鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ

Lucian Pintilie&"Duminică la ora 6"/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
Lucian Pintilie&"Reconstituirea"/アクション、何で俺を殴ったんだよぉ、アクション、何で俺を……
Lucian Pintilie&"De ce trag clopotele, Mitică?"/死と生、対話と祝祭
Lucian Pintilie&"Balanța"/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
Lucian Pintilie&"O vară de neuitat"/あの美しかった夏、踏みにじられた夏
Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
Lucian Pintilie&"Dupa-amiaza unui torţionar"/晴れ渡る午後、ある拷問者の告白
ルチアン・ピンティリエの作品群についてはこちら参照。

1965年の“Duminică la ora 6”から約40年ものキャリアがありながら、ルチアン・ピンティリエが手掛けた長編作品はたった9本という少なさだ。いつの時代も揺るぐことのなかった反体制的な姿勢が、彼をそんな寡作の映画作家にしたことは疑いなく、翻って彼がルーマニア映画界において大きな存在であるかを饒舌に語っているといえるだろう。さて名残惜しいが、今回はそんなピンティリエの現時点での最終長編である2003年製作の“Niki Ardelean, colonel în rezelva”を紹介していくとしよう。

かつては誉れ高い軍人であったニキ・アルデレアン(「日本からの贈り物」ヴィクトル・レベンジュク)の栄光も、今はどこへ消えてしまったのだろう。チャウシェスク政権が崩壊してから十余年、軍を退役して数年、彼の暮らしは全くわびしいものとなってしまった。妻のプシャ(Coca Bloos)は病を患って久しく、ルーマニアの現状に嫌気がさした娘のアンジェラ("Terminus paradis"Doina Chiriac)は夫のエウジェン(「日本からの贈り物」シェルバン・パヴル)と共にアメリカ移住を計画中、更に息子ミハイが洗濯機を修理中に感電死してしまう。一体全体、ニキ・アルデレアンの栄光はどこへ行ってしまったのか!

今作は社会主義体制から民主主義体制へと移行する過渡期のルーマニアを舞台としたブラックコメディと言えるだろう。この国は忌まわしい過去から新たなスタートを切り、色々と問題を抱えながらも確かに少しずつ変わっては来ている。だがこの変化にニキは付いていけずにいる。以前は西欧を目の敵にしながら今ではアメリカ最高!と祭り上げる価値観の変化、この国家を守ってきた軍隊に対する尊敬の欠如、何もかもが彼には耐えられない。そんな中でアンジェラがアメリカへの移住を決め、親なので一応のサポートはしながら、内心忸怩たる思いに苛まれる。旅費のため運ばれていく家具を見つめながら、ニキの心には怒りが募っていく。

更に厄介なのがニキの向かいにあるアパートに住むエウジェンの父親、つまりはアンジェラの義父であるフロリアン("Balanța"ラズヴァン・ヴァシレスク)の存在だ。動画撮影と占星術が趣味のフロリアンはニキとは真逆に変わりゆく時代を軽々乗りこなしていき、アメリカへ移住する息子たちへのサポートを全く惜しまない。ニキたちに対しても葬式の時などには真っ先に駆けつけるなど、変人な一面もあるが人辺りのいい性格をしていた。が、ニキにはそれが気に喰わない訳である。時間が経つにつれフロリアンの方がアンジェラに父親らしいことしてあげてるじゃあないか、つまりは自分の立ち位置が奪われていくような恐怖にニキは苛まれていく。

その恐怖は時代に取り残される恐怖と重なりあう訳だが、この大いなる恐怖を体現するのがピンティリエ作品常連のラズヴァン・ヴァシレスクだ。出る映画全てで鮮烈な印象を残す彼だが、今回はコメディ演技全開で生き生きとした変人ぶりが堪能できる。言葉の機銃掃射によってニキを追いつめたかと思うと、唐突にお風呂場で脳天を打ちつけ頭血まみれで叫びまくる。本筋からは逸脱した過剰さという、つまりはピンティリエ作品の欠かせない要素を彼は全身で担っていく。

そしてニキとフロリアンの対立関係は、ルーマニアの歴史や情勢へとも拡大していく。1948年8月23日、この日は当時の国家元首であったイオン・アントネスクが逮捕され、社会主義政権への幕が切って落とされた宮廷クーデターの記念日であり、ルーマニア軍に所属していたニキにとってはとても重要な日にちとなっている故、当然彼は軍の偉業を称えようとする。その一方フロリアンは軍隊なんかクソだ、お前はもっと歴史書を読めと罵詈雑言をブチ撒け、歴史解釈の面で2人は一触即発の状況にまで陥ることとなる。

更にここからアメリカ合衆国という巨大国家が更に存在感を放ち始める訳である。チャウシェスク政権初期を除いて、ルーマニア社会主義政権にとっては敵側であったアメリカだが、今じゃ誰もが“アメリカは最高、少なくともこの国よりは良い生活が出来る!”と崇めている。こうして自分の娘を含めルーマニア人たちが続々とアメリカへ行く現状が、ニキにとって面白い訳がないのだ。そんな中で誕生日パーティーでミッキーマウスの扮装を強要されることは何を意味するのか。ピンティリエはここにルーマニアアメリカに対する捻れた羨望と鬱屈を映し出し、更に猛烈な毒を叩き込んでいく。

今作の脚本を執筆したのはラズヴァン・ラドゥレスククリスティ・プイウ、つまり“ルーマニアの新たなる波”を支える脚本家と監督がここにおいて並び立っている訳である。ラドゥレスクは今作を踏み台に“Hârtia va fi albastră”「不倫期限」などのラドゥ・ムンテアン作品、日本でも公開されたベルリン金熊賞受賞作「私の、息子」を手掛けルーマニアどころか世界に2人といない俊英脚本家としての地位を磐石のものとする。プイウは今作の2年前に長編デビュー作“Marfa și banii”を作り上げ“ルーマニアの新たなる波”をスタートさせ、もはや説明不要の現代ルーマニア映画界の巨人となる。そんな若い才能が揃い踏みの今作には、既に天才たちの片鱗が見え隠れしている。“チャウシェスク政権崩壊からルーマニアでは何が変わったか、もしくは何が変わらなかったか?”というラドゥレスク作品全てに共通する問いは、この作品にもやはり通底している。更に今作冒頭の葬式場面はその猥雑さから混沌ぶりまで、驚くことにプイウの最新長編「シエラネバダと雰囲気を共有している。ここが「シエラネバダの始まりの地であったといえども過言ではないだろう。

それでも“Niki Ardelean, colonel în rezelva”において最も印象的なのはニキを演じるヴィクトル・レベンジュクを措いて他には居ない。レベンジュクは“De ce trag clepotele, Mitică?”からピンティリエ作品の常連(つまりヴァシレスクよりも長い付き合いだ)であり、20年越しに再び主演へと返り咲いた彼はここで素晴らしい演技を見せてくれる。民主主義社会で苦渋を舐め続ける中で社会主義政権への危険な郷愁を深め、娘を奪ったアメリカという国への憎しみを深め、不気味な民族主義思想を内に秘めながらニキは10月23日を迎える。この日が何の日かあなたは知っているだろうか、10月23日はルーマニア軍記念日である。

さて、冒頭において“Niki Ardelean, colonel în rezelva”はピンティリエにとって最終長編と記したが、それはこれが彼にとっての最後の作品というのを意味している訳ではない。本当の意味で現時点での最後の作品は2006年に製作した短編作品“Tertium non datur”なのである。ということで最後の最後にこの短編をレビューしていくことにしよう。今作の舞台は第2次大戦末期、ウクライナステップ地帯に駐屯するルーマニア軍は、打ち捨てられた学校を基地として戦争の終りを待ち続けていた。

そんな状況で突如現れたのは2人のドイツ軍幹部であった。ルーマニア人兵士たちが2人を恭しく迎い入れるや否や、若く容姿端麗な“少佐”(「フィクサートゥドール・イストドル)が懐からある物を取り出す。それはオーロクスという絶滅した動物の描かれた切手だった。この動物はルーマニアオスマン帝国からの解放を象徴する存在であり、この切手もまたルーマニアにおいて誉れだかく貴重なものであると彼は語る。ドイツやリトアニアエチオピアの王族の血を引く彼はルーマニアの血をも継ぐ人物で、その血のため数枚と存在しない切手を求め、ヨーロッパ全土を渡り歩いたのだという……つまりは他ならぬルーマニア人たちにこの偉業を見せびらかすために少佐はここに来た訳だが、食事の最中この切手が忽然と姿を消してしまう。

39分という短さの本作だが、ここには確かにピンティリエの刻印が刻まれている。ソ連やドイツなど様々な国々に翻弄されてきた歴史、ヨーロッパにおいて必然的に交わる言葉や血、それでも人々に巣喰う差別心、この荒波の中で生き抜くために培われたルーマニア印の精神と戦略、国という枠を越えて共有される人間存在のアホさ加減、それらが狭苦しい部屋の中で激しく渦を巻き、狂騒へと至る。その様は正にルーマニアの歴史を鋭く見据えてきたルチアン・ピンティリエ的な作品としか言い様がない。今作から11年の時が経ち現在83歳のピンティリエ、彼が新作を作る時はこの先来るのだろうか? 希望が余りなくとも、私はずっと待っていたいとそう思っている。

ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その11 ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない
その12 ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り
その13 クリスティ・プイウ&"Aurora"/ある平凡な殺人者についての記録
その14 Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
その15 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その16 Paul Negoescu&"Două lozuri"/町が朽ち お金は無くなり 年も取り
その17 Lucian Pintilie&"Duminică la ora 6"/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
その18 Mircea Daneliuc&"Croaziera"/若者たちよ、ドナウ川で輝け!
その19 Lucian Pintilie&"Reconstituirea"/アクション、何で俺を殴ったんだよぉ、アクション、何で俺を……
その20 Lucian Pintilie&"De ce trag clopotele, Mitică?"/死と生、対話と祝祭
その21 Lucian Pintilie&"Balanța"/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
その22 Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
その23 Lucian Pintilie&"O vară de neuitat"/あの美しかった夏、踏みにじられた夏
その24 Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
その26 Lucian Pintilie&"Dupa-amiaza unui torţionar"/晴れ渡る午後、ある拷問者の告白