鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって

フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
フランク・V・ロスの監督作はこちら参照。

映画監督には大きく分けて2つのタイプがいる。まずは自分の人生と自分の作品を切り離すタイプ、もう1つが人生と作品が地続きになっているタイプだ。ではマンブルコアの作家にはどちらが多いかと言えば、閉じられた世界で映画を製作しているというその性質上後者が多い、かと思いきや実際には前者の方が多い。環境は閉じられていても、彼らの作家性は内ではなくもっと外を向いている。ブジャルスキやカッツの現在、更にアダム・ウィンガードタイ・ウェストなどマンブルゴア作家まで目を向ければそれは明らかだ。

しかしイメージとして後者が思い浮かぶのは何をおいてもジョー・スワンバーの存在があるからだろう。彼はマンブルコアというか米インディー映画界においても図抜けて映画に自分の人生を注ぎ込むタイプの作家だ。大学卒業後の鬱屈、グレタ・ガーウィグとの嵐の日々、クリスとの結婚と子育てを通じて抱え込むことになる不満、彼女や友人たちとの関係性を維持していくことの難しさ、そういったものが手を変え品を変え作品に昇華されていく様は正に圧巻だ。それについては私の書いたジョー・スワンバーグ・レトロスペクティブ記事を参考にして欲しいが、彼と共にマンブルコアでも数少ない後者に属するのがフランク・V・ロスだ。第2長編“Quietly on By”は実家に住んでいざるを得なかった彼の焦燥を、第3長編“Hohokam”は当時の彼女と関係を続けることの難しさを叩きつけた、自分の人生をそのまま反映した作品だった。そして彼は関係を続ける中で"もし自分が彼女を妊娠させてしまったら?"という問いに至ることとなる。これが2008年製作の第4長編“Present Company”へと繋がっていく。

20代のカップルであるバディとクリスティ(ロス本人&Tamara Fana)の日々は暗澹としたものだ。2人の住まいはクリスティの実家の狭苦しい地下室、そこで息子のマイキーを何とか育てている状況だ。バディは配管工見習いとして、クリスティはウェイトレスとして必死に働いているが、生活はいっこうに良くならないまま、何かが失われていく感覚に苛まれ続ける。

“Present Company”で描かれる家族の日常は、何とも生々しく惨めなものだ。バディは子育てに余り関心を持たず、一度仕事が終わればクリスティの約束も守らずに友人カップルのジェスとベンジャミン(Lonnie PhillipsAllison Latta)たちとお遊びにかまけている。クリスティはそんな彼に不満タラタラで、マイキーは可愛いがそれだけでは覆い隠せない疲労感を抱いてもいる。そして家族皆が地下室に集まった時、団欒が始まるかと思えば、むしろ逆に互いへの不信感が緊張となってピアノ線のように張り詰めていくこととなる。それがまた、相変わらずの画質最悪&ブレブレ撮影や地下室という空間の性質も相まって、この閉塞感がこれでもかと観客に迫ってくるのだからエグい。

そして今回ロス監督は初めて自身の作品で主役を演じているのだが、これが清々しいほどのクソ野郎だ。彼らはまた別の友人カップルであるアーチボルド&ニキータ(お馴染みジョー・スワンバー&クリス・スワンバー)とドライブに出掛けるのだが、バディは車内で流れる音楽が気に入らず“音楽を消してくれ!”と訴える。最初は皆ジョークだと思い軽くいなすのだが、バディはマジにキレ始め、とうとう走行中にドアを開け“自殺するぞ!”と叫びまくる。音楽は止まり車中の空気は台無しだが、バディは満足げに胸を張る。アーチボルドはそんな彼を“自分の思い通りにならないと泣きまくる赤ちゃん”と形容するが、正にバディはそんな人物だ。普段はヘラヘラしながら、少しでも嫌な状況に追いこまれると、その責任をクリスティたちに擦りつけ、自分は被害者だと主張する。そんな彼に子育てができるかって、まあ……

今作はある意味で“Hokokam”の続編的な立ち位置にいると言えるかもしれない。なあなあの生活を続けていたあのカップルに突然子供が出来て、結婚には踏み切れないままにそのまま子供を産んで育てて、しかし金もないので両親に世話にならざるを得ない状況となり今に至る、という成り行きだ。そして前作の時点で事態は結構悪かったが、今作はもっと悪い。不遇に揉まれる中であの頃にはあった愛が無惨に掻き消え、カップルの心に残っているのは幸せだった時代の出涸らしだけのようだ。かといって子供を育てる必要があるので、別れる訳にもいかない。それ以上に1つの関係性に埋没しすぎて、つまり愛しているのに傷つけあう関係性が、離れられないまま傷つけあう不健康なものと化してまっている。それを知りながら、彼らは地下室の中から逃げることが出来ないでいる。

そんな中で2人の前に自分の人生を変えるかもしれない存在が現れる。ある日クリスティはスーパーで高校時代の友人クレイグ(これまたお馴染みAnthony J. Baker)と再会する。話が盛り上がり、飲みに誘われた彼女は高揚感を胸に彼の元へと会いにいく。一方でバディはジェスたちを通じてサム(Sasha Gioppo)という女性に出会う。2人はかなり気が合うらしく、サムはバディにアプローチをかけてくる。鼻の下を伸ばすバディは自分が同棲している&子供がいることを隠して、彼女の家へと遊びにいくのだったが……

“Present Company”は若くして“自分の人生こんなはずじゃなかった……”という思いから逃れられない若者たちの姿を描き出した痛烈な一作だ。地下室での息苦しい人生に妥協するのか、地下室の中を飛び出していくのか、出会いによってバディたちは選択を迫られることとなる。だが本当に選択肢はそれしかないのだろうか? 終盤において監督はこう問いかける。そして絶望感を越えるための答えの1つがバディの行動には宿っているのだろう。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって