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鉄腸野郎と昔の東欧映画を見てみよう

鉄腸野郎Z-SQUAD!の姉妹館。ここでは昔の東欧映画だけについてツラツラと。

ヴェラ・ヒティロヴァ&"Vlčí bouda"/雪山でチェコ版「13日の金曜日」

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これ本当は本家にアップする予定だったが、こんなブログを作ったのでこっちに流しておく。さて、ヴェラ・ヒティロヴァである。日本では完全無欠最強のガールズムービー「ひなぎくでお馴染みな、チェコヌーヴェルヴァーグの代表的映画作家だが、そうでありながら日本では「ひなぎく以外の作品が余り紹介されておらず、その全貌は未だ知られていない。その霧を晴らすという大それたことは言わないが、今回は彼女が1987年に作った長編作品“Vlčí boudaを紹介していきたいと思う。

舞台はチェコのとある雪山、ここにスキー合宿のため少年少女が集まってくる。親元から離れて不安な子がいれば、逆にせいせい出来るという子もいるが、皆が共通して思っているのはスキー超楽しみ!ってことだ。しかし彼らの前にいきなり暗雲が立ち込める。合宿の引率者であるリーダーとその部下たちがどことなく高圧的で怪しいのだ。しかも宿泊地の山小屋は古さびて幽霊でも出そうな雰囲気で、子供たちの心には不安が募っていく。

この粗筋を読めば、それってアメリカで良く作られてるホラーみたいなじゃない?と感じる方も多いと思うが、実際今作はその予想通りに進む。子供たちは親の離婚問題やら双子間の仲違いやら妙に面倒臭い事情を抱え、山小屋に行こうとすると謎のオッサンが危ないから頂上には行くな!と警告してくる。それでも山小屋に行った子供たちははしゃぎ回るが、都会と隔絶されたことの不安が節々に滲み渡る。正にこれ、ホラーというかスラッシャー映画、つまり「13日の金曜日のような人里離れた限定空間ではしゃぐ若者が殺人鬼にブチ殺されまくる映画群そのままなのだ、というかもう導入は雪山版「13日の金曜日」である。

ということで勿論子供たちは不気味な出来事に遭遇する。大人たちは明らかにおかしく、特にアシスタントの大人たちは常に瞳孔が開きっぱなしで、必要以上に声を荒げたり何の脈絡もなく髪を振り乱したりと挙動が全く変だ。更にある時リーダーが彼らに告げるには、この合宿の参加メンバーは10人であり、1人だけ自分たちを騙してここに紛れ込んでいる奴がいるというのだ。リーダーは激しく詰問するがその1人はいっこうに名乗り出ず、子供たちの間には不信感が広がりだす。

そしてここからブチ殺し祭りが始まり死体が積み上がっていく……かと思えばそういうことはない。ヒティロヴァはまた別の方向へと舵を切っていく。リーダーは“1人は皆のために、皆は1人のために”という日本でも良く聞く標語を謳いながら、子供たちの結束を固めようとする裏で連帯責任という罰を科していく。更に自分たちの言うことを聞かない裏切り者が現れるのを危惧して、子供たちの1人を言葉巧みに密告者へ仕立てあげ、情報が筒抜けになるようにする。こうして支配体制を整えていく様はかなり不気味だが、ヒティロヴァが描こうとするものはこれだ。密告社会の成立、個が体制と一体化させられる世界、つまり今作はスラッシャー映画の枠組みを使い、彼女は社会主義/全体主義の恐怖を描こうとしている訳である。

だが暗喩を使うからと、本筋のホラー描写が疎かになる訳ではない。むしろヒティロヴァは巧みなディレクションでこの恐怖を更に強化していく。彼女は恐怖の現出を抑え雰囲気を醸造しながら、突如異物をブチ込んで観客に怖けを震わせる。ある時子供たちの1人が外へ出ると、雪の中でのたうち回る人影を見つける。群青色の闇の中で狂ったように雪に体を打ちつける何かの存在には私たちはマジで絶対見ちゃいけないヤバいものを目撃しているように思わされるのだ。悍ましい事態が進行していると子供たちも私たちも悟りながら、少しずつ変わっていく世界は底無し沼のごとく彼らの足を掴みとり、何処へも逃げられなくなっていく。それは現実世界においても同じだ。

そして恐怖が最高潮になっていく時、リーダーは子供たちを集めてある宣告をする。紛れ込んだ1人が名乗り出ないのならば、誰か1人を“生け贄”に捧げなければならない。その1人を決めるため、各々が殺したい相手を1人ずつ指名していって欲しいというのだ。最初は何かのゲームと思っていた彼らの間で、しかし以前から横たわっていた不満や確執、隠されていた真実が首をもたげ始め、誰が自分を突き出すかと疑心暗鬼となっていく。それを見ながらリーダーは邪悪な笑みを浮かべる……

今作はホラー映画としての恐怖も去ることながら、当時の社会主義国家であったチェコにおいては殊更現実的だった全体主義の醜さをも炙り出す力作だ。それでもただ猜疑心と絶望だけで終わることもない、今作はある意味で子供たちの成長物語としての側面をも持ち合わせている。彼らはリーダーの手で抑圧を受けながらも、この大いなる社会といかにして戦うべきかをも学びとっていく。彼らの選びとる個としての戦い方は感動的ですらある。そして物語は解放感と禍々しさが交わりあう、ホラーとして理想的な形で幕を閉じる。だが今作においては解放が勝利を得たと断言していいだろう。この作品が完成した翌年、ビロード革命によって社会主義体制は崩壊、失われていた春がチェコにも到来するのだから。

 

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