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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……

フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
フランク・V・ロスの監督作はこちら参照。

愛する人と一緒に暮らす、ある意味で夢のようであり、ある意味で悪夢のような体験だ。愛する人と住む場所を共有するということはいつだって彼らに会えるということだ。嬉しい時も悲しい時も愛する人が側にいて、その気持ちを分かち合うことが出来る。だが余りにも近すぎる関係は、必ず衝突を呼ぶだろう。愛だけでは乗り切れない現実的な問題の数々を、関係性という奴は不可避的に宿しているのだから。ということで今回はそんな問題の数々を映し出す、フランク・V・ロス監督による第6長編Tiger Tail in Blue”を紹介していこう。

20代も半ばのクリスとメロディ(ロス監督&Rebecca Spence)は結婚したばかりのカップルだ。初々しい高揚感に浸りながら彼らは幸せを噛み締めているが、1つだけ問題があった。クリスは朝に小説を執筆し夜にカフェでバイトをしている、そしてメロディは学校の先生として働き夜に家に帰ってくる、つまり生活リズムが合わないのだ。それでも2人は困難をやり過ごしながら日々を共に生きていこうとする。

Tiger Tail in Blue”は今までのロス作品の中で最も親密な作品と言えるかもしれない。クリスたちが洗面所で他愛ないお喋りを繰り広げる様や、仕事が終わって先にソファーで寝てしまったメロディにクリスがキスをするなんて場面なんか酷く愛おしくて堪らない。Mike Gibisserによる撮影は手振れを伴いながら前作よりも更に洗練され、ドキュメンタリー的な感触によって彼らの間に満ちる心地よい空気感が画面から匂いたってくるのを直に感じられるほどだ。“Present Company”のあの凄まじいギスギスさは何処へやらである。

しかし物語が進むにつれ、一緒に暮らす故の齟齬が2人の関係性にヒビを入れていく。例えば実際に彼らが顔を合わせられるのは夜と朝の少しの時間だけだということ。ちょっと喋ってキスしたら時間切れというスレ違いの日々は、自分たちで決めた道ではありながら、これで一緒に住んでる意味あるの?という疑問を否応なく抱かせてしまう。そしてもう1つの問題がお金についてだ。メロディが家計を支える一方、クリスも一応は稼いでいるがその額は明らかに少なく且つ不安定だ。家のローンもあるので、メロディはお金にシビアであらざるを得ず、その圧力がクリスを押し潰し喧嘩が始まってしまう。家計の苦しさ×男女の性的規範に縛られる故の苦しみというダブルパンチはどんな愛に対しても容赦がない訳だ。

こういった風にロスは夫婦の生活に密着していく。その上で彼はメロディが中学校で生徒と戯れる姿、クリスがウェイターとして働く姿を割合多く捉えていく。これについてロスはこんな言葉を残している。“(仕事の場面が多いのは)私たちの時間の殆どは仕事に費やされるからです。私たちはいつだって別のどこかにいる必要がある、毎日毎日仕事に行かなくちゃしょうがない訳です。それが仕事という奴なんですよ、それが生きることであり、世界についていくためのやり方なんです。ですが私たちの不満の大本でもある。だから人生の大きな瞬間みたいな物は描くまいとしました(中略)規則正しく起きてトイレでウンコをする、そういう事象が1日を形作るんですから”

そんな中でクリスが出会うのはブランディ(Rachel Spence)という女性だ。ブランディはカフェの同僚なのだが、お節介焼きでお喋りな彼女とクリスは気が合うらしく、会うたび冗談に愚痴にと会話に花を咲かせることとなる。そして結婚生活の不満の中でクリスは彼女にどんどん惹かれていく……のだが、何か違和感にも気づくはずだ。メロディと朝に別れた後、カフェに行くとブランディがいる訳だが、2人の顔が全く同じなのだ。それも当然で、彼女たちを演じるのが同じ俳優だからである。

ロス監督はマンブルコアの中でも語り方に意識的な作家とは何度も記しているが、この作品は数ある作品で最も野心的な作品とも言えるだろう。シークエンスの反復や1人2役などの技巧を駆使して、彼は関係性が宿す難儀な真実を抉りだそうとする。特に後者においては、人が愛を認識することの幻のような曖昧さが奇妙な形で捉えられていく。前作から顕著だが彼の作風はウディ・アレンを志向すると共に、多様な語りで観客を翻弄するホン・サンス作品へも肉薄していっていることが分かるだろう。

今作ではロス作品にとって欠かせないジャズミュージック(今回は前作から続投のジョン・メデスキ)も、更に印象的に響いていく。ある時クリスとメロディは公園に赴き、雪ソリ遊びを楽しむ。この勾配とか絶対無理っしょ、いや行けるよ行けるってなんて会話しながら遊ぶ場面は微笑ましいことこの上ないが、ここに紫煙が闇にくゆるようなジャズが重なることで、喜びの裏側にある哀感が露になる。この生活は確かに楽しいんだけど、何故だかどこかシックリ来ないんだよ、そんな溜め息混じりのメランコリックな囁きがこの耳にまで届いてくるようなのだ。

この一抹の侘しさというものを、ロス監督はまた俳優としても繊細に捉えていく。彼の幼い顔立ちは大人になりきれない心を言葉もなしに完璧に語る一方で、表情がフラつく時にきざす影は関係性に白黒つけられない曖昧さをも饒舌に語っている。メロディとブランディ、全く同じ顔をした2人の女性の間で揺れ動くその姿は滑稽ながらも、幸せを掴みきれない男のもどかしさが滲み渡っている。そして幻想がフッとほどける時、彼の元にやってくる愛は……

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分