鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている

心を引き裂くような悲しい事件が起こった時、特に誰か最愛の人を亡くしてしまった時、私たちは絶望感にうちひしがれながら、しかしその先にもっと深い絶望があることを知ることになる。つまりは最愛の人を失った先にも、自分たちの人生は続いていくという絶望を。あなたを失ったのにこれから先どうやって生きていけばいい? その疑問は時に残された者の命すらも奪うほどに悲壮で痛烈な問いだ。今回紹介するカエル・エルス監督作「サマー・フィーリング」(原題:Ce sentiment de l'été)はそんな問いに正面から真摯に向き合った美しい傑作と言えるだろう。

ベルリン、小説家のロレンス(オスロ 8月31日」アンデルシュ・ダニエルセン・リー)は恋人サシャと共にささやかな幸せを噛み締めながら暮らしていた。だがそんな幸せはある日脆くも崩れ去ってしまう。サシャが突然倒れ、昏睡状態に陥ってしまったのだ。パリから彼女の家族がやってくるのだが、ロレンスたちの思いもむなしくサシャはこの世を去ってしまう。

だが大切な人を失った後にも、否応なく人生は続いていく。「サマー・フィーリング」が描き出そうとするのはそんな時間の数々だ。彼女が亡くなって数日後、ロレンスはいつものようにベッドで目覚めるが、隣には不自然な空白が横たわっている。そして飼い猫のアギーレは彼女が死んだことに気づいているのだろうかという思いにふと襲われる。気分転換に友人たちと酒を呑み交わしながら、最後には虚脱感に見舞われる。もうこの世界に彼女はいない、彼女はいない……

そしてロレンスと同じ思いを抱く人物がもう1人いる。ゾエ(カミーユ、恋はふたたび」ジュディット・シュムラ)にとってサシャは最愛の姉であり、その死はゾエの心に深い傷を負わせることとなってしまう。彼女には息子のニルス(Timothé Vom Dorp)と夫がいたがこれをきっかけにして夫婦仲はギクシャクしだし、別居状態にまで陥る。そんなゾエだったが、同じ傷の痛みに苦しむロレンスと少しずつ交流を深め始める。

そんな2人を包み込むのは、撮影監督Sébastien Buchmannによって捉えられるオレンジ色の世界だ。16mmフィルムの荒い粒子越しに浮かび上がる世界は暖かな橙の色彩に包まれ、観る者に温もりを届ける。ベルリンの広々とした公園は生き生きとした緑を輝かせる自然に溢れ、芝生の上にはその心地よさに思わず寝息を立てる人々も多くいる。そして観光地であるアヌシー湖に広がる風景は、思わず息を呑むほどに美しい。湖で泳ぐ人々、芝生に寝転がる観光客、湖の遥か上を飛ぶパラグライダーの群れ、その光景は印象派の絵画さながら輝いている。監督はそういった風景をふんだんに映し出すことで、世界が刻一刻と広がっていくような感覚を観客の肌に伝える。世界が全てを優しく抱きしめるように存在してくれているような解放感があるのだ。そしてアコースティックギターの音色も爽やかで、画面から涼やかな柔風が吹いてくるのを私たちは感じるだろう。

だがその演出とは裏腹にロレンスとゾエの心には深い孤独が広がっている。人生が移り変わりゆく中で、監督は物語の舞台をベルリンからパリへと変えてゆく。どちらにもやはり美しい風景が広がっているのだが、そこには奇妙な既視感が宿っている。街並みや公園の佇まい、部屋の内装、どこか異なっているようで似ている地続きの感覚があるのだ。それは彼らの立つ場所が違えども心にはあの悲しみが未だ巣食っていることの切実な証左でもある。ゾエがニルスと遊んでいる時、ロレンスとゾエが再会した時、彼女が勤めるホテルの屋上で他愛ない会話を繰り広げる時、そんな何気ない瞬間を積み重ねるたびに悲しみは埃のように募る。

それでも時間が彼らの心を癒していく姿をも監督は描き出していく。これを象徴するのはニューヨークという都市だ。パリやベルリンの美しさは今までにない雑踏の慌ただしさに取って代わられ、湧きあがるような活気が辺りに満ち溢れている。サシャの死から数年が経った後、ロレンスは姉のニーナが住むこの街に根を下ろすことを決めたのだ。仲間たちと共に楽しく日々を過ごす中で、アメリカ旅行にやってきたというゾエが彼の元に姿を現す……

こうして欧米中を股にかけて紡がれる物語ゆえに都市という概念が密接に関わってくるのだが、その志向はキャスト陣にも反映されていると言っていいだろう。ニューヨーク編に出てくる姉ニーナ役のマリン・アイアランドや友人役のジュシュア・サフディはニューヨークのインディー映画界において見逃せない人物だ。アイアランドはこのブログで何度も紹介している孤高の禅僧監督ノア・ブシェル“Glass Chin”(紹介記事)や“The Phenomに出演、“Sparrows Dance”(紹介記事)では主演を果たすいわばブシェルのミューズ的な存在だと言える。更にサフディは「神様なんかクソくらえ」の監督であるサフディ兄弟の片割れで、このブログでウンザリするくらい特集しているマンブルコアにも深く関わっている。個人的に思うのは、ここでジョー・スワンバーグやらマンブルコアの中心メンバーや現在のニューヨーク・インディー映画界の若手トップと言うべきアレックス・ロス・ペリーではなく彼らを起用している辺り、センスが良いというか何というか(その代わりと言っては何だが、ペリーはフィリピンの俊英作家ラヤ・マーティン“La ultima pelicula”という映画をメキシコのユカタン州で製作したりしている)

更に続けよう。3つの都市を股にかけロレンスと友情を紡ぐ女性ジューン役のラナ・クーパーは主にドイツ映画界で活躍する人物なのだが、彼女の代表作というべき“Love Steaks”はドイツ・インディー界で自覚的にマンブルコアを担おうとしているロス兄弟による作品で、つまり意図的か偶然かは分からないが上述のサフディとはマンブルコアという共通項が存在していたりする。ゾエ役のジュディット・シュムラカミーユ、恋はふたたび」ステファーヌ・ブリゼの新作“La vie”に出演するなどフランス映画界で活躍する人物、更にロレンス役のアンデルシュ・ダニエルセン・リーは実はノルウェー人俳優で「リプライズ」「オスロ 8月31日」などノルウェー映画界の恐るべき才能ヨアキム・トリアーの作品で頭角を表した人物である。キャストも欧米中のインディー俳優を勢揃いさせているという訳である。

特に素晴らしいのは、やはり主演のリーとシュムラに他ならない。陽光に包まれた世界の中で、愛する人の喪失に根差した虚無感、それでも些細な日常の中にだって確かにある喜び、しかしそれが過ぎ去った後にやってくる静かな幻滅、彼らはこの間を絶えず漂いながら何とか日々を生き抜こうとする。そして出口の見えない苦しみの先、思い出の中にいる彼女に対して絞“幸せになってもいいよね?”という彼らの絞り出すような声が聞こえてくるだろう。「サマー・フィーリング」とはそんな切実な一歩を踏み出せるまでの切実なる祈りなのだ。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい
その183 Krzysztof Skonieczny&"Hardkor Disko"/ポーランド、研ぎ澄まされた殺意の神話
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