鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気

このブログでは、マンブルコアというゼロ年代アメリカで隆盛を誇った潮流を一気に振り返ってきた。その過程でジョー・スワンバーアンドリュー・ブジャルスキデュプラス兄弟リン・シェルトンアーロン・カッツなどこの潮流の中心作家を紹介してきた訳だが実は1人、ここで全く紹介はしてこなかったが頗る重要な映画作家がまだ居たのである。ということで今回はマンブルコア最後の重鎮フランク・V・ロスと彼の出世作“Quietly on By”を紹介していこう。

フランク・V・ロス Frank V. Rossイリノイ州シカゴに生まれた。子供の頃から何かを作ることが好きで、将来の夢は科学者かエンジニアになることだったという。学生時代に今後映画製作を共にすることとなる親友のAnthony J. Bakerと出会い交流を深める。高校卒業後に彼と脚本を書き始め、ジュニアカレッジに通う傍ら、映画作りを続けていたが、その末に彼が完成させた初長編が"Oh! My Dear Desire"(2003)だった。とある若者たちの姿を群像劇として描き出した今作は、アトランタ映画祭で作品賞を獲得するなど話題になる。そして2005年には彼にとっての出世作である第2長編"Quietly on By"を完成させる。

この物語の主人公アーロン(Anthony J. Baker)は全く典型的なマンブルコア的主人公と言える存在だ。20代半ばながら全くの無職、ちょっと前までは花屋で働いていたが花粉アレルギーが発覚して辞めざるを得ず、そのままズルズル無意味に日々を浪費している。実家暮らしな彼は口うるさい母親デニーズ(Denise Blank)に性格最悪で且つ盗癖持ちな妹エリン(Jennifer Knox)と一緒に暮らしている訳だが、そんな中で彼の心にはどんどん淀んだカスが溜まっていく。

観客はそんなクソニートがニート生活を満喫する姿を眺めさせられる。彼は友人であるエリックやサラ(Lonnie Phillips & Danielle Ostrowski)を家へ招いて、無駄にだだっ広い庭に突っ立ってる巨木に縄でタイヤを繋いで、ブランコみたいにして遊びまくったりする。それはそれは無邪気で間抜けで楽しそうなのだが、夜になってそれを見ていたデニーズがアーロンが職探しもしないことを叱責に叱責しまくる。声を張り上げる母親に対して、俺は仕事したくないんだよ、今はそんな話したくないんだよ、そう吃りながら母親に喰ってかかる場面は異様な緊張感に満ちていて観ているこっちまで死にたくなる程だ。

今作の演出は主人公の設定と同じく、マンブルコアの権化というべき代物となっている。まず音響が頗る酷い。録音装置が安っぽいからか、常時背景に雨が降りしきるような音が聞こえ、そのせいで生活音や俳優の声がボヤけてしょうがない。その上であるキャラが喋ってる傍らでまた別のキャラが他人と喋っているという状況が多い故に、会話が混線状態で何が何だか訳が分からなくなる。ビデオ撮影のクオリティもウンザリする程ヤバい。画質が余りにも悪くて常時ブロックノイズが画面を支配し、カメラの揺れも素人か!というほど揺れ続けいい加減嫌になってくる。正に典型的なマンブルコア映画という訳である。

そうして物語が進んでいく中で、アーロンはサラから友人が死んだとの報せを受ける。とは言えもう彼の名字すら覚えていない関係性だったので、サラたちと共に彼の弔いパーティーへダラダラと向かったのだが、そこにいたのが2ヶ月前に自分をフリやがった元恋人ヴィッキー(Debi Hulka)と彼女の現恋人マイク(ロス監督が兼任)だった。彼らが仲睦まじげな様子を苦い目で見つめるうち、心に溜まっていたカスが腐食し始め、アーロンはどんどん追い込まれていく。

先に今作は典型的なマンブルコア映画と書いたが、ロスの技術は他のマンブルコア作家から頭1つ抜けていると言っていいだろう。例えばアーロンとマイクの会話シーン、マイクが酒を片手に余裕たっぷりとばかりに自分について話す一方、ヴィッキーへの未練を絶ちきれないアーロンは心ここにあらずとばかり顔面に焦燥感を露にする。そんな2人の表情が神経質なまでの早さで切り返される様は、アーロンの心をこれでもかと観客の瞳に突き刺してくる。そして彼はある時ヴィッキーに電話までかけてしまうのだが、部屋内を忙しなくウロウロする彼の傍らにはあの幸せだった頃の2人がソファーに横たわっている。過去と現実が不穏に混じりあうシークエンスは酷く惨めで、観る者はどんどんアーロンの混乱に絡め取られていく。監督のこういった手捌きは全く絶妙なものだ。

その意味で、例えばスワンバーグやブジャルスキは予算も何もないが故にこのマンブルコア的な演出へと辿り着いたという印象なのだが、ロスの場合はそれ以上に自分でこの演出を選びとっているという印象を受けるのだ。そしてアーロンの元恋人への執着は日増しに悪化していくのだが、ある時彼はヴィッキーの家へ遊びに行くこととなる。電話攻撃に疲れ果てた彼女の苦肉の策な訳だが、もちろんマイク同伴である。監督は舞い上がるアーロンの姿とその裏側で彼を嘲笑うヴィッキーたちの姿を同時に捉えていくのだが、ここで生まれる厭な空気感を彼はマンブルコアの欠点とも言うべき演出の数々でむしろ増幅させていく。アーロンの自意識が肥大するにつれ、デジタルカメラの異様なブレ具合や編集のガチャガチャ具合が増していき、それはパラノイア的な思考へと直結していく。雑すぎる音響は暴力的なまでの荒々しさでアーロンと私たちを襲い、車の騒音に、足音に、笑い声に死の予感を宿していくのだ。

そんな歪みゆく世界の中で印象的なのはアーロンの妹であるエリンの姿だ。盗癖持ちのエリンは事あるごとにアーロンが貯めた金を盗みまくって彼にブチ切れられる。だがエリンの場合は少し様子が違うのだ。物語が進むにつれて、彼女は実家という閉じられた世界から抜け出し、自分の人生を歩もうと努力を始める。その姿はある意味でこの惨めな映画において清涼剤としての役割を果たし、物語を豊かなものとしていく。

だがエリンとは対照的にアーロンは妄執の深部へとどんどん堕ちていく。いわゆる初期のマンブルコア映画は緩やかな関係性の中にある生温い世界を描いてきたが、ロス監督が“Quietly on By”によって描こうとするのは自意識の荒涼たる焦土だ。閉じられた世界から抜け出せないまま、半径数m分ほどの小さな、だからこそ濃縮された狂気に苛まれる男の姿には、関係性がもたらすドス黒い闇が宿っている。

参考文献
http://www.efilmcritic.com/feature.php?feature=2409(監督インタビュー)

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで