鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と

サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
サフディ兄弟の諸作についてはこちらの記事担当。

前作“Daddy Longlegs”によって父親との関係性に一応の決着をつけたサフディ兄弟は、子供時代から離れて父本人の過去に基づいた作品“Uncut Gems”を製作する計画を立てるのだが、未だに成立することなく今に至っている(とうとうの次回作はこれらしいが)そのせいか2009年から2013年まで長編製作に4年のブランクが空くこととなるのだが、この間にも数本の短編を手掛けており、そこには後の長編に繋がる萌芽がいくつか見られる。ということで今回はそんな短編を2つほど厳選して紹介しよう。

まず紹介するのは2010年製作の短編“John’s Gone”だ。主人公はニューヨーク・ボストンの片隅に住む青年ジョン(ベニー兼任)だ。彼は100円ショップで万引きしたりゴミ捨て場で拾ってきた物をネットで売り捌きながら、何とか生計を立てている。だがそんな状況では人生に満足感を抱けるはずもなく、ジョンの鬱屈は日に日に悪化していくこととなる。

今作は短編/長編含め、サフディ兄弟の映画でも1,2を争う猥雑さを誇っている。8mmビデオの画面にはノイズが走りまくり、まるでテープをビリビリに引き裂いているかのように汚ならしい。そしてカメラに映し出されるニューヨークの殺伐さやアパートの閉塞感も印象的で、画面の奥から道に打ち捨てられた吐瀉物や排水溝に溜まった滑り、マンションに撒かれる殺虫剤の臭いが画面から暴力的なまでに漂ってくる。

だがその更に奥からは、深い孤独が顔を出してくる。ジョンには自分を慰めてくれる恋人も自分を拳銃で守ってくれる友人もいたのだが、彼の孤独は他の誰かといることで癒されるものではない。ある日、ジョンはアパートのゴキブリ駆除のために殺虫剤を撒き始めるのだが、ひょんなことから住民と喧嘩になり、完膚なきまでにボコ叩きにされてしまう。そんな恥を晒すような経験が続くことで、ジョンは崖っぷちに追い込まれる。

この猥雑さと孤独の交錯は、サフディ兄弟と同じくニューヨークを創作拠点としている映画作家アベルフェラーラを想起させるものだ。特に彼の作った初期作「ドリラー・キラー」は殺人こそしないが“John’s Gone”に渦巻く鬱屈と共鳴するものがある、つまり満たされない心が暴発へと少しずつ肉薄していくあの感覚が。実際にフェラーラ“Daddy Longlegs”にホームレスのフリをした強盗という、正に彼に相応しいとしか言い様がない役柄で出演も果たしている。更にサフディ兄弟は彼のニューヨークの暗部への忌憚ない眼差しを取り込んで「神様なんてくそくらえ」を完成させることになるが、それはまた別の話である。

次に紹介するのは2012年に製作された短編映画“The Black Balloon”だ。ニューヨークのどこか、風船の束を持った中年男性が言うことの聞かない子供たちを必死に宥めている。だが不注意で風船から手を離してしまい、数十もの風船が上空へ舞い上がってしまう。その色とりどりの風船の中に1つだけ黒く染まった風船があった。それは一度は事故で潰されてしまいながら、新しい命を得て再びニューヨークの町へ向かう。

そうして黒い風船は猥雑な街並みを自由に旅することとなる。行き交う人々の合間を縫ってストリートをフワフワと漂い、高く飛んでビルの窓から人々の仕事ぶりを観察し、公園でぼーっと座っている青年にちょっかいを出したりする。その姿はまえうで無邪気な少年/少女のようだ。この姿からも分かる通り、今作はアルベール・ラモリスの短編作品「赤い風船」にオマージュを捧げた子供映画の側面を持っている訳で、風船の旅路は何とも微笑ましい。

だが監督がサフディ兄弟なのだ、そこで終わるはずもない。ある時風船は言い争いをする親子の姿を目撃する。父は娘にこっぴどく罵られ意気消沈、そんな彼の元へと風船は飛んでいく。最初は何かのドッキリかと思った父親も、このおかしな風船の姿に心を開き始め、行動を共にすることとなるのだが……

そこから今作は無邪気な子供映画から苦くて侘しい大人の寓話へと姿を変えていく。風船が出会うのは意気消沈した父親だけではない。母親と恋人がイチャつくのに耐えられない少女や、ホームレス同然に街を彷徨する中年男性などなど誰も彼も満たされない思いを抱えている。彼らは悲しみに俯くしかなくとも、それで互いへの不理解が深まろうとも、何とか日々を生きようとする。風船はそうして人間というものが抱える複雑な感情を知ることになるのだ。

“The Black Balloon”の核は何といっても黒い風船である。どういうギミックだかは分からないが、風船は自由に宙を飛び回り、ニューヨークに爽やかな風を注いでいく。しかもプワプワ浮かぶ姿が映るだけで、風船の黒い身体に様々な表情が見えてくるのも驚きだ。撮影を担当するのは現在のニューヨーク・インディー界を代表する撮影監督のショーン・プライス・ウィリアムスだが、彼の洗練された眼差しが街や黒い風船に生命の輝きを宿していく。そんなウィリアムスの貢献や物語の寓話性もあり、この作品にはサフディ兄弟としては異色の新たな魅力があると言えるだろう。

従来の荒々しさを突き詰めた“John’s Gone”と兄弟にとってはある意味で新境地となった洗練の作品“The Black Balloon”、彼らは短編として異なる領域にある作品を作り上げた訳であるが、後者の翌年から続けて、全く異なる2作の長編映画を完成させることとなるが、それについては次回以降にレビューしていこう。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
その63 サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
その64 サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
その65 サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と