鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

はてなダイアリーのサービスが終了ということで、はてなブログで鉄腸野郎Z-SQUAD!改め鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!へ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。

アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛

いわゆるスローシネマと呼ばれる映画群がある。物語を捉えるよりもまず、目の前に広がる時をカメラに焼きつけることを指向し、その永遠にまで引き伸ばされた時間の中にこそ物語を見出だすという試みを持った映画を指している(と、個人的な印象ではそう思っている)。さて2017年、この呼称を世に広めたNadin Maiという批評家がスローシネマ専門の配信サイトTao Films VODを立ち上げることとなった。日本からでもクレジットカードを持っていれば鑑賞可能なので読者の方にもオススメなのだが、今回はこのサイトで配信されている作品の1つであるアレクサンドラ・ニエンチク監督作“Centaur”を紹介していこう。

ボスニアサラエボの古アパートメント、その一室にある夫婦が身を寄せあい暮らしている。夫のヴラド(Vladimir Kajević)はポリオによって半身不随となり、不自由な生活を送っている。年若い妻のアルマ(Snežana Alić)はそんな彼を必死に介護するのだが、ヴラドの心身は見る間に疲弊していき、希望もまた少しずつ潰えていく。

“Centaur”において私たちは、この絶望に追い込まれていく夫婦の日常を眺めることとなる。朝、一足先に起床したアルマはカーテンを開き太陽の光を招き入れるが、それでも部屋は薄暗いままだ。ヴラドが目覚めると、アルマはもう既に憔悴しきったような彼の身体を抱きかかえてベッドから起こし、身なりを整えていく。こういった息詰まる風景を撮影監督のKim Namsukは、距離を取りながら一度もカットを割らずに描き出すことで、二人の間に満ちる淀んだ空気を観る者に生々しく伝える。

だが極端な固定長回しの数々にはそれ以上の意図が宿っていり、その意図を象徴するような場面が上述のシークエンスの直後に存在している。影に覆われたアパートの廊下、画面の奥の奥にヴラドがいる。椅子に座った彼はもう1つの椅子を後ろから前に置きそこに座る、さっき座っていた椅子を後ろから前に置きそこに座る、こうしなければ進むこともままならないのだ、そしてさっき座っていた椅子を後ろから前に置きそこに座る、さっき座っていた椅子を後ろから前に置きそこに座る………

観客は5分にも渡って描かれるこの風景をただただ眺めることを強いられる。最初私たちは傍観者でしかない、向かいのアパートの窓からヴラドを観察する住人のように。だが永遠へと引き伸ばされていく時間の中、ヴラドがこちらへと近づくにつれ、私たちは彼の苦渋に滲んだ横顔や二の腕の筋肉の蠢きを目撃することとなる。そしていつしか彼が抱く不自由さ、肉体という牢獄に囚われる感覚が自分たちへ迫ることにも気づくだろう。ニエンチク監督は長回しを主体とした観察的なスタイルを極限まで追究することによって、最後には観察者が観察される者とその身を一体化させることを目指しているのだ。

このスタイルの裏にはある人物の存在がある。ポーランド生まれのニエンチクはアメリカやノルウェーなど国を渡り歩き絵画・ビデオインスタレーションなど様々な分野で活動しているが、そんな彼女が新たに足を踏み入れた場所が映画界だった。今作の撮影地でもあるボスニアサラエボへ移住し、映画学校フィルム・ファクトリーに参加するのだが、その主催者こそがハンガリーの異端作家タル・ベーラなのだ。彼が監修としてクレジットされていることから分かる通り、時の流れをウンザリする程の長回しで捉える手法は彼の影響という訳だ。

そしてこの作品にはベーラの影響だけでなく、ミエンチク自身の刻印も確かに刻み込まれている。固定/長回し/ロングショットという冷徹な観察的撮影の合間に、ふとカメラがアルマたちの表情に肉薄する瞬間がある。ベッドに横たわるアルマの横顔、その背後からヴラドの手が伸び、愛おしげに彼女の頬を触り始める。アルマもまた彼の感触を味わい、疲労の滲んでいた顔に安らぎの色が浮かぶ。私たちはまた親密な感覚をも自身の身体に感じることになる、ここに映し出される愛が二人を繋ぎとめていることを知ることになる。だがその後に連なる苦痛の日々が容赦なく愛を押し潰していくことが、私たちには既に分かっている。

“Centaur”はこういった意味で、近年にわかに増え始めた介護ものの系譜にあるとも言える。例えばミヒャエル・ハネケパルムドール受賞作愛、アムールアイスランドの新鋭ルーナ・ルーナソンのデビュー長編“Eldfjall”に、このブログでも紹介したナヌーク・レオポルドの“Boven is het stil”など、最愛の存在/血の繋がりを持った存在が残酷なまでに衰弱していくその姿と対峙せざるを得ない者の苦悩を描いた作品は殊更多くなっている。だが上記の3作が息詰まるリアリズムに根を張っている一方で、本作はそのリアリズムを共有しながらまた別の場所を指向している。“Centaur”という言葉は、そのものつまり半人半獣の存在“ケンタウルス”を意味している。アルマは地獄の日々の中でケンタウルスの夢を見るのだが、その超常的な姿に奇跡の片鱗を見た彼女は聖獣を追い求め続ける。そして物語は現実と夢のあわいを行き交いながら、その果てに異様な救済へと辿り着くこととなる。

参考文献
https://centaurfilm.wordpress.com/(映画公式サイト)
https://tao-films.com/selected/1/3b063513-c26d-4ec5-9786-83aba5621a8d(監督インタビュー)

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その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
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