鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Argyris Papadimitropoulos&"Suntan"/アンタ、チンコついてんの?まだ勃起すんの?

さて"ギリシャの奇妙なる波"についてはこのブログで何度も紹介しているが、その奇妙さの中で奇妙に際立つ要素に"男性性の崩壊"という物がある。まず籠の中の乙女Alexandros Arvanas"Miss Violence"は男性性の権化としての父を頂点として家族という最も小さな共同体を支配する様が描かれている。だが物語が進むにつれ、ギリシャの経済停滞を背景としてその家父長制は自壊していき、父によって支配されていた娘たちによって止めを刺されるという構図が2作品で反復されている。そしてElina Psykou"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"(紹介記事読んでね)やアティナ・レイチェル・ツァンガリ"Chevalier"が前2作とはまた別の角度から"男性性"を描き出そうとしている。そして今回紹介するのも、またその系譜に位置する作品だ。

Argyris Papadimitropoulosラモーンズがデビューアルバム"The Ramones"を発表した1976年アテネに生まれた。オックスフォードとアテネで映画を学んだ後、映像作家として200本以上のCM広告を手掛けたり(監督公式vimeoから作品が観れます)、製作会社Oxymoron Filmsを立ち上げて、自身の監督作やベルリン国際映画祭で話題になったAthanasios Karanikolas監督作"At Home"(2014)をプロデュースするなどしている。

映画監督としては"Pendulum"(2003)と"Tender"(2004)という2本の短編で頭角を表した後、ベルリナーレ・タレント・キャンパスに参加、2008年に初長編となる"Bank Bang"を完成させる。墓場で働く2人の兄弟が一発逆転のため銀行強盗に打って出るクライム・コメディで、ギリシャ本国で記録的大ヒットを遂げる。2011年には撮影監督でもあるJan Vogelと共同で"Wasted Youth"を監督、アテネの街を彷徨う16歳の青年と人生にドンづまった中年警察官の人生が交錯するドラマ作品でロッテルダム国際映画祭などで上映されるなど話題となる。更に籠の中の乙女"Attenberg"と共に"ギリシャの奇妙なる波"の幕開けとなった一作としても数えられている。そこから5年の空白が開いた後、彼は3本目の長編となる"Suntan"を完成させる。

クリスマスを目前に控えたある日、40代の中年男コスティス("Chevalier" Makis Papadimitriou)は医師として、ギリシャの離れ小島へと赴任することになる。彼を迎える市長はこの島がいかに美しく居心地のいい場所かを説くのだが、空には濃灰色の曇天が広がり、その影に覆われた真白い建物の群れは陰鬱な空気を吐き出すばかりだ。まるで彼の鬱々たる道行きを予告するように。

序盤において今作はコスティスという男の精神に広がる虚無感を浮き彫りにしていく。彼は医師として勤勉な働きぶりを見せるが、島に馴染めているかと言えばそうではない。友人も恋人も作ることなく、自宅でも食堂でも苦々しげな表情を張りつけたまま、独りの時間を過ごす。クリスマスや新年の祝いも彼には不快な騒音でしかない。孤独と不器用を絵に描いたような人間がコスティスなのだ。だがそんな彼に住民のタキス(Yannis Tsortekis)は下卑た笑顔を浮かべながらこう言う。夏になりゃこの島にもエロい女たちが沢山来るから期待しとけよ!

そして彼の言葉通り、夏の幕開けにコスティスの診療所へと担ぎ込まれてきたのはアンナ(Elli Tringou)という若い女性だ。輝くようなブロンド、小麦色の肌、健康的で弾けるような体つき、タキスの言う“エロい女”の登場に彼は処置中も興奮を抑えきれない。更に仕事終りにヌーディスト・ビーチへ赴くとそこにはアンナの姿、彼女は命の恩人を自分達の仲間に引き入れ全裸ではしゃぎ回る。コスティスは未知の体験に生唾を飲みまくるが、俺の青春よ再び!とばかりに若さの中へ飛び込んでいく。

序盤の抑制されたトーンと打って変わって、コスティスの夏は極彩と狂騒に炸裂していく。日焼け止めを塗ったくった真っ白い体でエメラルドの海へと飛び込み、若者集団と笑いを響かせる。夜には口にビールをブチ込みながら、ネオンの原色に全身に浴びながら激烈なビートに乗せ身体を躍動させる。アンナたちの熱の中でコスティスは自分が若返っていくような感覚を覚え、この世の春を謳歌する。音楽のFelizol、撮影監督のChristos Karamanisはそんなコスティスの高揚感と恍惚を鮮烈な形で私たちの鼓膜に、網膜に凄まじい勢いで叩きつけていく。

だが監督はそんなコスティスや狂騒に泥つく不気味な何かをズルズルと引き摺り出していく。彼は若さやセックスに執着を見せる存在として描かれるが、その淵源には性の呪縛というべき物がある。物語の登場人物は島の住民たち/若者たち、大きくこの2つに分けられる。双方は表面上対立構造にあるように思われるがそれは微妙に違う。前者に属するタキスは口を開けば若い女とヤった若い女とヤリたいとわめき散らし、そうじゃない奴は男じゃないと軽蔑を隠さない。そして後者に属するアンナたちは前述の通りぺニスについての冗談を連発し、性的に奔放であることを何よりも優先する。実の所2つは性における価値観を共有しており、性にコミットしない/コミットできない人間に対する排他性においても同じなのだ。

そしてそれは彼ら特有の物ではなく、むしろ社会に内面化した価値観を反映した物と言える。例えばセックスで人をランク付けし、処女・童貞などの言葉を仕立てあげセックスを経験していない者を下等な存在とする風潮はそこかしこに存在している。本作の舞台であるギリシャは夫婦間における年間のセックス回数が最も多い国という統計もあり、翻って考えるとセックスするべきという価値観が支配的だろうことは想像に難くない。ここにおいてコスティスは双方の価値観に適応できないはぐれ者だ。極彩色のネオンの中で大騒ぎするコスティスはふとした瞬間、真顔に戻る。俺は一体何やってるんだ?……それでも違和感を塗り潰そうと彼は再び踊り始める。

性の呪いを描き出す今作は、否応なくぺニスという存在へと収斂していく。劇中では“お前ぺニスついてんのか?” “アンタくらいぺニスの小さい奴見たことない!”というぺニス関連のジョークが頻出し、その中でコスティスはある女性に股間を鷲掴みにされ“アンタのまだ勃起すんの?”と嘲笑われる。彼が恐れるのが正にそれなのだ。性の呪いが支配的な社会においては“人間らしさ”よりも“男らしさ”こそが優先される故に、彼はぺニスが勃起しなくなることは自分の存在の全否定に繋がるという考えを捨てられず、常にぺニスを気にし続ける。日本においては週刊紙の中吊り広告で“60歳からのセックス!”などという言葉が踊るように、生涯現役が美徳として謳われていたりと病巣は根深い。そしてコスティスの恐怖が考えうる限り最悪の形になった時、彼の人生は綻び始める。

コスティスは性や男らしさの呪いに縛られた社会において間違いなく被害者である。だが抑圧された被害者は加害者にも成りうることを、コスティスを演じるMakis Papadimitriouはその全身で以て体現していく。頭髪は薄くなり、腹では脂肪が波打つとそんな中年男性の典型的な身なりをした彼は孤独から狂騒へ、そして恍惚から妄執へ至る。その姿は酷く居たたまれない物だが、震えるほどの実感を以て観る者の胸に迫る。何故なら老いること、若さを失うことからは誰も逃れることが出来ないからだ。

参考文献
http://www.argyburgy.com/(監督公式サイト)
https://vimeo.com/argyburgy(公式vimeo)
http://cinepivates.com/papadimitropoulos-suntan-interview/(監督インタビュー)

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