鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

はてなダイアリーのサービスが終了ということで、はてなブログで鉄腸野郎Z-SQUAD!改め鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!へ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。

スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと

さて、久しぶりの文芸エロ映画である。去年は序盤からセルビア「インモラル・ガールズ〜秘密と嘘」ノルウェー「妹の体温」チリの「ダニエラ 17歳の本能」など粒揃いだったが、今年の文芸エロ映画はかなり不作だ。1月の「モデル〜欲望のランウェイ」は1人の少女が世間の荒波に揉まれて破滅するモデル残酷物語という、まあ言ってしまえば良くある作品で、これならネオン・デーモンの方が数倍良作だった。2月の「蒼い欲動」は本場フランスのエロ文芸かと思いきや、その皮を被った“乱交は危ないから止めよう!”とか“ゴムをつけないと性病にかかるぞ!”みたいな性教育映画で、そんなら学校でやれと言いたくなった駄作だった。4月にはコロンビアの文芸エロ映画「愛の断片」が出たのだが、あらすじ読む限り良くない感じで食指が伸びない。だが5月に入ってとうとうブログに書く価値のある文芸エロ映画が登場した。ということで今回はドイツ産文芸エロ映画「熟れた快楽」について紹介していこう。

専業主婦である中年女性ヘレーネ(「拘禁 囚われし宿命の女」マルティナ・ゲデック)は色褪せた日常を生きていた。不眠症に苛まれ夜になっても寝つけず、テレビの騒音に身を委ねた末、朝も近くなった頃にやっと数時間だけ眠れる日々が続いている。そんな状況に対し夫のレーマン(「顔のないヒトラーたち」ヨハネス・クリシュ)は全く理解を示すことなく、妻としての役割だけを求める。そしてヘレーネの心は磨り減っていく。

今作は現状に深い不満を抱きながらそれをどうすることも出来ない女性の心を描き出した作品だ。まず監督はその原因を神への信仰の欠如に見出だしていく。ある日突然神というものの存在を感じられなくなったヘレーネは教会にも行かなくなり、それを夫から詰られ虐げられることとなる。そうして自己嫌悪に陥る彼女の安らぎとなるのが、敬虔なキリスト教信者である隣人とのひとときだった。しかし彼が不慮の事故で亡くなってしまった時、彼女は更に深い虚無感へと陥ることとなる。

そんな中で彼女が出会うのがエドゥアルド・グリュック(「不倫休暇」ウルリッヒ・トゥクール)という脳科学者だ。彼の提唱する“新しい人生操舵”という理論の中に宗教的な救いの道を見つけたヘレーネは、エドゥアルドに会いにハンブルクへと赴くこととなる。出会いを果たした2人は互いの思索に共鳴しあう物を感じ、すぐさま惹かれあっていく。

ヘレーネたちを追う監督の演出は登場人物たちの感情を密に織り込む手捌きに長けている。被写体から遠ざかっては離れていく不思議なたゆたいを見せるカメラワークや、ヘレーネとレーマンが信仰について語る時、拳をゆっくりと壁に押しつけるように彼らの心へ肉薄していくクロースアップの力強さは言葉にし難い思いを私たちに語る。そしてダニエラ・クナップによる撮影もまた美しい。彼女はハンブルク瀟洒な街並みや夜の妖しげな雰囲気の中で人生が交錯していく様を繊細に捉えていく。そして彼女たちの何気ない所作、例えば2人の指が重なりあう瞬間やヘレーネが靴を脱ぎ砂浜へと爪先を潜り込ませる一瞬に距離の深まりや解放の涼風を浮かび上がらせていく。

しかし物語が展開するにつれ、不穏な影もまた現れることに私たちは気づくことになる。エドゥアルドと心を近づけていったヘレーネは、ある時彼が重度のポルノ中毒であることを知る。仕事以外の時は部屋に籠って自慰行為をせずには要られない病の発露は、描写自体は少ないながらもその実壮絶であり、切迫した描写の数々はヘレーネ以上に観客の心に吐き気をもたらしていく。この余りにも根深い病が、2人をドス黒い闇へと引き込んでいくのだ。

監督はそうして性の暗部へと足を踏み入れる。性の虚無的なまでの満たされなさに苦しむヘレーネと、性の絶望的なまでの過剰さに苦しむエドゥアルド。全くの対極にある彼らは磁石のように必然的に惹かれあいながらも、肉体を重ね合わせることはない、重ね合わせることが出来ない。何故ならそれが互いを傷つける壊滅的な破綻へと繋がると分かっているからだ。それでも心が肉薄することを、彼らは止められない。確かに彼/彼女を愛しているからだ。

そしてこの悲壮さはいつしかヘレーネが秘める信仰への問いへと接続される。神が消失した時代には、業火に焼かれた末に生まれ落ちた性の焦土が広がっている。2人の男女はその広大に過ぎる荒れ野を互いの支えを以て進んでいく。それは同じく心から消え去った神への信仰を、今と“私”をこの世界に繋ぎ止める身体とを重ね合わせ、失われた全てを取り戻すためだ。その旅路は余りにも壮絶だが、果てには崇高な輝きが待っている。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい
その183 Krzysztof Skonieczny&"Hardkor Disko"/ポーランド、研ぎ澄まされた殺意の神話
その184 ナ・ホンジン&"哭聲"/この地獄で、我が骨と肉を信じよ
その185 ジェシカ・ウッドワース&"King of the Belgians"/ベルギー国王のバルカン半島珍道中
その186 Fien Troch&"Home"/親という名の他人、子という名の他人
その187 Alessandro Comodin&"I tempi felici verranno presto"/陽光の中、世界は静かに姿を変える
その188 João Nicolau&"John From"/リスボン、気だるさが夏に魔法をかけていく
その189 アルベルト・セラ&"La Mort de Louis XIV"/死は惨めなり、死は不条理なり
その190 Rachel Lang&"Pour toi je ferai bataille"/アナという名の人生の軌跡
その191 Argyris Papadimitropoulos&"Suntan"/アンタ、ペニスついてんの?まだ勃起すんの?
その192 Sébastien Laudenbach&"La jeune fille sans mains"/昔々の、手のない娘の物語
その193 ジム・ホスキング&"The Greasy Strangler"/戦慄!脂ギトギト首絞め野郎の襲来!
その194 ミリャナ・カラノヴィッチ&"Dobra žena"/セルビア、老いていくこの体を抱きしめる
その195 Natalia Almada&"Todo lo demás"/孤独を あなたを わたしを慈しむこと
その196 ナヌーク・レオポルド&"Boven is het stil"/肉体も愛も静寂の中で老いていく
その197 クレベール・メンドンサ・フィリオ&「アクエリアス」/あの暖かな記憶と、この老いゆく身体と共に
その198 Rachel Lang&"Baden Baden"/26歳、人生のスタートラインに立つ
その199 ハナ・ユシッチ&「私に構わないで」/みんな嫌い だけど好きで やっぱり嫌い
その200 アドリアン・シタル&「フィクサー」/真実と痛み、倫理の一線
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを