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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!

最近ソ連のカルトSF不思議惑星キン・ザ・ザが日本でも再上映されるなど、社会主義国が作った変なSFへの人気は今でも根強い。自由が著しく規定されていたからこそ、その抑圧と制約の中で出来上がる作品の数々は西側諸国は勿論のこと、日本などとも全く違う味わいを持っていたりする。ということで今回は社会主義ブロックの一員であったルーマニアから現れた、何だかおかしなSF映画“S-a furat o bombă”を紹介していこう。

まず現れるのは、だだっ広い野原を歩くスーツ姿の青年(Iurie Darie)の姿だ。彼はある時一輪の美しい花を見つけ近づいていくのだが、そこに謎の集団がやってくる。頭にはデカいバケツ、体にはダボダボのレインコートみたいな制服を纏った彼らは有無を言わさず青年を車に閉じ込めてしまう。そして彼らが何をするかと言えば、野原で秘密兵器の実験を行おうとしていたのである、ドカーーーーーーーーーーーーーーン!

事情もよく分からないまま拉致されたかと思うと解放された青年、町に戻ってみると野原で謎の爆発が起こったとニュースで知る。当然ピンと来た彼は町を彷徨い爆発について話を聞いていくが、その末に辿り着いたのが町外れにある謎の建物であった。だが同じタイミングで実験を知ったギャングの一味が建物へ強襲、鞄入りの秘密兵器を強奪していってしまう。それが何故だか色々な出来事が重なり、秘密兵器は何とまあ青年の手にこそ渡ってしまった。事情を知らない彼は持ち主に鞄を返すため、町へと戻るのだが……

今作の背景にある時代は正に冷戦真っ只中、キューバ危機を2年後に控えた1960年である。西側ブロックにおいてキッスで殺せ!」などなど特にアメリカが抱えていた核の恐怖を描いた映画作品は数多いが、それに対し東側社会主義ブロックからこの恐怖を描く作品の存在は余り知られていない(そもそも東側は映画製作数が少なく、且つプロパガンダ映画ばっか作ってたからのもあるとは思うが)そんな中でルーマニアという社会主義国が作った核の時代のSFこそがこの“”という訳である。

とは言え本作はそんな恐怖などどこ吹く風とばかりの、滑稽なSFコメディだったりする。ギャング一味の秘密兵器強奪シーンはピンクパンサーも斯くやのコミカル潜入っぷりで、警備員との追っかけっこに至ると、いりくんだセット内を十数人の良い年したオッサンたちが表情を目まぐるしく変えながら走っていく。そんな様にはカートゥーンを実写に置き換えたようなワクワクが詰まっている。実際この監督Ion Popescu-Gopoは本業がアニメーターだったりする辺りかなり納得の作風であったりする。

という所からも分かる通り、今作は西側諸国の文化に濃厚なオマージュを捧げた快作であるとも言える。台詞を一切排して表情挙動だけで勝負する様にはチャップリンキートンなどサイレント時代の名俳優が容易く思い浮かぶし、ギャング団のボスの身なりなんかはもろアル・カポネ、当時の東側ブロックでは堕落の極み扱いだろうストリップ小屋のエロ踊りもここぞとばかりに表れる。更にアメリカ以外にも目を向けると異常に作り込まれた精緻なセットや人物がとにかく入り乱れる情報量の多さだったりには、明らかにジャック・タチの影響が伺える。それ故に当時のルーマニアでは良い顔をされず、ルーマニア映画史における異色作との評価を獲得するのはかなり後になってからのことである。

物語が進むにつれ、核の恐怖はそっちのけで甘いロマンスなんかは育まれていく。持ち主探しに町を行く青年だったが、彼は通りがかったバスで受付嬢をしている女性(Eugenia Balaure)と出会い一目惚れしてしまう。恋する青年の目には彼女が可憐な天使のように思え、その背中に生える羽根を挑発的に揺らす女性(背中で揺らすメルヘンな感じじゃなく、実際には自分の手でもぎ取って揺らします)を彼は追い続ける。女性も満更ではないようで2人の仲はどんどん近付いていくのだったが……

“S-a furat o bombă”はこのように、描いているのは核の恐怖だけではない。瑞々しいロマンスを描くかと思えば、意外とルーマニアの暗部へとも切り込んでいったりする。秘密兵器を製造するバケツ集団の存在はどこか不気味で、ルーマニアの当時の状況を考えればコミカルに描かれていようと彼らは秘密警察セクリターテ以外の何者でもないし、つまりはバケツ集団はゲオルギュ=デジ社会主義政権それ自体……というのはまあ言い過ぎかもだが、それっぽいことはそれっぽい。更に精緻に組み立てられた活気ある町のセットの裏には、かなりうらぶれたスラム地帯が広がっており、プロパガンダ映画では絶対に観られない類いのルーマニアが隠そうとする根深い貧困が露にされている。

とは言え後半からは監督のやりたいことが多すぎて、かなりとっ散らかっていく感は否めない。基盤となる核の脅威を反映した陰謀SFとサイレント時代の喜劇に、瑞々しいロマンスから秘密警察とギャング団の抗争劇が加わり、二つの勢力間の緊張が頂点に達した時とうとうの殴り合いが繰り広げられる間、何も知らないギャングのリーダーは妻とキュートでお茶目なダンスを踊っていて、その平行モンタージュが5分くらい続く。いくらやりたいことがあってもそこはちゃんと抑えよう?と突っ込みたくなる瞬間が何回かあるのだ。

だがそのとっちらかりぶりが“S-a furat o bombă”においてはオモチャ箱をひっくり返したような輝きを放つ抗いがたい魅力になっているというのも否めなかったりする。そんなおかしなおかしなSF映画がどこへ辿り着くかと言えば、きっと観客は誰も想像できないに違いない。秘密兵器が爆発して主人公たちごと町が消滅だとかそういう安易な結末では全くない。きっとハア?????ってなるだろう、ていうか少なくとも私はハア?????ってなった。しかし同時に、だからルーマニア映画を観るのは止められないんだなこれがとも思った訳である。

ルーマニア映画界を旅する
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