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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?

孤独は何にも増して人間を追い詰めていく。この世に生きる限りそれから完全に逃れることは出来ないだろう。だからこそ人々はそれぞれに孤独を乗り越える術を身につけてきた。その1つが想像力だ。頭の中に自分が生きるこの辛く苦しい世界とは別の、切実な願いが込められた世界へと旅をすることで孤独を癒そうとする。映画はそんな想像力によって飛び立つ人々の姿を様々に豊かな形で描き出してきた。スイスの新鋭Tobias Nölleの初長編“Aloys”もそんな想像力と孤独の関係性を描く作品だが、他の作品とはまた違う美しさと強さを宿している。

Tobias Nölleは1976年スイスのエアレンバッハに生まれた。チューリッヒで幼少期を過ごした後、NYのスクール・オブ・ヴィジュアル・アーツに留学し映画について学ぶ。2003年から本格的に映画製作を開始するが、彼の名を一躍有名にした作品が2007年の短編作品"René"だ(監督の公式vimeoから鑑賞可)単調な毎日から抜けだそうとする男の悲喜こもごもを描いた作品はロカルノ国際映画祭短編部門の作品賞以下、様々な賞を獲得することとなる。そして2015年にスイス映画界の新鋭が"スイスの終末"をテーマとしたオムニバス映画"Heimatland"に参加した後、翌年2016年には彼にとって初の長編作品"Aloys"を完成させる。

今作の主人公アロイス(「ワイルド わたしの中の獣」ゲオルク・フリードリヒ)は私立探偵をしている孤独な男だ。彼が趣味としているのは他人の生活を盗み見ること。愛用のビデオカメラで若い女性と不倫する男の姿を、病院の受付嬢が外で煙草を吸う姿を、エレベーターでも乗り込んでくる住民の姿を、彼が出会う人々の姿を次々と撮影していき、盗んだ猫と共に、ただひたすら盗撮映像を眺め続け日々は過ぎる。そして今アロイスが眺めているのは、棺桶に収められた父親の死体だった。

前半において“Aloys”は1人の男の抱える孤独を寒々しく描き出していく。終始無表情で依頼人以外とは言葉を交わすことも殆んどない。少女が話しかけても無視を決め込み、親しげに話しかけてくる中華料理屋の店主に対してもその態度は同じだ。その殻に籠り続ける状態は父の死によって拍車がかかってしまったようだ。テレビ画面には彼の死体の他に、元気だった父がピアノを弾く姿もまた映し出される。アロイスは表情を変えない、感情を表に出すことはない、それでも彼の心は弱り始めている。

ある日気の緩みから尾行対象に姿を見られてしまったアロイスは、そのショックからか泥のように酔い潰れ、バスで眠りこけてしまう。バスの終着地点で目を覚ました彼は、愛用のビデオカメラが盗まれていることに気づく。しかし不自然な形で残されていたテープを再生すると、そこには自分の眠りこける姿が撮されており彼は衝撃を受ける。それを見計らったかのように掛かってくる1本の電話、声の主は若い女性、彼女は謎めいた言葉でアロイスを翻弄する。

今作は時が経つにつれて様々に姿を変えていく。最初は中年男性の孤独を描き出す寓話、そして次はポール・オースターを彷彿とさせる探偵譚だ。アロイスは自分を嘲笑うような、憐れむような電話の声を聞きながら、その奥に響く微かな騒音を機会で読み取り、女性の足取りを追っていく。ミント味のガム、レシート、そういった残留物の中には女性の日常が垣間見えながら、全体像は杳として知ることが出来ない。監督が執筆した脚本は、その奇妙な筋立てによって観客を謎へと導き、そしてアロイスを新たな世界へと導いていく。

旅路においてまず重要なのはアロイスを取り巻く風景の数々だ。撮影監督のSimon Guy Fässlerが紡ぐ映像には、凍てついた端正なる美がそこかしこに宿っているが、その美はアロイスの心に巣喰う虚無感の発露でもある。例えば火葬場の妙にだだっ広い空間、アロイスと職員が佇む中で、棺桶は機械的に燃え盛る炎へと運ばれ、彼はただそれを眺める。その後マンションの地下駐車場へ赴き、車に籠り酒を呑むが、カメラは駐車場にただ1台置かれ、そして覆いがかけられているアロイスの車を遠くからじっと見据える。冷えた空気ばかりが空間を満たす風景は、何よりも饒舌にアロイスと世界の隔絶を語る。

更にプロダクション・デザイナーであるSu Erdtによって仕立てあげられた物語の世界観は、どこか箱庭めいた感触をも持ち合わせている。上記の駐車場はもちろん、今作にはエレベーターや電話ボックスなど閉じられた空間が多く描かれる。途中アロイスはある事情でトカゲを引き取ることになるが、桃色の照明に溢れる水槽内に閉じ込められたトカゲの姿はそのままアロイスの置かれた状況を反映しているようだ。更に地下鉄駅やマンション前の広場など表面上は開かれた空間においても、落ち葉の侘しさや視界を覆うほどの濃霧によって閉所恐怖症的な感覚を伴っている。設えられた世界自体は現実離れしてお伽噺のようだが、そこには高揚感の代わりに果てしない息苦しさばかりが存在しているのだ。

しかし物語を牽引するものはいつしか映像から音へ変わっていく。アロイスが探し当てた声の主はヴィエラ(Tilde von Overbeck)という女性だ。同じアパートの住民だが、今彼女はある事情から病院にいる。彼女の声は孤独を抱えるアロイスを一つの場所へと導こうとする。”私たちを動かす全ては、その頭の中にある”という言葉が指し示すのは、想像力の美しさだ。人間は想像力によって緑が果てしなく広がる森の中へ、今まで出会った人々が一同に介するパーティ会場へ、孤独な誰かの隣へ、何処へだって行くことが出来る、ヴィエラはそうアロイスに語る。私たちは離ればなれになった孤独な人々が電話越しに聞こえてくる声によって、同じ場所に並び立ち笑顔を浮かべる姿を目撃するだろう。そこには圧倒的な多幸感が溢れ出す。

それでも“Aloys”は想像力の素晴らしさのみを語るだけでは終わることがない。確かに想像力は孤独を癒すのかもしれない、だがその中に浸り続けることは現実と自分の間に断絶を生むことであり、それは孤独の中へと埋没していくことを意味するに他ならない。想像力をそう扱ってはならない、想像力とは最後には私たちが現実へと飛び立つための力とならなくては意味がないと監督は語る。だがそれの何て難しいことだろう、彼の葛藤はそのままアロイスの苦悩へと繋がる。そしてアロイスは自分の心の奥底へ深く深く落ちていくうち、2人のヴィエラを見つける。自分の頭の中にいるヴィエラ、自分と同じこの現実に生きるヴィエラ。2人と一緒にいることはできない、どちらか1人を選ぶしかない。その苦悩の末に彼女の手を掴もうとするアロイスの姿が、私たちの心を揺さぶる。

"Aloys"ベルリン国際映画祭でプレミア上映され国際批評家連盟賞を獲得した後、スペインのラス・パルマス映画祭では観客賞を、故郷スイスのサースフィー映画祭では作品賞を獲得するなど大いに話題となる。現在は第2長編を計画中。内容はとある若い警察官が五感の1つを失ったことから巻き込まれる騒動を描き出した"詩的なアクションスリラー"映画だそう。ということでNölle監督の今後に期待。

参考文献
http://www.swissfilms.ch/en/film_search/filmdetails/-/id_person/2146125766(監督プロフィール)
http://variety.com/2016/film/festivals/switzerland-up-next-tobias-nolle-1201775664/(監督インタビュー)

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