鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩

2007年、ジョシュ・サフディが長編作品の計画を立てていた頃、彼らは友人の映画作家Casey Neistatを通じてある人物と出会うこととなる。実業家であるその人物アンディ・スペード映画作家に自身の会社の広告を手掛けてもらう代わりに、映画製作のサポートをするという活動を長年続けていたのだ。その中には「20thセンチュリー・ウーマン」マイク・ミルズなどもいたが、サフディ兄弟はこのグループに仲間入りすることとなった訳である。

作品の計画が捗らない一方でジョシュアは広告製作を楽しんでいたのだが、ある時CMのアイデアとして"孤独な女性が誰かの所持品を盗むことで、人格までも変えていく"という物語を思いつく。この構想を地盤として、彼は企画倒れに終わった作品"Yeah, Get on My Shoulders"で主演になる筈だった俳優エレノア・ヘンドリックス Eleonore Hendricksと共に脚本を練り上げていく。そして完成した脚本を元にして、サフディ兄弟は彼らにとって初の長編である"The Pleasure of Being Robbed"を作り上げる。

今作の主人公はエレノア(エレノア・ヘンドリックス)という名の少女だ。彼女の日々は危険と自由に満ちている。ニューヨークの雑踏、彼女はその中に獲物を見つけると華麗な手捌きでバッグや財布を盗み出していき、更にホテルでは身なりの良い宿泊客から荷物を奪い去っていく。これが彼女の仕事であり、彼女の生きる術なのである。

物語はそんなエレノアの姿を通じて、ニューヨークという街それ自体に根づく生活を描き出そうとする意欲作だ。監督と撮影担当のBrett Jutkiewiczは常に揺れ動く手振れカメラによってその街並みを映し出していく。様々な身なりをした様々な文化を背景に持つ人々が行き交う路地に、騒音と排気ガスをこれでもかと吐き出す車に犇めく交差点、そういった物の数々が震える16mmの粒子に浮かび上がる様には、あの遥かな街の噎せ返る空気までもが立ち上がってくる。

そして物語には、主人公も含めて正にニューヨーク的としか言い様のない人々も多く登場する。“美人さんおはよう!イケメンおはよう!”と道行く人々に声をかける“バットマン”という名のアフリカ系男性の姿は笑いを誘うし、何食わぬ顔でスーパーのビニール袋にリードをつけて散歩する男にはそこはかとない狂気を感じたりする。夜には下手くそなトランペットを臆面もなく響かせる人物もいるが、彼が奏でる拙い音色は聞く者の孤独に染み渡るような響きを伴っている。そんなある日、エレノアは盗み出したバッグの中に車の鍵を見つけ出す。気まぐれに通りを練り歩きながら車を探しだそうとする彼女はジョシュ(ジョシュが兼任)という青年と出会う。彼の助けを借りてボルボを盗み出すことに成功したエレノアは、運転の仕方をジョシュから学びながら、夜のニューヨークへと走り出す。

例えばタクシードライバーにおいて端正な映像に浮かび上がるネオンの街並みに観客は何度も息を呑んだだろうが、この作品が撮しとるネオンの夜もまた瞳に宝石の輝きを散りばめるような美しさを誇っている。エレノアとジョシュが一夜の出会いに他愛ない言葉を重ねるうち、車内には絵の具が水の中に広がるようにネオンが彩りを広げ始める。グリーン、ピンク、ブルー、色彩が車を満たしエレノアたちを染め上げる様は頗る幻想的だ。それでいて輝きは心地よさのみを提供する訳ではない。道路を駆け抜ける車の群れ、ヘッドランプは白で闇を塗り潰しながらも、その輝きはまるで亡霊のごとく揺れ動き、私たちとエレノアを何処かへと導いていく。

こうしてサフディ兄弟はニューヨークの様々な側面を観客に魅せていくが、それは彼らがこの町に深く根を下ろしていることの他でもない証左だ。建物の間から吹いてくる温い風、夜を満たす極彩色のネオン、冬の訪れを伝える細かな雪の粒、その1つ1つに根差した空気感を彼らは余すところなく画面に刻みつけていく。そしてそこには余裕すら感じさせるユーモアやこの大都会に住むゆえの孤独もまた同居しているのだ。そんな色とりどりの情感によって今作は重層的な深みを獲得していく。

その核となる存在がエレノアという人物だ。無邪気にニューヨークの雑踏を駆け抜け、まるで呼吸をするように財布やバッグを盗み取りながら日々を軽やかに生きていく。何か罪を犯すにしろ少しも反省の色など見せる訳もない飄々さはある人には魅力的に見え、ある人には最悪の態度に見える類いのものだ。しかし取り敢えずはそう形容できても、実際そんな決めつけをエレノアはいとも容易く蹴りあげていく。そしてまるで木々の間を駆け抜ける妖精さながら、ニューヨークを走り抜ける彼女の自由で無邪気な疾走に、サフディ兄弟は自分が生きてきた街への大いなる愛を託すのだ。

さて、ここでは便宜上“The Pleasure of Being Robbed”の監督をサフディ兄弟と記していたが、正確に言うと今作の監督はジョシュ一人の名義になっている。ベニーもガッツリ関わってはいたが監督としてクレジットはされていない。がこの年逆に、ベニーが個人で監督を務めた短編作品が作られている。そんな一作“The Acquaintances of a Lonely John”の主人公はジョン(ベニーが兼任)という青年、ある朝彼が起きると何とエアコンの中に鳩が紛れ込んでいるのに気づく。彼は鳩と友達になり、その嬉しさをもう1人の、少し前には唯一だった友人フィラス(Firas Al-Ramahi)に伝えようとガソリンスタンドへ赴く。そうしてジョンの何となく笑えて、そこはかとなく侘しい1日が描き出されていくのだが、表面的な猥雑さの奥から、人生の悲哀が滲んでくる様は兄弟両者に共通するが、“The Ralph Handel Story”といいこの悲哀に笑いが絡んでくるのはベニーの作品に特徴的なのかもしれない。

そしてサフディ兄弟はこの2作である快挙を達成する。2作が揃ってカンヌ国際映画祭の監督週間に選出されたのだ。例えばダルデンヌ兄弟コーエン兄弟など監督クレジットを共にした作品が出品されるのは珍しいことではないが、兄弟が別々の作品で共にカンヌ入りしたというのは彼らが初めてという訳である。こう見るとキャリア初期から彼らとカンヌの繋がりは密なものであり、彼らの長編が5作目にしてコンペ入りしたことも不思議でもなんでもないのだ。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独