鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Diego Ros&"El Vigilante"/メキシコシティ、不条理な夜の空洞

日本ではもうすぐで東京国際映画祭が開催されるが、遠くラテンアメリカのメキシコではモレリア国際映画祭が開催中である。メキシコを代表する映画祭の1つであり、メキシコ映画界の素晴らしき才能たちが巣立っていく登竜門的な場所である。さてさて、ということでこのブログではアメリカ、ルーマニア、次いでメキシコ映画を多く紹介している訳だが、今回からは何回かに分けて、今年のモレリア国際映画祭で公開された期待の新人作家による作品を何本か紹介していきたい……と書いてお解りだろうが、この文は色々あってだいぶ前に書いたものである。もうとっくに東京国際もモレリア国際も終わっている訳だが、まあ気を取り直して今回は警備員が巡る不条理な一夜の中にメキシコの現在が浮かび上がる一作“El Vigilante”とその監督Diego Rosを紹介していこう。

今作の主人公はサルバドール(Leonardo Alonso)という中年男、夜警として働く彼はいつものように勤め先の建設現場へと向かう。しかしこの日は何かが違った。職場の近くでは警察官たちが遺棄された車を調べており、自身も昨夜目撃したことについて取り調べを受けることになる。彼は夜に人影を見たと証言する一方、それとなく警察官であるセラーノ(Hector Holten)に事件についてそれとなく尋ねてみるのだが、詳細を聞くことはできない。遠くではパトカーのランプが不気味な輝きを放っている……

“El Vigilante”は序盤、メキシコシティの風景の中にサルバドールの心を映し出していく。彼が毎日乗り込む地下鉄のホーム、工事現場へと続く緑に囲まれた坂道、それらに陽気な雰囲気は微塵たりとも存在しない、陰鬱な虚無感が際立つばかりだ。そして建設途中のビルは未だコンクリートを露にし、柱以外には何もない。端から端まで灰色の空洞が続いている。そこからサルバドールはメキシコシティの街並みが見下ろすのだが、ほどく色褪せた無機質な連なりはサルバドールの心の裡にある虚ろさを声高に語る。

そして夜が彼の元へと舞い降りる。この日はサルバドールの妻の出産予定日であり、早めに仕事を切り上げる予定だった。しかし同僚であるウーゴ(Ari Gallegos)の到着が遅い。不安を募らせるサルバドールだが、彼が到着した後にも不幸は続く。昨夜の出来事についてサルバドールとウーゴの証言が食い違うと、セラーノに通告され、それを突き詰めなければ仕事場を出られないという事態に陥る。出産に間に合うのかと気を揉むサルバドールだが、そんな彼を嘲笑うかのように、メキシコシティでは年に1度の祭典が開催され、花火の炸裂音ばかりが耳に届く。

今作には杳として得体の知れない不穏さを原動力として、静かにホラー/スリラーの道行きを進んでいくが、そこで要となるのがビルの存在感だ。撮影監督のGalo Olivaresは建設途中のビルを漆黒に彩られた迷宮のように映し出していく。空洞のようなフロア部分、埃臭い地下室、闇に覆われたオフィス、現場の脇にひっそりと息を潜める掘っ立て小屋めいたトイレ、その空間の何処にも端正な影が浮かび、まるでナイフで刻み込まれたかのようだ。ある意味で廃墟にも似た退廃の美がそこには宿りながらも、影の中では何かがサルバドールたちを狙っているとそんな緊張感が張り詰めているのだ。

そして影が色味を濃くしていくにつれ、サルバドールは夜に絡め取られていく。彼が知るのは放置された車の中にあったのは1つの死体、しかも2歳の子供のものだったということだ。それを知ってか知らずかウーゴは証言し直せというサルバドールの通告を無視し、彼は微妙な立場へ追いやられていく。更に事態をややこしくするのは突然現れたウーゴの姪というシルビアやビルの地下室を根城にするホームレスのフェリクスたちだ。様々な要素が絡みあい、ただ門を潜って坂道を下ればそれで全てが終わりだった筈のサルバドールの夜は、不条理なまでに引き伸ばされていく。こうして神経を磨り減らされていく彼に対して、しかし闇は容赦なく牙を剥くのだ。

“El Vigilante”を満たす不条理の中に、監督が浮かび上がらせようとする物は何か。それはメキシコという社会に刻まれた深刻な傷だ。子供たちは容赦なく殺害され、貧困の中で苦しみ続ける。女性たちは突発的な暴力に襲われ、死の後にすら辱しめを受ける。銃犯罪は増加の一途を辿り、それを止める筈の警察ですら腐敗を極めている。この国に広がる風景はどんどん色褪せ、黒く塗り潰されていく。その中では一見被害者のように見えるサルバドールたちでさえ、加害者であることからは逃れられない。この作品は目を背けたくなる事実の数々を、観る者に突きつけていく。

“El Vigilante”において、サルバドールが夜のオフィスへと迷い込むシークエンスがある。広い空間に大きな何かが置かれているのに気づき、彼は懐中電灯を向ける。そこにあるのはこの工事現場の未来を描き出した模型だ。ビルの周りには陰鬱でなく鮮やかな緑が広がり、小さな人形たちが幸せな暮らしを送っている。その中には警備員の制服を着た人形もいた。だがそれらは未来を描いている筈だのに、もう既に過ぎ去った幻のように見えてくるのは何故なのか、私たちが夢見ながらいつか諦めてしまった夢の名残に見えるのは何故なのか。おそらく明けない夜はないのだろう、太陽の光が差すその先に夢見た明日が広がっていることもないのだろうが。

メキシコ!メキシコ!メキシコ!
その1 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その2 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その3 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その4 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その5 Santiago Cendejas&"Plan Sexenal"/覚めながらにして見る愛の悪夢
その6 Alejandro Gerber Bicecci&"Viento Aparte"/僕たちの知らないメキシコを知る旅路
その7 Michel Lipkes&"Malaventura"/映画における"日常"とは?
その8 Nelson De Los Santos Arias&"Santa Teresa y Otras Historias"/ロベルト・ボラーニョが遺した町へようこそ
その9 Marcelino Islas Hernández&"La Caridad"/慈しみは愛の危機を越えられるのか
その10 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その11 ニコラス・ペレダ&"Minotauro"/さあ、みんなで一緒に微睡みの中へ
その12 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その13 アマ・エスカランテ&「エリ」/日常、それと隣り合わせにある暴力
その14 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その15 Natalia Almada&"Todo lo demás"/孤独を あなたを わたしを慈しむこと

私の好きな監督・俳優シリーズ
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
その133 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景
その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
その136 Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている
その137 Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?
その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
その141 ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
その144 ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する
その145 Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと
その146 Virpi Suutari&”Eleganssi”/フィンランド、狩りは紳士の嗜みである
その147 Pedro Peralta&"Ascensão"/ポルトガル、崇高たるは暁の再誕
その148 Alessandro Comodin&"L' estate di Giacomo"/イタリア、あの夏の日は遥か遠く
その149 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その150 Rina Tsou&"Arnie"/台湾、胃液色の明りに満ちた港で
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい
その183 Krzysztof Skonieczny&"Hardkor Disko"/ポーランド、研ぎ澄まされた殺意の神話
その184 ナ・ホンジン&"哭聲"/この地獄で、我が骨と肉を信じよ
その185 ジェシカ・ウッドワース&"King of the Belgians"/ベルギー国王のバルカン半島珍道中
その186 Fien Troch&"Home"/親という名の他人、子という名の他人
その187 Alessandro Comodin&"I tempi felici verranno presto"/陽光の中、世界は静かに姿を変える
その188 João Nicolau&"John From"/リスボン、気だるさが夏に魔法をかけていく
その189 アルベルト・セラ&"La Mort de Louis XIV"/死は惨めなり、死は不条理なり
その190 Rachel Lang&"Pour toi je ferai bataille"/アナという名の人生の軌跡
その191 Argyris Papadimitropoulos&"Suntan"/アンタ、ペニスついてんの?まだ勃起すんの?
その192 Sébastien Laudenbach&"La jeune fille sans mains"/昔々の、手のない娘の物語
その193 ジム・ホスキング&"The Greasy Strangler"/戦慄!脂ギトギト首絞め野郎の襲来!
その194 ミリャナ・カラノヴィッチ&"Dobra žena"/セルビア、老いていくこの体を抱きしめる
その195 Natalia Almada&"Todo lo demás"/孤独を あなたを わたしを慈しむこと
その196 ナヌーク・レオポルド&"Boven is het stil"/肉体も愛も静寂の中で老いていく
その197 クレベール・メンドンサ・フィリオ&「アクエリアス」/あの暖かな記憶と、この老いゆく身体と共に
その198 Rachel Lang&"Baden Baden"/26歳、人生のスタートラインに立つ
その199 ハナ・ユシッチ&「私に構わないで」/みんな嫌い だけど好きで やっぱり嫌い