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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Adam Pinney&"The Arbalest"/愛と復讐、そしてアメリカ

2014年、アメリカの異端チャンネルAdult Swimが"Too Many Cooks"という短編映画をリリースした。最初はフルハウスなどの良くあるファミリーコメディOPのパロディとして進んでいくのだが、それが異様な形で反復されるうち作品世界が歪みに歪み、スラッシャー映画から刑事ものとジャンルを越境、その果てに異常な結末が待っている……という狂気の短編で、その年のベストに入れるほど衝撃的だった。そして2016年、この短編の裏側にいた狂気の野郎共がとある長編映画を製作、その作品もやはり奇妙に過ぎる映画だったのだ。ということで今回は今年の米インディー映画界に波紋を投げ掛ける一作"The Arbalest"とその監督であるAdam Pinneyについて紹介して行こう。

Adam Pinneyアトランタを拠点とする映画作家だ。ジョージア州立大学時代から舞台脚本を執筆&演出するなどしていたが、彼はここでAlex OrrMike BruneHugh Braseltonらと出会いFake Wood Wallpaperという映像集団を結成する。4人は互いに協力しながら旺盛に作品を製作、ここでPinneyはOrrの監督作"Blood Car"(2007)では脚本・製作・撮影・編集を、Bruneの長編作品"Congratulations!"(2013)では編集などを担当していた。映像作家として以外にもデザイナーとして活躍しており、実はジェレミー・ソルニエの最新作「グリーン・ルーム」のポスターをデザインしてもいる。日本版ポスターに起用されたあの絵はPinneyのデザインである。

更にこの活動と並行して彼はインディー映画界にも進出していく。注目すべきなのは2007年に「地球最後の男たち THE SIGNAL」でグリップを担当していることだ。今作はマンブルゴア映画の1本として数えられ、その主要メンバーであるジェイコブ・ジェントリーAJ・ボーウェンが参加している。故にここでPinneyはマンブルゴアひいてはマンブルコアと接触ジョー・スワンバーグとも懇意になり、2013年には彼の90年代サイコスリラーパロディ映画"24 Exposures"(この記事を読んでね)で撮影監督を担当することにもなる。ついでに記すと先述のMike Bruneはスワンバーグの「ドリンキング・バディーズ」「新しい夫婦の見つけ方」に俳優として参加すると共に彼のドラマシリーズ「EASY」では助監督も担当している。更にOrrは「EASY」のプロデューサーでもあり、このグループは完全にマンブルコアにズブズブである(実際サンクス欄にはスワンバーグの名がある)

そしてPinney含めFake Wood Wallpaperの一団はAdult Swimと接触、彼らは先述の"Too Many Cooks"に参加する。ここでPinneyは撮影監督を担当、映像を観て頂ければ分かる通り、今作の要の1つはファミリーコメディやスラッシャー映画、刑事ドラマを完コピした映像の数々であり、Pinneyの貢献は計り知れない。更にPinneyはAdult Swimのコメディシリーズ"Your Pretty Face Is Going to Hell"にも撮影監督として参加するなどしており、ここでの経験は彼にとってかなり大きなものとなったようだ。そして彼は2016年、とうとうの長編デビュー作である"The Arbalest"を監督する。

1978年アメリカ、この国を席巻した玩具フォスター・キューブの開発者であるフォスター・カルト(Mike Brune)が長きに渡る沈黙を破り、表舞台に姿を現した。彼はアナウンサーであるマイラ(Felice Heather Monteith)と番組スタッフを自宅へと呼び、新しく開発した玩具について発表しようというのだ。しかしそれだけではない、フォスターは此処に至るまでの驚くべき人生をも全て語ろうとしていたのである。時は遡り1968年、フォスターは自身が製作した玩具を売り込むために、とある会議へと赴く。そこで彼は1人の名もなき男(Jon Briddell)と、そして運命の女シルヴィア(“Uncertain Terms” Tallie Medel)との出会いを果たす。これは全ての始まりだったのだ。

今作は何とも形容しがたい奇妙なリズムが通底しているコメディであるのだが、そのリズムの鍵となっているのが遊びの感覚と言うべき代物だ。この作品の題名“The Arbalest”とは劇中に登場するボードゲームを指している。ゲームの開発者はアルベール・ラモリスという人物、あのフランス映画史に残るファンタジー映画「赤い風船」を監督した人物である。フォスターは彼を心から尊敬し、玩具を製作しているのだが、こういった設定と同様に今作の演出にも彼の自由闊達な作風が取り込まれている。

そしてPienny監督は先述の通り撮影セクションでの活躍が多かった故か、撮影にもこだわりを見せている。盟友である撮影監督Hugh BraseltonやカラリストであるDavid Torciviaと共に紡ぐ映像は16mmで撮されており、デジタルには存在しない色味が特徴なのだが、パステルカラーを基調とした夢心地な1968年パートと粗い粒子が郷愁を呼ぶ1978年パートの相違も印象的だ。そしてあの時代を再現するための美術も相当でありセットや衣装、髪形なども合わせ、観ている間、実際あの時代に作られながら、今になって発掘された映画作品を自分たちは観ているのではないか?と錯覚を覚えるほどだ。

だが奇妙なリズム感や緻密な作り込みとは打って変わって、物語自体はシンプルなソープオペラとも言える。ホテルの一室でフォスターたち3人は淀んだ空気を吸い込みながら、酒に麻薬を混ぜて怠惰な時を過ごし続ける。しかしフォスターが薬の量を間違えたことで男は死亡、彼が製作した玩具だけが手元に残される。シルヴィアの企みに乗り、その玩具をフォスターキューブとして売り込み一躍時代の寵児となるのだが、彼の心は満たされない。何故ならあの日から忽然とシルヴィアが姿を消したからだ。フォスターは彼女を追い求め、沈黙の中を潜行し、そして数年の後にとうとうシルヴィアを見つけ出す。しかし既に彼女には夫がいた……

この一見シンプルな筋立てと複雑な演出が絡み合いながら展開していく“The Arbalest”は、それでもやはり奇妙だ。映画はアメリカの虚ろな過去をフラフラと漂い、行く先も見えないまま何処かへと進んでいく。だが不気味なほど何処へも突き抜けることはない。緻密な時代設計、オフビートなネタの数々、俳優たちの外しまくる演技、それらがバラバラのままであり続ける。正直言って監督の意図が全く読めないのだ、物語に捉え所がない。これは序盤中盤にかけて本作の欠点とも成りうるが、監督としては意図的であったことが終盤において分かってくる。

“The Arbalest”は全編が違和感によって構成されていると言っていい。上の記述を読みながら気づいた方も多く居るかもしれないが、ラモリスは確かにボードゲームを製作したがその題名はRiskであってThe Arbalestではない。更にホテルの一室で男がフォスターキューブと共に製作したというもう1つの玩具は、私たちにとってお馴染みの物であるのだが、その玩具は1968年の時点ではまだ作られていない。つまり今作の歴史には嘘が多分に含まれており、それが全体の違和感を形成しているのである。

巧みなのは終盤においてこういった要素の数々が異様な形で昇華されることにある。その時分かるのは“The Arbalest”という作品がアメリカの歴史を再構築しようとする大いなる意図を持った作品であるということだ。遠い昔を見ていた筈の私たちは一気に現実へと接続される。今まで見ていたその世界にはある1つの物が欠け落ちていたと、そして始まりの時から今日に至るまでアメリカが内包する宿痾が刻まれていたと知ることとなるからだ。

"The Arbalest"はSXSW映画祭で上映後、何と劇映画部門で作品賞を獲得するなど大いに話題になる。今作を観た上で言うと、この采配はかなり英断だったというべきだろう。検索するとVarietyやIndiewireなど大手サイトは軒並み微妙な評価を下しており、扱いはかなり悪いのだがその意味もかなり分かる。それくらい人を選ぶ作品であり、しかしだからこそカルト的な評価を獲得する未来は十分に有り得るし、私的にはそれを期待したい。さて今後のPinneyはと言うと、同じくFake Wood Wallpaperの一員であるKate Orr長編映画"Poor Jane"で編集を担当、更に監督作も準備中だそうで、自身が超能力を持つと信じる女性が信仰療法を悪用する者たちに復讐するためカルト教団を結成するという内容になるらしい。ということでPinney監督の今後に期待。

参考文献
https://adampinney.carbonmade.com/(監督公式サイト)
http://filmmakermagazine.com/97733-sxsw-five-questions-for-the-arbalest-writer-director-adam-pinney/#.WDFzsbJ97IV(監督インタビューその1)
https://borrowingtape.com/interviews/the-arbalest-q-a-with-director-adam-pinney(監督インタビューその2)
https://davidtorcivia.com/coloring-the-arbalest/(カラリストDavid Torciviaのレポート)

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