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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Rachel Lang&"Baden Baden"/26歳、人生のスタートラインに立つ

Rachel Lang&"Pour toi je ferai bataille"/アナという名の人生の軌跡
Rachel Lang監督の経歴およびアナ3部作の前2作についてはこちら参照。

ロカルノ国際映画祭など名だたる映画祭で名声を博した監督Rachel Langは、1つの大きな決断をする。もう1度軍に入り直し、今度は士官としての道を歩むという決断を。そうして勉学に励み、晴れて士官となったLangだが、もちろん映画への情熱も捨て去ってはおらず、2013年にはドキュメンタリー“Zino”を手掛けるなどもしている。しかし彼女にはもう1作完成させるべき映画があった。“Les navets blancs empêchent de dormir”から実に4年の歳月が経った後、Langはその1作である、初の長編作かつアナ3部作の完結編“Baden Baden”を作り上げる。

さて劇中でもほぼ同じくらいの時間が経ち、アナ(Salomé Richard)は26歳になっていた。今は俳優を撮影現場まで送る運転手として働いているのだが、仕事で大失敗をかましてしまう。意気消沈のアナはしばらくの間、故郷のストラスブールに戻ることにするのだが、両親の元に逃げ帰りたくはない。なので彼女は祖母(Claude Gensac)の住むアパートに足を運び、そこで居候生活を送ることに決めたのだった。

物語の前半はアナの何だかフワフワした日常がゆるい筆致で以て描き出される。祖母は体が不自由なのだが、気の強い彼女は介護されるのを嫌がりながら、アナは何やかんや愛する彼女の世話を焼いたりする。そして彼女は友人のシモン(Swann Arlaud)と再会、彼や友人たちと共にちょっとした遠出に向かい、宿泊先で軽くシモンとキスなんかもしたり。その一方でアナは昔の恋人であるボリス(「メニルモルタン 2つの秋と3つの冬」オリビエ・シャントロー, 前作と俳優は別人)とも再び出会う。芸術家として成功した彼は以前よりも飄々として謎めいた存在になり、アナはその姿に何となく惹かれ、とても微妙な関係に陥ったりする。

今作と比べると、前の短編2作はかなりリアリズムに傾倒した作品だったと言える。例えば3部作最初の“Pour toi je ferai bataille”はLangが実際に軍に入隊していた時の経験を反映した作品であり、自伝的な要素がかなり濃厚でもあった。2作目の“Les navets blancs empêchent de dormir”は前作とまでは行かずともリアルな空気感が物語全体を支配する一作となっていた。そんな“Les navets blancs empêchent de dormir”の4年後に今作は製作された訳だが、4年という歳月によってLangとアナの間にはかなりの距離感が出来たことを感じさせる。監督自身は"部分的にしろ、全ての作品は前作への解答となっています。最初の作品はより困難な問題をシリアスに描いていますが、その作風を次回作で壊しました。更に"Baden Baden"における作風はコメディを指向しています。この作風の移り変わりはアナと自分の間に段々と築かれている距離と一致しているんです"*1と語っている。だがこの距離感は悪い物ではない、むしろ遠くから彼女を見つめることで、Lang=アナではなくアナという女性に独立した人生を歩ませるような自由さが存在している。

だがまず語るべきはLangの監督としての成長だろう。ある日体の不調から祖母が入院することになるのだが、アナは祖母が帰ってきた時のため風呂場をバリアフリーな形にリフォームしようと決心する。そして彼女はホームセンターに向かい、店員のグレゴワール(Lazare Gousseau, 彼が良いキャラしてるんだこれが)と共にお風呂場のモデルルームへ足を運ぶのだが、その撮し方が印象的だ。色とりどりのシャワーヘッドが並ぶ部屋、バリアフリー機能のついた便座が置かれている部屋などが次々と映し出されるのだが、そこが可愛らしく見えてくるのだ。まるで現実から離れ、ミニチュアの世界を旅するようなワクワクが画面から溢れ出ている訳である。

こうして前作から格段に成長したのは空間の捉え方だ。撮影監督のFiona Braillonと共に、Langは現実をある種メルヘンチックに捉えていく。彼女たちは例えばシャンタル・アケルマンウェス・アンダーソンがそうするように、世界を真正面から映し出し、まず平面的に描き出そうとする。そうして生まれるのがお伽噺のような雰囲気だ。前作においてはリアリズムが徹底していたのだが、今作ではそれと真逆のアプローチを多く行っているのだ。アパートのベランダから俯瞰で映される駐車場の風景、そこで遊ぶ子供たちが重力に逆らって動いているように見える奇妙な風景。そしてアナは真面目でお人好しなグレゴワールと風呂をリフォームする訳だが、その光景もまた平面的に捉えられていく。おとぎ話の登場人物さながらアナが豪快に壁をブッ壊したり、グレゴワールが間の抜けた一面を垣間見せたり、そういった場面の数々は思わぬ笑いを誘う。

しかし風呂場が少しずつ変わっていくのと重なって、アナの心も不安定になっていく。アナという人物は1つの場所/関係性に定住することが出来ない、根なし草のような存在だ。3部作においてアナは軍隊に入ったかと思うと、フランスやベルギーを行ったり来たりし、今作においてもイギリスからフランスへと戻ってきたばかりで、そこからまた故郷に逃げ帰っていく。そして性についても同じことが言える。“Pour toi je ferai bataille”は何人もの男性と行きずりのセックスをしたアナが不安に駆られ性病検査に赴く場面から始まり、そしてボリスの元に行ったかと思えば別れ、4年後にまた再会したかと思えば曖昧な関係に陥ってしまう。彼女は確固たるものを持つことが出来ず、世界をフラフラと漂う。観客はその姿に自由を感じるかもしれない。だが画面からは切ないほどの孤独が滲み出る。私の人生、何でこんなことになってんだろ……

ところでアナ3部作と共に歩んでいるのは監督だけではない、彼女を演じているSalome Richardもその1人だ。前回の記事で書いたが、彼女のチャームポイントは頬と首筋にあるシミで、今作にもそれは顕在だ。監督も当然Richardの魅力を熟知していて、冒頭がまずシミが蟠る横顔の長回しであり、登場人物の1人がシミについて言及する場面も存在する。そしてこの何処か幼さを感じさせるRichardの身体性が物語の後半を引っ張る牽引力となる。アナは肉体と対峙し、選択を迫られるのだ。現実がおとぎ話のように見える世界では、他でもない自分の肉体も現実味のない物に思える。だからアナは愛することも受け入れることも上手く出来ない。“Baden Baden”はアナがそう出来るまでを描く訳ではない、描くのは彼女がそのスタートラインに立つまでだ。だがそれが意味するのは今作の最後こそが、アナにとっての人生の始まりであることなのだ。

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