鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Natalia Almada&"Todo lo demás"/孤独を あなたを わたしを慈しむこと

血も何もかも関係はない、人間は究極的に独りだ。それはこの世界に生まれた瞬間には運命づけられている。だから世界は何十億の孤独が集まって出来ているのだ。断絶、拒絶、空白、そして他者は常にあなたの隣にある、逃げられはしない。そんな中では“わたし”でさえも他者となる、最も近く最も遠い場所でこちらを睥睨する理解し難い存在に。それでも“わたし”に手を伸ばすとするなら、伸ばし続けるとするなら、この宿命的な孤独もまた別の意味を成すのかもしれない。今回はメキシコ気鋭の映画作家Natalia Almadaと、孤独と“わたし”を愛することについての一作“Todo lo demás”を紹介していこう。

Natalia Almadaは1974年メキシコシティに生まれた。メキシコ人の父とアメリカ人の母を持つが、幼少の頃に両親が離婚し母についてアメリカに移住してからは、2つの国を行き交う生活をしている。サンタフェ大学とロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)で写真について学んでおり、写真家としても活動している。

映画監督としては2001年に短編ドキュメンタリー"All Water has a Perfect Memory"を製作、監督の家庭で起こった悲劇の余波を描き出した実験映画でシカゴ国際映画祭とトライベッカ映画祭で賞を獲得するなど話題となる。2005年にはメキシコの伝統音楽であるコリードの担い手である作曲家の姿を追った長編ドキュメンタリー"Al otro lado"を、2009年には自身の曽祖父であるメキシコ第40台大統領プルタルコ・エリアス・カジェスを通じメキシコの現代史を描いた"El General"を手掛ける。2011年には第3長編である"El Velador"を製作、メキシコで最も悪名高いドラッグ王が眠る墓地を舞台として、夜警として墓地を監視し続ける中年男性マルティンとメキシコに蔓延る暴力の構図を描き出す作品で、スロバキアブラチスラヴァ映画祭ドキュメンタリー部門で作品賞を獲得するなど大きな話題となる。そして2016年には彼女にとって初の劇長編"Todo lo demás"を完成させる。

今作の主人公はフロール(「バベル」アドリアナ・バラッザ)という中年女性だ。彼女は35年間役所で働き、来る日も来る日も人々が持ってくる書類を確認する日々を送っている。彼女は仕事において機械的な態度を崩さない。ID、名前、住所を逐一確認し、書類に不備があればにべもなく突き返す。青いペンで書くべき部分を黒いペンで書いている、書類に書かれた2つのサインが同じ筆跡ではない、そういった物を目敏く見つけ出し、人々が文句を言ってもその態度を崩さない。家に帰った後は愛猫とテレビを見てから眠りにつく。それが毎日毎日続くだけの日々。

"Todo lo demás"はそんなフロールの何も変わらぬ日常の営みを禁欲的なまでのミニマルさで描き出す。フロールは毎朝早くから目覚め、タイツを履き、地下鉄に乗って職場へ向かい、仕事をこなし、洗面所でメイクを直し、仕事をこなし、地下鉄に乗って自宅へと帰り、日記を書き記し、愛猫と共に夜を過ごし、眠りにつき、早くから目覚め、タイツを履き、地下鉄に乗って職場へ向かい……本当にこれだけだ。劇的な何かが起こることはほぼない。私たちは淡々と紡がれるフロールの日々を見据えることになる。

それでも今作には観客の視線を掴んで離さない力強さが宿っている、その要が撮影だ。撮影監督のLorenzo Hagerman(アマ・エスカランテ「エリ」)は、彼女の日常を腰を据え真正面から向き合っていく。それは例えばシャンタル・アケルマンの「ジャンヌ・ディエルマン」の構図を頭に思い浮かべてくれればいいが、Hagermanはフロールの表情の移り変わりや一挙手一投足を一瞬たりとも見逃さないようストイックに眼前の光景を撮しとり続けるのだ。この方法論は上述のアマ・エスカランテミシェル・フランコ「うるう年の秘め事」マイケル・ロウなど、メキシコのインディー映画界で脈々と受け継がれている物だが、そうして私たちはフロールが老眼鏡を外し目を瞬かせる瞬間を、フロールがネイルを早く乾かすために指をパタパタと揺らす光景を、フロールが愛猫に今まで聞いたことのないような猫なで声で接する微笑ましい姿を、一転してフロールが駅のホームで地下鉄をじっと待っている姿を目撃する。

そこにはある種の力強さが宿るが、その源は彼女が抱える圧倒的な孤独だ。家族と呼べる存在は愛猫だけ、友人は一人もいない、仕事場でも同僚と話すことはほぼない。毎日がただ家と仕事場の往復で、趣味も何もない。そんな日々が延々と反復される様は荒涼として、希望や救いは一欠片すらも存在していないように思われる。それが奥行きが欠落した閉所恐怖症的なショットの積み重ねで描かれる故に、まるでフロールは日常という名の監獄に押し込められているようだ。この凄まじいまでの孤独の表象は、人生という物が不可避的に宿す倦怠によって観る者を窒息させていく。

そんな反復が繰り返されていたある日の朝、フロールはいつものように目覚め愛猫の名前を呼ぶ。彼はベッドの端で踞っている。フロールは何度も彼の名前を呼ぶが、あの愛おしい鳴き声をもう聞くことは出来ないのだと悟る。この喪失から後も、いつもの日常は殆ど変わらない。地下鉄に乗る、仕事をこなす、途中でメイクを直す、地下鉄に乗る、家に帰る、テレビを観る。だがAlmadaの瞳は表だっては露になることがない彼女の哀しみを見逃さない。フロールを支え続けた存在の消失、それは彼女を静かに崩壊へと追い込んでいっている。だが崩れ行く最中、フロールはある夢を見る。子供たちがゴーグルをしてプールを泳いでいく、大人たちもそうだ、皆が自分の体を水に投げ出し、思い思いにプールを泳いでいく……

今作がただ日常に潜む孤独を描く以上の作品であるのは、ここからAlmadaが肉体の感覚というべき物への探求を行うからだ。彼女はフロールが自分の肉体と対話を遂げる姿を印象的に描き出す。幻に導かれたフロールはプールへと赴き、大人向けの練習コースに参加することとなる。他の参加者と並び、プールサイドに整列する彼女は、コーチの号令に従いプールに飛び込む人々を眺める。しかしいざ自分の番が来ると体が震え、飛び込むことが出来ない。それが終わった後フロールはシャワー室で腰を折り曲げて席に座ったままでいる、飛び込めなかった自分は惨めだと、老いた自分は惨めだと落胆したように。だがこの行動は自分の肉体が発する声を聞くための、まず最初の一歩なのだ。そこから少しずつ彼女は自分の中から声を捉えていく。例えばタイツを履く時、地下鉄で席に座っている時、そんな時にも肉体は声を発しているのだと気づく。そして初めて彼女は自分の身体を慈しむ方法を知るのだ。

その発見はまたフロールと他者の関わりにも影響を及ぼしていく。劇中Almadaはフロールの視点を逸脱して、メキシコの町に生きる人々の姿を何度か描き出していた。ある親子は信号待ちをする車の前で火を吹く大道芸を披露し投げ銭を求め、駅の廊下をモップで洗い続ける清掃員は駅の利用者たちに挨拶を忘れず、役所で働く中年男性は人々の名前を何度も呼び続ける。最初、フロールは彼らと交流することはない。書類を提出に来た人々とも真正面から向き合いながら、官僚主義的な態度を崩すことはなかった。しかし自分を慈しむ方法を知った彼女は、また他者を慈しむ方法をも知るのだ。その髪型素敵ね、フロールは一言そう言うと、目の前にいる少女は誇らしげに笑いながら返事をする、ちょっと前に染めたばかりなの。

"Todo lo demás"とはささやかでありながら、一生の灯火として輝き続ける愛についての類い稀な物語だ。わたしの体を慈しむことを知り、あなたを慈しむことを知り、そしてその慈しみは巡り巡って、老いも孤独も何もかも全てひっくるめた“わたし”自身を愛する導となってくれる。

メキシコ!メキシコ!メキシコ!
その1 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その2 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
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その10 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
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その12 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
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その14 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく

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その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
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その184 ナ・ホンジン&"哭聲"/この地獄で、我が骨と肉を信じよ
その185 ジェシカ・ウッドワース&"King of the Belgians"/ベルギー国王のバルカン半島珍道中
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その190 Rachel Lang&"Pour toi je ferai bataille"/アナという名の人生の軌跡
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その193 ジム・ホスキング&"The Greasy Strangler"/戦慄!脂ギトギト首絞め野郎の襲来!
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