鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを

空港、絶え間なく人々が行き交う場所、様々な人生が交錯する場所。ここから新たな場所へと飛びたつ者がいれば、遥かな旅の末にここへと戻ってくる者がいる。そんな特別な場所ゆえに、空港を舞台とした作品はスティーヴン・スピルバーグ「ターミナル」パリ空港の人々など枚挙に暇がない。今回紹介するのは、パリ第2の玄関口オルリー空港を舞台に紡がれる人生を描く、ベルリン派の旗手アンゲラ・シャーネレク監督作"Orly"だ。

ジュリエット(「デッドリンガー」ナターシャ・レニエ)という女性はカナダのモントリオールへ向かうため飛行機を待つ途中だった。そんな時、ある男が彼女に話しかける。暇を持て余した者同士の他愛ない会話の後、ジュリエットはその場を去る。だが別の場所で飛行機の到着を待ちわびていた時、再び彼女は男と巡り合う。その男ヴァンサン(「汚辱 墜ちた刑事」ブリュノ・トデスキーニ)は問いかける、さっき着てたコートはどうしたんですか?その頃、空港のフードコートでは青年と中年女性(Mireille Perrier&Emile Berling)が食事をしている。息子と母親の関係にあるらしい彼らの間には、ぎこちない空気が漂っている。息子は何処か虫の居所が悪い一方で、母親は咳をするなど具合が悪いらしい。そんな親子は朴訥にだが言葉を交わし合い、時間は静かに過ぎていく。

今作は一応空港を舞台とした群像劇ということが出来るだろう。上述した4人に加えて空港に勤める人々、ドイツ人である若いカップル(Jirka Zett&Lina Falkner)、愛した男を探して空港内を彷徨い続ける女性(Maren Eggert)など物語には様々な人物が登場することとなる。だが複数の登場人物の人生が交わっていく故の興奮や驚きなどは、今作からは意図的に排されている。逆に監督はそういった技巧によって失われていく何かを捉えようとしていく。

この物語で描かれるのは、誰かと誰かが交わす何気ない会話の数々だ。コートなしじゃモントリオールは寒すぎる、いつだか息子がプールで溺れたことがある、昔あなたが大事にしてた自転車ってどうしたの、あの赤ちゃんの写真撮って欲しい……そんな一度口から出てしまった後には、それを言われた者も、それを言った者自身も数分後には話題になったことを忘れ、空気の中に掻き消えてしまうような言葉が物語において紡がれていく、たぶん私たちもどこかで話したことがあるような言葉が。

撮影監督のReinhold Vorschneiderはそうして会話をする人々の姿を、何のてらいもなく真正面から映し出していく。それは本当に淡々とした撮影であり、ただ目前を撮すだけの長回しが数分続くこともザラだ。彼の撮影には虚飾というべき技巧が殆んど存在しないが、1つだけ特徴的なのがカメラと被写体の距離感だ。2つにはとても微妙な距離がある、遠い訳ではないが近い訳でもないが確かに存在している。そんな映像を見ながら目に入るのは登場人物たちと、そして空港を行き交う人々の姿だ。遠くで遊ぶ子供に視線を向ける中年女性、ジュリエットの“Mérde!”という言葉に驚く男性、トレイを片付けるウェイター。そこで私たちはあることに気づく筈だ。カメラは登場人物を撮しているというより、空港という空間を撮しているのだということに。

その意味でこの映画に主人公というべき存在はいない。ジュリエットたちも監督たちが見据える先に彼女たちが偶然いたまでであり、空港を行き交う者の1人でしかないのだ。それでもカメラが風景を切り取る中で、監督が人々の心に近づく瞬間が存在する。ジュリエットがジュリエットである理由、あの親子が親子である理由がフッと浮かび上がる瞬間が確かにあるのだ。その切ないまでの煌めきをシャーネレクは静かにすくい取り、画面に滲ませていく。そして彼ら1人1人の煌めきは、誰もがこの“人生”の主人公で有り得るのだと語る。

だが物語の根底にもっと深い侘しさのような感覚が存在している。空港は終の住み処にもゴール地点にもならない、どこか違う場所へ行くための通過点でしかないだろう。ここでは全てが過ぎ去っていく。人々も、時間も、芽吹いた愛も、胸を指す痛みも、それぞれの人生も、何もかもがここを過ぎ去り別の場所へと旅立っていく。その大いなる流れは止めることが出来ない、喜びと切なさの入り交じる流れを止めてはならない。それでも誰もが予想し得なかった偶然に導かれオーリー空港という場所に集った人々の、この一瞬にしか存在し得ない輝きを捉えた映画こそが“Orly”なのだ。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
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その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
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その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
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その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
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