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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アニエスカ・スモチンスカ&「ゆれる人魚」/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ

最近のポーランド映画界を見ていると、今までにないポップな感性を持った若手作家が現れ始めているのを感じる。例えば以前紹介したクバ・チュカイはディズニー映画などのカートゥーンから濃厚に影響を受けた作品“Baby Bump”(紹介記事)で以て思春期の性を描き出し、お前らがポーランド映画に持っているイメージは全部捨て去れ!と言わんばかりの圧力があった。今回はそんな彼と並び立つ、ポップでキッチュなおとぎ話を作り上げたポーランド映画界の新人作家Agnieszka Smoczynskaと彼女のデビュー長編“Córki dancingu”を紹介しよう。

Agnieszka Smoczynskaは1978年5月18日ポーランドヴロツワフに生まれた。ヴロツワフ大学やアンジェイ・ワイダ映画マイスター学校で学び、在学中から精力的に作品を製作する。彼女の名を一躍有名にしたのが2007年の短編"Aria Diva"だ。平凡な主婦の平凡な毎日が、自身の住むアパートにオペラ歌手が引っ越してきた時から劇的に変わっていく姿を描き出す短編で、クラクフ映画祭では作品賞を獲得するなど話題になる。そして後に紹介する脚本家Roberto Bolestoとの初タッグ作品ともなった。2010年にはポーランドの有名オペラ歌手Maria Fołtynを描く短編ドキュメンタリー"Viva Maria!"を製作、更にTVドラマを何作品か手掛けた後、2015年に彼女は初の長編作品"Córki dancingu"を完成させる。

今作の主人公はズヴォタとスレブルナの人魚姉妹("Já, Olga Hepnarová" Michalina OlszanskaMarta Mazurek)だ。彼女たちは海から海へと東欧の国を渡り、その果てにポーランドへとやってきた。そこで出会ったのがクラブで働いているクリシャ(アンナと過ごした4日間」キンガ・プレイス)、彼女によって見出だされた人魚たちは陸へと上がり、クラブでアイドルとしてデビュー、瞬く間に熱狂的な人気を手に入れる。しかし人間社会はそんな甘い場所ではなかった……

誰が見ても分かる通り、この作品の構想源はアンデルセン「人魚姫」だ。それでも監督はこの鋳型を使って全く以てグロ可愛い映画を作り上げている。まず監督の目指す場所は人魚の姿から明らかだ。彼女たちは足に水をかけられると人魚に変身するのだが、その尻尾はおとぎ話によくある美しいものでは断じてない。粘液と鋭い鱗に包まれたカーキ色の巨大な尾、それは血に飢えた恐竜といった風だ。だが上半身は少女の姿であり、この組み合わせは観る者の生理的感覚に一発キツい衝撃をブチかましてくる。ファーストインパクトとしてこれ以上に重い一発はない。

今作の構想源は、監督の実人生にあるのだという。"この作品を語るにあたって最も恐れていたのは、パーソナルな物になりすぎてはいけないということです。この作品は多くを私自身の人生に負っています。母はナイトクラブを経営していて、その空気を吸って私は育ったんです。ここは私が初めてウォッカを呑んだ場所であり、初めて煙草を吸った場所であり、初めて性的な落胆を経験した場所であり、初めて男性に対してある大切な思いを抱いた場所でした。それ故に抱いた恐怖が元で、私は今までの思いや経験のメタファーとして人魚として表現しようと決めました、この中になら心地よく隠れることが出来ると思えたんです"*1

監督がこのグロテスク路線に掛け合わせるのが情念の渦巻く音楽の数々と80年代風のキッチュな映像センスだ。物語の大部分はクラブを舞台とするゆえに、画面には網膜を焼ききるくらいの極彩色が氾濫する。そうして原色が空間を支配する中で、クリシャたちの扮装も負けてはいない。ギラギラ輝く軍服を身に纏うかと思えば、全身にKissを思わす過激なメイクを施したズヴォタたちが躍り狂う。とにかく観客の視神経への暴力がこれでもか!これでもか!と炸裂する様は、例えばニコラス・ウィンディング・レフン作品をもっとポップでキュートにしたような感じだ。

そして音楽も映像と共鳴するくらい強烈だ。舞台でアイドルとなった人魚たちはままならない愛についての歌を、時には陽気に、時には不敵に響かせていく。愛を求めども得られず、せっかく手に掴めども苦く消え去る。Zuzanna WronskaBarbara Wronskaによる音楽は映像と同じく濃厚なまでに80'sを反映したエレクトロニカぶりで、愛の情念とコテコテな電子の響きが混ざりあうことで、私たちはクラブの客たちと共に一種異様な熱狂へと巻き込まれていくこととなる。

そんな日々が続く中、姉妹の関係性に変化が訪れる。スレブルナは人間社会へと順応するうち、クリシャの息子であるベース奏者のミエテク(Jakub Gierszal)に恋をする。そこで障壁となるのはあの下半身だ。人魚には性器は存在しない故に、人間と繋がりあうことは不可能なのだ。それに懊悩するスレブルナは人間の下半身を狂おしく求める。姉のズヴォタはそんなスレブルナの姿を恥じ、一方でミエテクと愛し合う彼女に嫉妬し、心のバランスを失い始める。その果てにズヴォタはおぞましい行為に手を染めることとなる。

さて、ここで話題に挙げたいのは今作の脚本を担当するRoberto Bolestについてだ。彼はポーランド映画界に突如現れた新星で、その活躍ぶりは目覚ましいものがある。IMDBによると本格的に脚本家としてスタートを切ったのは2014年、しかもその作品は私が今年のベストに入れざるを得ない、テン年代に現れた殺意の神話とも言うべき一作“Hardkor Disko”(紹介記事)である。2015年にはこの"Córki dancingu"を執筆、更に2016年には国内外でこの年最高のポーランド映画と目される作品「最後の家族」(ポーランド映画祭で上映)も担当しているのがこのBolestなのである。

私は“Hardkor Disko”と今作と2本のBolest作品を観た訳だが、正直言えば彼の脚本は特に巧みという訳ではない。ギリシャ神話やおとぎ話をモチーフとする故に、話運び自体は王道的でかつシンプルで、更にその性質上脚本には必然的に隙が多くなる。つまり雑な展開や妙な飛躍、特に“Hardkor Disko”においては解き明かす気のない謎を全編に散りばめるという、ともすれば勿体ぶったやり方と思われかねない筆致が目立つのだ。

そこで思い出すのがアメリカの脚本家テイラー・シェリダンである。彼はドゥニ・ヴィルヌーヴ「ボーダーライン」で華々しいデビューを飾り、デヴィッド・マッケンジー“Hell or High Water” aka最後の追跡(Netflixで絶賛配信中)も高く評価されている。彼の脚本もまたシンプルでかつ王道だ。「ボーダーライン」不思議の国のアリスを鋳型とした一種の不条理異世界ものであり、最後の追跡もまたアメリカ古来のジャンル西部劇のお約束を踏襲した一作となっている。だが二人に共通する更なる点として挙げるべきは、彼らが馴染みのジャンルに新たな意味を宿すのが抜群に上手い点だ。不思議の国のアリスにあろうことかメキシコ麻薬戦争を掛け合わせたり、現代のワルシャワを舞台にギリシャ神話を再現させる、彼らの筆致は様々な欠点を補って大胆不敵なのだ。

その欠点の1つである隙の数々は、しかし独特のヴィジョンを持ち合わせた映画作家たちに託される時、彼らの作家性の躍動を受け入れる余白と成りうるのだ。Bolestの脚本と監督たちは正にそんな理想の関係にある訳である。“”はアンデルセン「人魚姫」を題材とし予め定められた道を堂々と進んでいくが、この歩みに監督がかける魔法は力強く異様だ。バキバキの色彩と情念渦巻く歌の中で、おとぎ話はエグいまでに現代的な解釈を施されながら、人間と彼らの周縁にいる者たちとの搾取の構造や逃れがたい愛の重力が描かれていく。そこにはベッドに寝転がりながら、ママやパパから聞いたお話に宿っていた切なさは存在しない。大人になった私たちの唇に忍び込み、顔を歪ませる苦さだけがあるのだ。

参考文献
http://www.fangoria.com/new/qa-director-agnieszka-smoczynska-on-the-lore-of-the-lure/(監督インタビュー)

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