鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Rachel Lang&"Pour toi je ferai bataille"/アナという名の人生の軌跡

例えば1つの物語があり、そこには1人のーー時には何人ものーー主人公がいて、物語を通じて私たちは彼/彼女と共に生きていくことになる。だから物語の終りは彼らとの旅の終りでもある。そうして別れを告げる時、名残惜しさと共にもっとこの物語が長く続けば良いのにと思ったことが何度あっただろうか。今回そんな愛しさに溢れた連作短編“Pour toi je ferai bataille”“Les navets blancs empêchent de dormir”、そしてその監督Rachel Langについて紹介していこう。

この2作はアナ(Salomé Richard)という、傷つきやすくも強く生きようとする女性の人生を切り取っていく作品だ。まず“Pour toi je ferai bataille”、19歳のアナは日々を自分を壊すために費やしていくような、荒れた生活を送り続けていた。だがある時、彼女はこの惨めな生活を変えようと決意する。洗面所の鏡の前で長くボサボサな髪の毛をバッサリと切り、心機一転アナが向かうのは軍隊だった。

兵士としての日々は以前とは比べられないほど過酷な物だ。未明から上官に叩き起こされ、お前ら女は……と嫌味混じりの叱責を受けると最悪の朝で1日は幕を開け、その後も訓練に分刻みのスケジュールにと苦労は絶えない。しかしアナと同室の仲間たちはその合間に、上官の悪口やホットな男性兵士についてお喋りを繰り広げ、絆を深めあい毎日を乗り越えていく。その中でも故障したシャワーを罵りながら、遅刻ギリギリまで4人でワチャワチャとシャワーを浴びる姿は親密で、観ているこっちまで微笑みたくなる女子校感がある。

確かにアナの過ごす日々は過酷だ。しかしLangは苦悩や葛藤を描くよりも、ふとした瞬間に浮かび上がる人生の輝きや喜びを軽やかに捉えていく。休憩時間、4人で机とお菓子を囲みながらある曲を口ずさむ瞬間、カメラは友人たちに視線を送るアナの表情を映し出す。満面の笑みではなく微かで、複雑な笑み。そこには“これで良かったんだよ”という思いと“これで良かったんだろうか?”という思いが混じり合っている。そして多分その笑みは、いつかあなたが鏡の中のあなたに見たのと同じ物なのだ。

ここで少し監督のプロフィールを紹介していこう。Rachel Lang1984年ストラスブルクに生まれた。好きな映画作家デヴィッド・フィンチャーモーリス・ピアラアルノー・デプレシャンクレール・ドゥニなどなど。父は画家・彫刻家であり、彼に薫陶を受け、芸術に親しむようになる。マルク・ブロック大学で哲学を学び、2年間は軍隊に所属、その後にはベルギーのIAD映画大学で監督業について学んでいた。現在は軍の士官を務めると共に映画監督としても活躍しているのだが、そうアナの従軍経験は、Langの実体験に基づいているのだ。この時の経験について、彼女はこんな言葉を残している。"19歳の時から2年間軍隊に所属していました。それは今までいた世界では考えられないような、凄まじい経験でした。軍では今まで会ったことのない人々と出会い、その中には読み書きが出来ない人もいました。それでも私たちは密な何かで繋がれるようになり戦友となったんです、とても素晴らしい経験でした"

そして今作の1年後に製作された続編“Les navets blancs empêchent de dormir”は同じく1年後のアナの姿を描き出していく。20歳になったアナは軍を除隊した後、彫刻家として身を立てようと奮闘する日々を送っていた。だが彼女は不眠症に苦しみ、人生にままならなさを抱いてもいた。そんなある日、アナは恋人であるボリス()を訪ね、フランスから一路ベルギーのブリュッセルへと向かう、そこで何かが決定的に変わってしまう予感を抱きながら。

アナの姿を通じて軍隊での過酷な日々と女性同士の絆を描いた“Pour toi je ferai bataille”とは逆に、“Les navets blancs empêchent de dormir”においてLangは彼女が巡り合う人々との交流を通じてアナの心へと深く潜行していく。ケーキ作りに邁進する友人との会話は他愛ないものだが、アナの親しみが一瞬一瞬に深く滲む。ブリュッセルへの列車の中で出会った乗客はコンゴ人の恋人への思慕を語り、アナの中にもボリスへの思いが募る。そして再会したボリスと寄り添いながら風呂場で過ごす一時には、この時間が一生過ぎ去らなければいいのにという切ない響きが宿っている。

そしてこの2本を繋げる役割を果たすのがアナを演じるSalomé Richardだ。短い髪で精悍を装うとも隠しきれない、子供と大人の間を漂う人々が顔に張りつけたあどけなさは、1年の後に再び伸びた髪の中で、新たな世界へ一歩足を踏み入れた者の大人びた雰囲気へと溶け込んでいる。その変化は1年という隔たりの大きさを感じさせるが、それでも変わっていない物がある。彼女の頬には微かに赤みを帯びた斑点が2つポツポツと出来ていて、カメラがアナの横顔を撮す時、それが鮮やかに浮かぶのだ。この些細な身体性の存在が、しかし何よりもアナと観客の距離を近づけていく。そしてアナはその赤みに痛みを湛えながら、更なる1歩を進もうとする。彼女の物語をもっと知りたい、彼女と共に人生を歩んでいきたい、そんな私たちの思いはLangの長編デビュー作"Baden Baden"へと繋がっていくことになる。

参考文献
http://www.indiewire.com/2016/02/how-baden-baden-filmmaker-rachel-lang-uses-the-unexpected-to-bring-her-characters-to-vivid-life-65685/(監督インタビューその1)
http://variety.com/2016/film/global/rachel-lang-locarno-baden-baden-jour2fete-chevaldeuxtrois-tarantula-1201681978/(監督インタビューその2)

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