鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ハナ・ユシッチ&「私に構わないで」/みんな嫌い だけど好きで やっぱり嫌い

人間はこの世に産まれた瞬間、つながりに取り込まれることを宿命付けられる。国や町といった大きな共同体から、友人や職場などの小さな関係性までつながりは何処にも存在している。中でも家族という関係性は、良きにしろ悪しきにしろ個人の形成に大きな影響を与える。その存在はーー時には存在しないことそれ自体がーー自分を導く愛しい標となる時があれば、自分を縛る呪いとして機能する時もあるだろう。だが家族とは得てして実際どちらかであることよりも、どちらでもあることが多い。今回はそんな家族を取り巻く複雑さを描いたクロアチア映画「私に構わないで」クロアチア映画界の新鋭ハナ・ユシッチについて紹介していこう。

ハナ・ユシッチ Hana Jušićは1983年クロアチアのシベニクに生まれた。ザクレブ演劇学校(ADU)では監督業について、ザクレブ大学では比較文学と英語について学んでいた。そして大学院で引き続き映画と文学を専攻しながら、短編映画を精力的に製作し始める。ということでその作品を見ていこう。まず2009年の“Danijel”、今作は病気で体が不自由な青年と彼を介護する母親の鬱屈した日々を描いた作品だ。だが青年にとって母親はある意味で重みでもあり、思い通りにならない体を圧して外の世界へ自由を掴もうとするが……青年を演じるNiksa Butijer「私に構わないで」にも出演するユシッチ監督の友人なのだが、今作のキャラが殆どそのまま「私に構わないで」に登場する意味では初長編のオリジンとも言うべき作品となっている。食事が凄まじく不味く描かれるという要素も既に存在している。

そして2012年には2本の短編を製作、1本目が“Zimica”だ。自宅のベッドで眠っている男の所に元恋人がやってくる。2人は昔の親密を取り戻そうと肌を重ねるのだが、そこで断絶は決定的なものとなってしまう……という作品。2本目“Terarij”の主人公はラナという小学生の少女、彼女は従兄のマックスと共に祖母の家で午後の気だるげな時間をやり過ごそうとしていた。今作は思春期の少年少女が抱く不安やどん詰まりの感覚について、舞台を邸宅内に限定することで寒々しく描き出す作品であり、その中から危うげな性の目覚めが首をもたげる様は痛切だ。2015年に現実と妄想の間で揺れ動く女性の姿を描いた“Da je kuca dobra i vuk bi je imao"を製作後、2016年には短編の1つ1つに散らばった要素を収斂させ初長編である「私に構わないで」(原題:Ne gledaj mi u pijat)を完成させる。

マリヤナ(Mia Petričević)はクロアチアの港町で家族と共に暮らしている。だがこの家族にはかなり問題があった。父のラゾ(Zlatko Buric)は高圧的な態度で皆に接し、彼のせいで家庭の空気は相当淀んでいる。母のヴィラ(Arijana Culina)は父と別の意味で性格が悪く、マリヤナの行動に目を光らせ、事あるごとにネチネチネチネチと文句を言い続けるのだ。そして兄のゾラン(Niksa Butijer)は病気のせいで就職も出来ず、無意味にブクブクと肥っていくばかり。マリヤナはそんな家族が嫌いで、それでも好きで、やっぱり嫌いなのだった。

物語はマリヤナという人物の半径5m圏内に広がる風景を、時には窒息するほどの丹念さで以て描き出す。彼女は病院で検査技師として働いているのだが、同僚とは全く反りが合わず、席は隣り合っていてもいつも孤独だ。更に職場の中に友人は居なければ、外にも何処にも心を許せる相手なんかいやしない。かと言って家庭が居心地良い訳でも全くない。貧相な食卓には蝿がたかり、うざったい羽音を響かせる。そしてラゾは肉の固さに文句を垂れ、マリヤナの言葉に気分を害し、時にはタオルで家族の頭をブッ叩くことも辞さないのだ。マリヤナの日常は不満と鬱屈の連続だ。

撮影監督のJana Plecasはそんなマリヤナの姿を近すぎるほどの距離感によって捉えていく。カメラは手振れを伴いながら、マリヤナの行動や表情、時には彼女の周りにいる人々に肉薄していく。視線の動き、ふと浮かび上がる不機嫌顔や微笑みは、言葉では捉えきれない感情の機微を饒舌に語る。そしてそんな撮影法によって描かれる空間も印象的だ。港町はどこか時間がずれている古びた街並みをしており、何かここではない何処かへの懐かしさを濃厚に感じさせる。それとは逆にマリヤナの住む家はまともに太陽も差さない故に薄暗く、片付けも満足にされていないので埃臭さが画面から漂ってくるようだ。そうして風光明媚な港町、狭苦しい部屋という両極端な風景が対置されていくのだが、この作品においては両者が同じ場所を、つまりはマリヤナが抱くどん詰まりの感覚を指向しているのだ。

しかしマリヤナと家族の関係性はそう単純に悪い物と切り捨てられない。ある時からマリヤナはゾランやヴィラたちと同じ寝床で眠ることになるのだが、そうなるともうぎゅうぎゅう詰めで寝返りを打つ隙間も無くなるほどだ。それでもマリヤナは“母さんの足臭いよ、私は洗ったから臭くないけど”と軽口を叩いて笑いあったりする。他にも何事も不器用なゾランが作った下手くそな料理を愛おしげに眺めてから笑ったりと、微笑ましい瞬間もまた彼女の日常には存在している。マリヤナがこの家族の中で安らぎを感じる瞬間は確かに存在しているのだ。これがマリヤナの現状を複雑なものにする。

だがその状況は日増しに過酷さを増していく。ある日のこと、何の前触れもなく父が倒れてしまい、体が不自由になってしまったのだ。役所で働いていた彼を頼れなくなった今、稼ぎ手はマリヤナしか居ない。突然彼女は一家の大黒柱として頑張らなくてはならなくなり、邸宅の清掃仕事を掛け持ちするようになるのだが、様々な重圧がマリヤナへのし掛かるうち、日に日に彼女は追い詰められていく。

この深刻な状況の中でマリヤナは自由を手に入れようと足掻き続けるが、監督はその道行きをマリヤナの身体性を通じて描き出そうとする。前半において彼女は狭い世界の中に閉じ籠っていたが、高校の同級生であるアンジェラと再会したことで少しずつ世界を広げていこうとする。そしてマリヤナは行きずりの男たちとセックスするなど性的な冒険を果たすのだが、そこにはマリヤナの意志が確かに介在しながら、その姿には危なっかしさが付き纏う。自分の身体をコントロール出来ていないような、心地よさを感じているのか苦痛を感じているのか自分で分かっていないような感覚だ。世界は広がっているのか、むしろ狭まっているのか、それすら曖昧なままで物語は進んでいく。

今作の俳優陣はクセのある登場人物の数々に一辺倒な好ましさや嫌悪感ではない精彩を与えていくが、中でも素晴らしいのはやはりマリヤナ役を演じるMia Petričevićだろう。これが映画初出演ながら、落ち窪んだ眼窩に蟠る影が面長の顔に際立ち、心に抱える憂鬱が観る者に迫ってくる。演技も去ることながら、彼女の佇まいが孤独を語ってくれるのだ。マリヤナは自分の居るべき場所はここではないと思っている、本当の居場所を探し求めている。それでも家族という存在が彼女の後ろ髪を引っ張り続けるのだ。家族は愛おしく、そして呪わしい。彼らに向けるマリヤナの視線もまた暖かく、淀んでいる(ちなみにPetričevićは建築家を志しており、現在はクロアチアスプリトのスタジオでインターンをしているのだそう。こちらのキャリアに集中したいので今後も俳優を続ける気は余りないらしい、残念)

劇中において、マリヤナが水に潜るイメージが頻出する。海にしろプールにしろ、彼女が水の中へと飛び込む度に物語は大きく動いていく。水を掻き分けて前に進もうとする彼女の姿には自由を追い求める苦闘が重なる。そして終盤にもやはり彼女が飛び込むシーンが存在する。水面の下、様々な人々が行き交う水の風景には、孤独と親密さ、暖かさと冷たさ、喜びと悲しみ、自由と不自由、愛おしさと切なさ、夢と諦念、マリヤナの心でグルグルと回り続ける万感が浮かび上がる

私の好きな監督・俳優シリーズ
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その184 ナ・ホンジン&"哭聲"/この地獄で、我が骨と肉を信じよ
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その186 Fien Troch&"Home"/親という名の他人、子という名の他人
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その188 João Nicolau&"John From"/リスボン、気だるさが夏に魔法をかけていく
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その196 ナヌーク・レオポルド&"Boven is het stil"/肉体も愛も静寂の中で老いていく
その197 クレベール・メンドンサ・フィリオ&「アクエリアス」/あの暖かな記憶と、この老いゆく身体と共に
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