取り結ぶ中でそこに肉体がどのように関わってくるのかに焦点を当てる故に、過剰なまでに肉体が剥き身で晒されたり、登場人物たちがセックスしたりといったシークエンスが存在するのだが、今作は例外的にそういった場面が少ない。裸はパソコンや携帯の液晶に映ったものが殆どで、こういった題材で且つスワンバーグが監督ならあってもおかしくない自慰シーンが欠如している。セックス自体、スワンバーグ演じるティムとエイダのそれ以外は存在しないのだが、この下りに意味が隠されていると言っていい。

物語の終盤で2人はセックスを行うのだが、その前においてティムのネット中毒が関係性に亀裂を入れている故に、行為はひどくぎこちない。映像には密着しあい互いに触れるエイダたちの姿が浮かびながら、触覚でも嗅覚でも観る者の感覚に訴えかけてくるような要素が全く欠けている。つまりスワンバーグは肉体性の希薄化をテクノロジーの発達に接続しているのだ。技術は若い世代から肉体性を奪い、肉体と精神の彼我の間は残酷なほどに遠ざかっていく。その隔たりを埋めようと3人は足掻きながら、しかし歪んだ男性性は容赦なく彼らを呑み込んでいく。

その中で唯一を肉体性を感じさせるのが、劇中でアレックスが作曲する"ノイズポップ"という音楽だ。彼はカメラを構え、唇を歪めながら声を発したり頬を手で叩いて音を出したりする姿を撮影し、その動画をランダムに繋げて音楽を作り出しているのだ。カメラの前で若者たちは眉に目にアゴに唇にと顔のパーツをしっちゃかめっちゃか動かし、思い思いの表情を浮かべる。そこには肉体性を奪われた悲哀ではなく、自分たちの肉体を楽しむような陽気さが宿っている。そうして"LOL"は世界に満ちる痛みに打ちひしがれながら、私たちにもまだ希望は残されているのだと笑いを響かせる。

さて"LOL"はスワンバーグ作品に一貫する"テクノロジー"というテーマが初めて俎上に上がった映画として重要だが、それ以外にも注目すべき点がある。それはスワンバーグ引いてはマンブルコアのミューズとなるグレタ・ガーウィグの映画デビュー作であることだ。出演までの道のりはと言えば2005年当時、彼女はバーナード大学で劇作家になるため勉学に励んでいたのだが、彼女の恋人が何とクリス役のC. Mason Wellsだったのである。そして彼は友人であるスワンバーグと共に映画を作ることになり、ガーウィグが担ぎ出されたという訳だ。

出番はと言うと実はそんなに多くない。遠距離恋愛という設定上、写真や声だけの出演が多く、動いているガーウィグは"ノイズポップ"の中でしか見られない。しかも電話越しの声は、マンブルコアの常として録音状態が悪く、聞き取れない部分が結構ある。実はこのボイスメールの数々、実際にガーウィグがWellsに送ったものをそのまま使っており、彼がメールを映画に使いたいと言い出した時は喧嘩の末に了承したという裏話がある。そういう意味では"あのグレタ・ガーウィグがこんな脇役な感じで出ていた!"という物珍しさばかりが先立つ感じだが、撮影の裏側を見ると今作は超重要な作品だ。ガーウィグとスワンバーグはSXSW映画祭の"LOL"プレミア会場で初めて顔を合わせたそうで、そこで2人は意気投合、彼女たちはマンブルコアの象徴ともなる作品「ハンナだけど、生きていく!」"LOL"における遠距離恋愛というプロットを1本の長編にまで引き伸ばした"Nights and Weekends"を製作することとなる(後に酷い形でタッグを解消することにもなるが)つまり今作は"グレタ・ガーウィグ3部作"の幕開けとなる1作でもあるのだ。誕生したはまかりのマンブルコアは今作によって精神的な支柱を獲得したという訳である。

参考文献
http://www.lolthemovie.com/index.html(公式サイト)
http://www.indiewire.com/2006/08/indiewire-interview-joe-swanberg-director-of-lol-76210/(監督インタビュー)

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34