鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Chevalier"/おおチンポ お前の心に聳えるチンポよ

アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
アティナ・レイチェル・ツァンガリの経歴及び彼女の第2長編"Attenberg"についてはこの記事参照

さて“ギリシャの奇妙なる波”がテン年代を代表するムーブメントとなって久しいが、2015年はその創始者と言うべき2人が長い沈黙を破り、再び世界を波に巻き込んだ記念すべき年だった。まずヨルゴス・ランティモスによる2011年の“Alpeis”(紹介記事)以来となる新作長編「ロブスター」カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を獲得、彼の長編を全て追ってきた私としては今までの彼がやってきた集大成的作品として頗る感動させられた。そしてもう1人、日本では余り有名ではないが、世界ではランティモスと同等、いやそれ以上に評価されているかもしれない映画作家が新作をひっさげ、世界に殴り込みをかけた。それこそがアティナ・レイチェル・ツァンガリ監督の第3長編“Chevalier”だ。

ギリシャに広がる雄大なるエーゲ海、そこでクルージングを楽しむ中年男6人が今作の主人公だ。魚を釣ってその大きさを競いあったり、夜には高級ワインを嗜んだりと、彼らは勝手気ままに休日を楽しんでいた。しかしそれにも飽きが来ていた頃、彼らの一人があるゲームをしようと持ちかける。その“騎士道ゲーム”で競うのは男らしさだ、そして男の中の男と認定された者は栄誉の指輪が授けられる……

今作“Chevalier”にはツァンガリ監督の前作“Attenberg”にも増して奇妙な光景が広がっている。まず“騎士道ゲーム”第一戦は真夜中に行われる。5人の男が眠っているもう一人の部屋に忍び込み、彼の寝る姿勢をジャッジする。この姿勢は全く完璧だ、いや余りに完璧すぎる、寝たフリでもしてるんじゃないのか、とにかくパンツの格子柄はカッコいいぞ、そんな相談をしながらそれぞれのメモ帳に男らしさポイントを記していく。その後も男らしさ石切りゲームから男らしさ救助ゲーム、妙に縦に細長い本棚の組み立て男らしさゲームまで、それ本当に男らしさ競う奴なの?と観客に疑問を抱かせながら、あくまでも野郎共にとってはマジもマジ、大マジで戦いは熾烈を極めていく。

ここでツァンガリ監督が見据えるのはそんな男たちの肉体である。冒頭において彼らは甲板でウェットスーツを脱がしあうのだが、その時の感触は何とも生々しい。皮膚に張りついたスーツを力任せに引っ張ると、ズルズルと音が鼓膜を這いずるように響き、更にそこからは男たちの裸体が見える。弛みと波打を見せる脂肪、不健康を絵に描いたかのような青白い皮膚、年相応と言えば確かにそうなのだが、監督と撮影監督Christos Karamanisがレンズに焼きつける彼らの肉体はそれを越えたグロテスクな感触を宿しているのだ。

ツァンガリ監督はその源を老い自体ではなく老いに焦る男たちの精神に見出だす。例えばクリスト(Sakis Rouvas)は他の男たちよりも若々しく筋肉質な肉体を持ち、船の上でも毎朝鍛練を欠かさない男だ。しかし男らしさ健康診断ゲームでコレステロール値を最悪値を叩き出してしまい大ショック、鏡の前で“俺は男の中の男だ、コレステロール値も最低になる、何故なら俺が男の中の男だからだ”とブツブツ呟きまくる惨めな姿を晒す。そして男たちの中にはハゲに悩む者も多い。髪型を必要以上に整え、突然ハゲの恐怖に襲われ頭皮を触りだす、その姿は赤ちゃんが親指をしゃぶる姿にも似ている。つまり男たちはひたすらに老いとそれが自分にもたらす肉体の衰弱に対して赤子のような恐怖を晒し続ける。

そしてこの恐怖は必然的にぺニスへと至る訳だ。ジョゼフ(Vangelis Mourikis)という人物はハゲを気にすると共に、ぺニスが朝勃ちしない現状に苦悩し、彼の懊悩は不気味な激発を迎えることとなる。その光景は端から見れば下らないものに見えるが、実情はもっと複雑だ。船内において男たちは、ヤニス(Yorgos Pirpassopoulos)という男性について”あいつの家庭に子供が生まれないのはインポだからじゃないのか?”という噂を囁きあう。つまり彼らにとってぺニスが勃たないことは男らしさから最も遠い劣等性なのだ。故にインポであることやぺニスの小ささは公然と揶揄の対象と成りうる。それが巡り巡って老いゆく自分の首を絞めると分かっていても。

こうしてツァンガリ監督が“Chevalier”において行うのは男らしさという概念の解体である。男たちは“騎士道ゲーム”で勝つために手段を選ばない。格下を部屋に呼びつけ恫喝と買収を図る、あいつはインポだというような悪評を素知らぬ顔で広めまくる、他人の弱点をネチネチネチネチとついて恥晒しに貶める。これらは男らしさからは最も遠い行動ーー時には“女々しい”などといった、ステレオタイプに根差した性差別的な言葉で表されるーーと見なされているが、監督は男らしさとはむしろこういった要素によって構築されていると看破するのだ。

その中で印象的な登場人物がヤニスの弟であるディミトリウス(Makis Papadimitriou)だ。頭はハゲかけ、腹にもブヨブヨの脂肪が溜まりながら、どこか幼さすら感じさせる雰囲気があり、そのせいで6人の中で最も見くびられている。彼はそんな自分を変えようと“騎士道ゲーム”に打って出る訳だが、彼の努力は空回り、何度も居たたまれない状況に陥る。一方でこの男らしさの追求に馬鹿らしさを感じている素振りも見せ、それでもチンケなプライドのために惨めな闘争から逃れることが出来ないでいるのだ。

彼を演じる○は個人的にはギリシャジョン・C・ライリーと呼びたくなる、何だか憎めない魅力を持ち合わせた俳優なのだが、注目すべきなのは彼がこれと同時期に、以前このブログで紹介したArgyris Papadimitropoulos監督作“Suntan”(紹介記事)で主演を果たしている点だ。この映画でのPapadimitriouも冴えないオッサン役で、医師として赴任してきたバカンス地で若い女性に入れ込んでゆく。劇中、その女性とセックスするチャンスに恵まれた彼だが、ぺニスが勃起しないことを嘲笑われるという場面があり、これがきっかけで破滅の一途を辿ることとなる。つまり両作で彼は男らしさの周縁にある存在ながら、その価値観を内面化している存在として描かれているのだ。彼の惨めな姿はいかに男らしさ/家父長制が人々を傷つけるのか、社会で男性として生きることはいかにしんどいのかを体現している訳である。Papadimitriouは“ギリシャの奇妙なる波”においてそんな苦しみの数々を観客の肌身に滲ませる演技力に長けた唯一無二の人物でもある。

こういった要素を内包しながら、ツァンガリ監督は男たちの内面へと深く潜行する。男らしさの毒に冒されるディミトリウスたちは、淡々としかし確実に正気を失っていく。ぺニスの勃起に一喜一憂する中で彼らの自意識は肥大、それに従い“騎士道ゲーム”もエスカレートし、何とも厭な地獄絵図が広がる。その意味で“Chevalier”は子供の頃に少年たちがやっていたーーあるいはやらされたーーおしっこ飛ばしゲームの映画化作品と形容できるだろう。彼らはおしっこの飛距離を競うと共にぺニスの大きさを、自分の男らしさをも比べあっていたのだ。だがぺニスは股間だけにあるのではない、心の中にも精神的ぺニスが存在している。大人になってからはそうおしっこ飛ばしゲームをやることはないだろうが、代わりに男たちは心の中のぺニスを競いあうこととなる、ある意味ではそれが生きるということにも成りうるのだ。社会がそれを求める限り彼らはぺニスの大きさを競い続ける、それが呪縛と知りながら逃れることも叶わずに。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
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その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
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その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
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