鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き

映画作家たちが子供たちの眼を通じて世界を見据える時、そこには言い知れぬ剥き出しの感情が立ち現れてくる。例えば「ブラッドハウス/恐怖がつきささる」という作品がある、父親を亡くし孤独の身になった主人公とその姉が引き取り先の祖父母の家で経験する恐怖を描き出した作品なのだが、今作において私たちは主人公の少年の目からおぞましい世界の姿を目撃する。その中で、他ならぬ自分を産み落とした者たちがこちらに殺意を向ける恐怖は凄まじいものがあり、知名度はかなり低いながら私の偏愛映画となっている。さて、今回はそんな作品群の先端に位置するだろう作品「僕のまわりにいる悪魔」を紹介していこう。

フィリップ・ルザージュ Philippe Lesage は1977年にケベック州のサン=タガピに生まれた。マギル大学デンマークのヨーロピアン・フィルムカレッジで映画について学んだあと、2006年にはフランスの社会学アラン・トゥーレーヌを追った初の長編ドキュメンタリー"Pourrons-nous vivre ensemble?"を監督、2010年にはモントリオールの歴史ある病院の内情を描いた作品"Ce Coeur Qui Bat"と北京の郊外に広がる日常の風景を"幸せとは?という問いを絡めながら描くドキュメンタリー"How Can You Tell If the Little Fish Are Happy?"を製作する。前者はジュトラ賞(現在はアイリス賞に改名)ドキュメンタリー部門の作品賞を獲得するなど話題になる。そして2012年の"Laylou"を経て、彼は初の劇長編となる「僕のまわりにいる悪魔」(原題:Les démons)を監督する。

夏、猛暑に晒されるモントリオール、10歳の少年フェリックス(Édouard Tremblay-Grenier)は自分の周りで何かが変わっていってるのを感じていた。両親の仲は冷えこみ、家には険悪な雰囲気が漂い続けているし、近所では幼児の失踪事件も頻発していたのだ。だが何より変化を遂げているのはフェリックス自身であり、彼の心の奥底からはドス黒い感情が溢れ出そうとしていた。

まず"Les démons"は思春期の多感な時期に差し掛かった少年が直面する現実の数々を、彼の視点から描き出そうとする。両親の不仲の原因は父親マルクの不倫が原因らしいとフェリックスは知り始める。友人であるマチューの家に泊まりに行った際、夜中にマチューの母親と彼が会っているのを目撃したのだ。そのせいで両親は子供たちの前でも激しい喧嘩を繰り広げ、フェリックスの心はズタズタに引き裂かれる。その痛みを癒そうと彼がすがるのは教師のレベッカ(Victoria Diamond)だ。しかし彼女はフェリックスに対し冷淡な態度を取り続け、彼は打ちひしがれるしかない。

そんな中で、撮影監督Nicolas Canniccioniのカメラは端正な映像美とある種の不気味さを伴いながら、フェリックスの視線と重なり始める。兄の誕生会、椅子に座ってパーティを楽しむ彼の目は、しかし兄たちではなく父を捉えている。カメラは地面を這いずるような速度で動き、マルクがマチューの母親と親しげに会話をする姿を見据えるのだ。そしてフェリックスの心が淀んでいく最中、彼は運動場で生徒たちと戯れるレベッカを目で追う。彼らと笑いあい、時には彼らを叱ったりする彼女の姿が執拗なまでに切り取られていく様に浮かぶのは、ちっぽけな少年が抱く深い孤独だ。

だが観客はフェリックスの視線と共に、カメラがもう一つの視線と共鳴しあうのにも気づくだろう。少年少女が自由気ままに遊ぶ運動場や市営プール、最初ロングショットで捉えられるのは何気ない風景だ。それでも突然カメラはズームを始め、堅い拳がゆっくりと壁に押しつけられていくような感覚と共に、雑踏のうちから一人の少年、つまりはフェリックスの肉体が捉えられることとなるのだ。何かが彼を密やかに見つめるような窃視的な動きは、世界の裏側で蠢く禍々しい何かの存在を雄弁に語るのだ。

更に監督はそんな撮影を駆使し、禍々しさに絡め取られ、変容を遂げようとする彼の精神をも描き出そうとする。ある時、フェリックスは兄の友人たちと共に夜の町へと遊びに出掛けるが、彼らはある少年を指差して“アイツはホモだ!”とせせら笑う。“ホモ”という言葉を知らないフェリックスがその意味を聞くと、彼らは“男同士で寝る変態のことだよ”とニヤつきながら答えるのだ。その時監督は、フェリックスがそのニヤつきに滲む軽蔑を敏感に察知し、物思いに耽る時の表情を静かに見据える。

まだ10歳の少年であるフェリックスは、何かを知り成長していく過渡の時代にあると言えるだろう。物事をスポンジのように吸収していく柔軟さがあり、その意味で子供たちは可能性の塊で有りうる。しかしそれは良いことばかりを意味しない。ホモフォビアやセクシズムといった差別的価値観すら彼らは貪欲に吸収し、それが一旦内面化されるとなると、簡単には取り除けなくなる危険性すら存在するのだ。この時に重要なのは子供たちを取り巻く環境なのだと、監督は示唆する。題名にもある悪魔とは個人の中に存在するというよりも、自身が身を置く社会的な環境によって、長い年月をかけ極小さな雨粒が大きな岩を削り取るような形で、人格がねじ曲げられていった果てに生まれるのだ。その光景をルザージュは異様なまでの密度で描き出す。

しかし今作はそこで終わることがない。題名の"Les démons"とは先述した通り悪魔を意味する言葉だが、これは複数形であり、つまり悪魔は一人では有り得ないのだ。そしてこの作品が描く対象はフェリックス一人の内面から悪魔たちの内面へと広がっていく、世界はおぞましい形で拡張されていく。私たちはそこに憎しみを見るだろう、悪夢的な光景を見るだろう、溢れだす生の絶望を見るだろう。

カナダ映画界、新たなる息吹
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その6 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ハシディズムという息苦しさの中で
その7 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
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その10 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
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その12 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その13 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて

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その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
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その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
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