鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り

群雄割拠のポルトガル映画界、このブログでも多くの映画作家を紹介してきたがまだまだ若き才能は存在し、その中でも特に紹介したいと思っている作家が2人ほどいる。まず1人がLeonor Telesだ。彼女の短編"Balada de Um Batráquio"ポルトガルに住むロマに対する差別を陶磁器のカエルを絡めて描き出した作品であり、今作により23歳の若さでベルリン短編金熊賞を獲得するという快挙を果たした人物だ。観たい観たいとは思っているのだがまだ機会がないので紹介出来ていない訳だ。そんな中でもう1人の作品を観る機会を得たのだが、それが期待を越えて素晴らしかったのである。ということで今回はポルトガル映画界期待の若手監督ジョアン・サラヴィザと彼のデビュー長編"Montanha"を紹介していこう。

ジョアン・サラヴィザ João Salaviza1984年2月19日リスボンに生まれた。父は同じく映画監督であるJosé Edgar Feldman、母は映画プロデューサーだそう。リスボン国立映画演劇アカデミー、ブエノスアイレスの国立映画大学で学ぶ。2004年の"Duas Pessoas"や2008年の"Cães de caça"など在学中から精力的に作品を製作するが、彼の名を一躍有名にしたのが2009年の短編「アリーナ」だ。彫り師の青年が在宅囚人として過ごす中、あるきっかけから暴力の渦に巻き込まれていく様を描いたこの作品でサラヴィザはカンヌ国際映画祭で短編パルムドールを獲得するなど話題になる。

更に"Hotel Müller"(2010)、"Casa Na Comporta""Strokkur"(共に2011)など旺盛に監督作を手掛けた後、2012年には短編「ラファ」を完成させる。今回紹介する"Montanha"にも登場するキャラクターを中心に据えた、つまりは初長編の原型となった今作でサラヴィザはベルリン国際映画祭の短編金熊賞を獲得、更に同年にはポンピドゥーセンターで特集上映が組まれるなど名実共にポルトガル1の若手作家となる。そして2015年には満を持しての長編作品"Montanha"を完成させる。

14歳の少年ダヴィド(David Mourato)が今作の主人公だ。彼は学校にも通うことなく、親友のラファ(Rodrigo Perdigão)と共に昼も夜も町をブラブラしながら日々を過ごしている。だが祖父が体調を崩して入院した時から、彼の生活は少しずつ変わっていく。イギリスから母モニカ(Maria João Pinho)がダヴィドの妹を連れて故郷に戻り、三人は何年ぶりかの再会を遂げる。その一方で彼はパウリーニャ(Cheyenne Domingues)という少女と出会い、ラファを交えて遊ぶようになるのだが……

“Montanha”という映画を支えるのは、サラヴィザの絵画的な映像センスだ。冒頭、私たちはベッドに横たわるダヴィドの姿を眺めることとなる。虚ろな表情を浮かべ微動だにしないダヴィド、漆黒の影が部屋を満たす中で、上半身裸になった彼の身体だけが彫像さながら影に立ち上がる。例えば絵画でいうキアロスクーロ、例えばポルトガル映画界の偉大なる先人ペドロ・コスタの手捌き、サラヴィザはその正統なる後継者だ。彼はこの光と影の営みに美しさと苦しみを宿していく。

ダヴィドがラファと共に彷徨うポルトガルの街並もまた、サラヴィザが持つ密な感覚を声高に語る。街は時間という概念から取り残されたかのような様相を呈している。ダヴィドたち以外には人影すら見えない通りでは、錆びついたバスケットゴールが嘆きの声を這いずらせている。そして石壁は色褪せたグラフィティで埋め尽くされ、住宅街の中にポッカリと口を開く野原では打ち捨てられたスクーターが炎を吐き出していく。この街はダヴィドたちにとって残骸のような場所だ。それでも彼らはここでしか生きていけないと知っている。

サラヴィザと撮影監督のVasco Vianaが、そんなダヴィドたちの日々に重ねるのは橙の光だ。黄昏の空から舞い降りてくる夕焼の彩り、“Montanha”は常にその色彩に覆われているのだ。そしてそこには夏の悩ましく怠惰な雰囲気が付け加わる。やはり影に覆われたラファの部屋、三人と一匹のネコがベッドの上で折り重なりながら戯れるという場面がある。Vianaのカメラは一粒の埃さながら漂いながら、彼らのだらしない姿をそれと共鳴するような、しなだれた長回しで綴る。まるでダヴィドたちが、世界が永遠に終らない夏休みを過ごしているとでも言うようだが、もしかしたら私たちもそんな時間を過ごしていたことがあったかもしれない、そんな心地よい懐かしさがここには滲んでいる。

だがその懐かしさとは裏腹に、世界には息苦しい貧困すらも存在している。ダヴィドの家族は実質離散状態であり、祖父が入院し母たちも頼れない今となっては、独りでこの貧しさを生き抜くしかない。そんな中では希望を持つこと自体が無理な話だ。ダヴィドは学校の教師に呼ばれ、授業をサボり続ける理由を詰問されるが、適当な理由をでっちあげるしかしない。そして教師から自分の未来を考えなさいと諭された時、彼は言うのだ、自分の20年後がどうなってるとか考えても意味ないだろ。この絶望感が懐かしさと溶け合うことで、本作は展開していく。

そして密やかに始まるのが、三角関係とも言い難いひどく曖昧な関係性だ。ある日からパウリーニャが仲間に加わるようになるのだが、共に時間を過ごすうちダヴィドは彼女に好意を抱き始める。しかしラファも同じような感情を抱いているらしく、二人の仲には亀裂が生じだす。だがパウリーニャの心の裡はいっこうに伺い知ることができない。ある時彼女はダヴィドに好意があるような素振りを見せ、ついには唇を重ね合わせるまでになるが、ある時に彼女は忽然と消え、かと思うとダヴィドたちの前に現れ、その存在は夏の日に浮かぶ蜃気楼のようだ。だが他にすがるものもないダヴィドは、彼女の影をどこまでも追い続ける。

“Montanha”は一人の少年が大人になるまでを詩的に描き出したカミング・オブ・エイジものと言えるだろう。だが彼の成長に色濃く映るのは喜びでも悲しみでもなく、終りの見えない倦怠感だ。そして残酷なのは、ダヴィドが大人になったその瞬間に初めて、全てがいつの間にか過ぎ去っていたことを知るからだ。だが振り返るなら何もかもがそうなのだ、全てはもう既に過ぎ去り、私たちは否応なく前に進むしかない。

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