鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!

さて、このブログではマンブルコアというムーブメントについて紹介しているのだが、日本ではどちらかと言うとマンブル"ゴ"ア映画の方が有名かもしれない。その名前にピンと来ずとも、アダム・ウィンガードに彼の監督作品「サプライズ」「ザ・ゲスト」と聞けばああ!と思うホラーファンは居るのではないだろうか。本国において彼はマンブルコアにガッツリと関わっており(例えばスワンバーグの変態性愛路線映画には撮影監督としてガッツリ参加)、そこから派生して西海岸を中心に活躍する低予算映画作家とその作品を総称してマンブルゴア、つまりMumble"G"oreと言う訳である。この中にはウィンガードの他にもザ・スリル」E・L・カッツなど注目すべき作家が何人もいるのだが、今回から何回かに分けて紹介していきたいのは日本では「キャビンフィーバー2」の監督という全く不名誉な形で覚えられているが、実際は70, 80年代のホラーに対してありあまる愛を捧げる愛すべき男タイ・ウェストと彼のデビュー長編"The Roost"を紹介しよう。

タイ・ウェスト Ti West は1980年10月5日デラウェア州のウィルミントンに生まれた。最初はコメディアンを志していたそうだが、高校で受けた映画史/映画理論の授業がきっかけで、映画監督を目指し始める。NYのスクール・オブ・ヴィジュアル・アーツで映画製作について学びながら、2001年には短編"Prey""The Wicked"を手掛け監督としてデビュー、死者の少女を巡るホラー作品である後者はNY国際インディペンデント&ビデオ映画祭の学生映画部門で監督賞を獲得するなど話題となる。

その後、彼は米インディーホラー映画界のロジャー・コーマンである超重鎮ラリー・フェッセンデンと運命の出会いを果たす。彼はこの出会いについてこんな言葉を残している。"私にとってラリーは映画を作るにあたって最も偉大で重要な人物です。20代で出会ったんですが、実は映画監督のケリー・ライヒャルトと知り合いで、ラリーは彼女の作品"River of Glass"の製作をしていたんです。それで彼女が""Habit"って映画観たことある?(フェッセンデンの長編作品、ライヒャルトも出演)"と尋ねてきて、それを観た後"彼に会うべきだと思う"と言ってくれて、彼と会えることになったんです"*1

"彼は私の短編作品を気に入ってくれて、何か1つ映画を作る気はないかと聞かれたんです。作る気どころか、脚本も執筆済みだと大見得を張りましたが、もちろん全くの嘘でした。読んでもらう前に週末少し調整したいと申し出てから、3日で全て書き上げました。そうしたらもう製作準備に入ることになっていました"*2

そして2005年、ウェストは故郷のデラウェア州で初の長編監督作品"The Roost"を完成させることとなる。

まず画面に現れるのはモノクロのおどろおどろしい光景、死人の名前が刻み付けられた墓石の巷をカメラはゆっくりと進んでいく。そしてカメラはとある洋館へと入っていくがそこには顔面が白く塗り潰された奇妙な大男(「刑事グラハム/凍りついた欲望」トム・ヌーナン)が1人。彼は物腰穏やかに、しかし気味の悪い声で以て私たちを口上を並べ立てる。そう、これは昔良くあったホラー番組における前口上という訳だ。さあ、テレビの前の皆さん、極上の恐怖をあなた方にお届けしましょう……

さて、今作の主人公はトレヴァー、アリソン、エリオット、ブライアンという4人の若者グループだ。彼らは結婚式の帰り、深夜の道に車を走らせていた。だが突然蝙蝠がフロントガラスに追突、そのせいで事故を起こし車が故障してしまう。4人は助けを求め辺りを彷徨い歩き、ある家に辿り着くのだが、明かりが点いているのに無人らしい。アリソンたちは住民が帰ってくるのを待つのだが、そこで異常事態が起こっているなど彼らは知る由もなかった。

“The Roost”の序盤は、歩くような速さで不穏な雰囲気を高めていく。4人の間には何か険悪なムードが流れ、互いに不信感を向けるようなギスギスした空気にこっちの息まで詰まりそうだ。それと同時進行で近隣で起こる異常な出来事が描かれていくのだが、律儀なまでに恐怖の予感を研ぎ澄まし研ぎ澄まし、その恐怖が顕現したかと思うと、ラジオから響く女性の悲鳴が被さってくる。ホラーの定石をコテコテの丁寧さで踏襲していく様には酷く心を躍らされる。

痺れを切らしたエリオットたちは家を離れ、助けを探すうち、警察官を見つけ安堵するのだが、家に戻るとそこで待っていた筈のブライアンが忽然と姿を消している。彼らは家の広い敷地を探し回るのだが、警察官が外れの納屋に足を踏み入れると、そこには大量の蝙蝠たち、そいつらは群れを成して警察官を襲う!絶叫が響き渡る中で、恐怖の夜が幕を開けた!

という訳で今作は「BAT-蝙蝠地獄-」などのような殺人蝙蝠映画へと変貌を遂げるのだが、ウェストの技術はこれが初長編とは思えないほどの熟達ぶりを見せている、ここには確かな美意識が存在しているのだ。Eric Robbinsによる撮影は16mmフィルムによるものだが、荒い粒子が闇に蠢き、世界全体が死人の皮膚に浮かぶ黄疸によって染め上げられたような光景は、観る者のはらわたを徐々に恐怖で満たしていく。腐った納屋の内装、蝙蝠に怯える若者たちの表情、満月から降り注ぐ光、全ては黄疸色に満たされ、濃密な死の予感が宿る。

そして蝙蝠たちからの逃走劇が繰り広げられるのだが、敵は彼らだけではないことに気付く。蝙蝠に体を貪られた者は人間の血肉を貪るゾンビとなるのだ。こうなるとドギツイ残虐描写を期待したくなるが、ウェストはそこに心は注がず、しかしキッチリと血と肉を私たちの目玉へブチ込んでくる。傷口からゴポゴポと溢れ出す血液、蝙蝠に食い散らかされ肉塊と化した人間の体、特にトレヴァーがゾンビと化した家主と対峙するシークエンスは秀逸なカメラワークの中に、呼吸音と銃声、血の溢れる音が混ざりあう恐怖が凄まじく濃縮された場面として血腥く輝いている。

だがこの“The Roost”において最も際立つのが濃密な闇である。納屋に広がるのは果ての見えぬ全き闇、そこからは何者かの睥睨が常に向けられ、いつ私たちに牙を剥くか分からない恐怖に満ちている。闇はホラーにとって欠かせない要素の1つだが、下手をすれば眼前で何をやっているか分からなくするだけも障害としてしか機能しない恐れも存在する。だがウェストはその間違いを起こさない。彼は闇と手を取り合い、最大限の恐怖をそこから引き出す。故にウェストが映し出す闇は端正であり、ある種の格調高さすら抱くほどだ。

ウェストにとってホラーとは中身ではなくショックでもなく、スタイルなのだ。そういった意味で彼の作品は同時代のショック偏重のホラー映画ーーこれはこれで面白いがーーとは一線を画する作品だ。彼は実際ホラー映画の現状を“酷いものだ”と断言し、70〜80年代への愛を隠すことはなく、それは今作にも駄々漏れとなっている。この極限まで研ぎ澄まされた懐古趣味というべきスタイルは2009年製作の“The House of the Devil”のよって1つの頂点を迎えることになる。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻