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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも

さてカルタヘナ国際映画祭である。毎年2月下旬から行われるこの映画祭はラテンアメリカで最も長い歴史を持つ映画祭であり、ラテンアメリカを担う作家たちが多く輩出されている。最近ではチリのパブロ・ララインやブラジルのガブリエル・マスカロなどなど注目作家が多い。そしてこの映画祭はコロンビア中から新人作家たちの作品が集まり、次世代を担う才能が発掘される場所でもある。そして今年作品賞を獲得した作品は、何とも説明し難く、何とも捉え難くだのに心から離れ難い奇妙な、とても奇妙な一作だった。ということで今回は今後のコロンビア映画界をきっと担うだろう期待の新人作家Vladimir Duránと彼の長編デビュー作“Adiós entusiasmo”を紹介しよう。

物語の舞台となるのはとあるアパートの一室、ここにはアクセル(Camilo Castiglione)という少年が家族ーー自身を溺愛しているアリシア(Laila Maltz)に年上の恋人と順風満帆なアレハンドラ(Martina Juncadella)、逆に微妙な恋愛に陥るわ耳鳴りがするわでイライラし通しのアントニア(Mariel Fernandez)という3人の姉に加え、誰にも彼にも口煩い母親のマルガリータ(Rosario Blefari)ーーと共に住んでいる。彼らの人生は他の人々と変わらぬ全く平凡なもののように思えたが、1つだけ大きな違いがあった。それは母親が引きこもりであるということである。彼女は常に部屋に閉じこもり、そこで生活をしている。ドアは完全に閉めきられている代わり、風呂場の壁には穴が空いており、そこを通じて子供たちは彼女と話したり、食事やDVDを持っていったりする。何だか変な状況だが、他でもないマルガリータの誕生日に事態はもっと変なことになっていく。

今作"Adiós entusiasmo"は正直内容を上手く説明できないほどに、捉えどころのない奇妙な作品に仕上がっている。素晴らしく良い意味でなのだが、この喜ばしい奇妙さを言葉で説明するのはかなり難儀だ。それでもまず私たちは一目見て、今作のスクリーンサイズが奇妙なことになっているのに気づく筈だ。まるで2本ピッチリと合わせた箸のような、縦幅が異常に狭くなっている画郭は、今やスマートフォンの縦長サイズに慣れた人々には違和感しかないような代物に見える。

監督と撮影監督のJulian Ledesmaはこの極端に狭い世界の中で、まずアクセルたちの日常を捉えていく。アクセルがアリシアと共にピアノを弾いて歌う姿、アントニアが耳鼻科へと検診に行く姿、アレハンドラが恋人と共に夜の町を歩き回る姿、こういった別にボゴタでも東京でも何処にでも広がっているだろう光景は、しかし何か喉奥に小骨が引っ掛かっているような感触を観客に与える。そして印象的なのはアクセルが母親と会話する場面だ。カメラはどこかの壁に寄りかかるアクセルの横顔を映しながら、母親と会話をする彼の姿を見つめる。誉め言葉を素直に受けとる努力をしなさいと!という罵声が聞こえてくる中、アクセルの視線はフラフラと揺れる。その揺れには彼が抱く不安や怒り、様々な感情が渦巻いているのに気づくだろう。監督は世界から情報を切り詰めていった上で、その奥にある生の感情を暴こうと試みるのだ。

しかしこの映画の中で本当に重要なのはそういったカメラに映るものよりも、映らないものにあるとも分かってくる。今まで観たことのない形に歪められた世界において、私たちは映像よりもむしろ黒縁の方が目立って見えるといういつもとは全く別の視界を獲得する。その黒縁によって隠されているものとは一体何か、監督はそういった物を観客に想起させようと常に刺激してくる。そして勿論のこと、カメラに映らない存在として最も重要なのは母親マーガレットだ。アクセルたちがどこに居ようとも、彼女の声はどこからともなく不気味に聞こえてくる。その様はまるで戯画化された神といった風に、アクセルやアントニアら姉妹を縛りつける。そしていつしか目だけでなく、耳などの私たちの五感それ自体が目前の風景ではなくオフスクリーンへと導かれるような感覚がある筈だ。

とは言え物語の雰囲気はシリアスとは程遠く、全編に妙な笑いが、何だか緩い謎の数々が転がっている。そうこの映画は全く以て謎めいた予測不能な代物だ。これを観ながら”何でこの母親は引きこもってるの?” “母親の映画の趣味の面倒臭さは何なの?” “アレハンドラとアントニアの恋人どっちもオッサンだけどこれは何かのサインなの?” “アントニアの耳鳴りの原因は一体何なの?”といった疑問が絶えず頭に浮かぶだろう。映画はその問いに答えるような答えないような悪戯な足並みで進んでいき、明確な答えに飢える私たちを悶えさせる。

それでも今作には悶える観客の興味をグッと引っかけるような独特な魅力に溢れているのだ。風呂場に集まり、何故だかいじける母親を宥めたりするアクセルたちの姿には惨めなのに笑える疲労感が浮かび、姉妹3人が同じ部屋に集まってかまびすしく喋る様にはかしましい活力がみなぎる。後者などは長回し主体のカメラワークも相まってマティアス・ピニェイロ作品の趣もあったりするし、奇妙な論理で動く家族の姿を描くシュールなコメディと言えばヨルゴス・ランティモス籠の中の乙女などを想起させられたりする。こうして特徴的な場面が出る度に自分の知っている何かに当て嵌めたくなる衝動に駆られながら、しかし最後には思うことになるだろう、“一体自分は何を観ているんだ?”と。

この何にも似ていない奇妙さが“Adios entusiasmo”には宿っている。そして物語は部屋中を股にかけたマルガリータの誕生会へと雪崩れ込むが、そこで奇妙さには更なる拍車がかかっていく。お遊戯会が開かれた、と思えば前衛演劇が上演されたか、と思えばカルト教団自己啓発セラピーが始まる、かと思えば……これは家族の絆の様々な側面を暗に描いた作品なのか、はたまた家族という共同体と個の対立のメタファーなのか、もしかするとコロンビアの情勢を反映した作品なのか。正直言えば私はこの映画のことが何も分からない。だが今作はそういった“意味”を越えた純粋で滑稽なる謎として頗る魅力的だ。まるで海を泳ぐクラゲのように、思考という枠組みを容易くすり抜け、“Adios entusiasmo”は解かれ得ぬ謎として私たちの心を自由に泳ぎ続ける。


全編、マジでこのスクリーンサイズなので驚くこと請け合いである。

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その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
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