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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎

さて「ダラス」である。おそらくアメリカ人ならば誰でも知っている長寿ドラマであり、暴君J.R.を中心としてとある一族の激烈で、時おり滑稽な権力闘争と愛憎模様が描かれる作品だ。この作品は誰が見ても分かる通り資本主義の論理を濃厚に反映した一作である訳で、もし冷戦時代の東側諸国がこの作品を観たら卒倒請け合いだろう。ましてやテレビで流されることは絶対に有り得ない、かと思われていたが、何とチャウシェスク独裁政権下においてこの「ダラス」が何故か放送されていたという驚きの事実がある。今回紹介するのはそんな奇妙な事実を背景として、ルーマニアという国の諸相を描き出した一作Hotel Dallas”という一作だ。

1980年代ルーマニア、体制の転換と経済停滞によって共産主義政権は末期的な状況を迎えており、さらに人々は凄絶な貧困に喘いでいた。未曾有の暗黒時代がこの国に到来している真っ只中であったのだ。だがそんな状況で人々の希望を繋ぐ存在が1つあった。それが毎週放送されるアメリカのテレビドラマ「ダラス」であったという訳である。

この時代、電力の都合などでテレビ放送は2時間のみで、その殆んどはプロパガンダ映像だった。そこに西側諸国の文化は入る余地がなかったが、唯一「ダラス」だけはテレビで放映されていた。それは何故か。政権は資本主義の腐敗と残虐性を国民に啓蒙するために、よりにもよって「ダラス」を放映した訳である。だがもちろん人々が啓蒙される訳がなく、彼らはむしろその贅沢でダイナミックなアメリカ人たちの姿を大いに楽しみ、西側への憧れを深めることとなる。

Hotel Dallas”はこの状況を背景として「ダラス」への愛を描き出した作品であるのだが、その愛の表現方法は頗る奇妙なものだ。ある時、映画にはイリエという男が登場する。彼は「ダラス」を観て犯罪者として成り上がることを夢見ていた。そして革命後、彼は数々の裏取引や密輸を経て、スラボジアという町を牛耳る存在となる。更にイリエは有り余った愛の末、この地に劇中に出てくる建物を模した“ホテル・ダラス”と呼ばれる邸宅を建て、王者として君臨することとなったのである。

そんなこの地にある男が流れ着く。名前はMr. Here(「ダラス」パトリック・ダフィー)、彼はアメリカ人ながら故郷で交通事故に遭い、目覚めるとこのルーマニアに流れ着いていたのである。そして“ホテル・ダラス”に奇妙な懐かしさを抱いた彼はここに泊まることを決め、イリエやその娘であるリヴィアと出会うことになる。だがイリエが警察に逮捕されたことをきっかけに、彼はリヴィアと共に記憶を巡る旅へと赴くことになる。

さてMr. Hereを演じるパトリック・ダフィー、この名前を聞いたことがある人は多いはずだ。何故なら当の「ダラス」に希代のイケメン・ボビー役で出演していたのが正に彼だからである。監督はこのためにダフィーを担ぎ出した訳だ。この作品では本筋の物語と平行して、実際にルーマニアでボビーの活躍含め「ダラス」を楽しみにしていた人々の証言も綴られていく。その中で監督はシーズン7においてボビーが自動車事故で死ぬ場面についてこう語る。彼が車に轢かれたのを観た時、とても驚いた。だけどママは、あの血はジャムで出来てるんだと教えてくれたんだった……

ここで少し今作の監督であるリヴィア・ウングル Livia Ungurについて記していこう。共産主義下のルーマニアに生まれた彼女は、劇中で証言する人々と同じように小さな頃は「ダラス」を観ながら育ったという。そしてその経験が高じてアメリカへの憧れを抑えられなくなった彼女は2004年にニューヨークへと移住、ここでアーティストとして活躍し始める。そんな中で彼女は後の夫である映像作家Sherng-Lee Huangと出会い結婚、エール大学の卒業製作として彼と共に作り上げた作品がこの“Hotel Dallas”だったという訳だ。こう見ると「ダラス」への愛に満ちた感動的な一作のように思われるが、今作はそう一筋縄では行かない。彼女は作品についてこんな言葉を残している。

"Hotel Dallas"について初めて話すと、人々はこの作品はハリウッドが世界を変えたことについての物語と思うんです。まあ、ある意味ではそうですが、ことは複雑なんです。ラリー・ハグマン――暴君J.R.を演じた俳優です――は「ダラス」が共産主義を崩壊させたと言っています。それも真実の一部ではあります。

ですが「ダラス」は現実がいかに厳しいかということから目を背ける気晴らしでもありました。あの頃私たちは待ち続けていました。母は1日中工場でのシフトが終わるのを待ち続け、何時間も列を作って食事の配給を待ち続け、そして1週間ずっと「ダラス」の放映を待ち続けていたんです。あの美しい人々が次に何をするかを観るために。おそらく「ダラス」が無ければ、人々がここまで待つことはなかったでしょう。革命ももっと早く起こっていた筈です。

そして「ダラス」こそが資本主義を迎え入れたとしても、それは今日のルーマニアを侵食する腐敗した縁故資本主義です。J.R.のような存在に支配されている国を想像してください――想像する必要などないかもしれませんが。この映画はルーマニアについての映画です。しかし今作のテーマはアメリカの観客にも共感されるのではと私は思うんです"*1

今作は監督の故郷であるルーマニアへの愛憎を描き出した作品でもあるのだ。家族団欒でテレビを見ているとチャウシェスク夫妻の処刑映像が流れてきたクリスマスの記憶など、人々の証言によってあの時代の日常が綴られる一方で、優れた思想を残しながらファシズム国粋主義に傾倒したエミール・シオラン(ルーマニア発音ではチョラン)などの思想家に対する葛藤も語られる。喜びや常に悲しみと共にあり、優れたものは必ず悪しき何かを内包するという2つの極に引き裂かれている存在がルーマニアなのだと、今作は私たちに対して明示する。

そして今作の秀でた点はそういった複雑な要素の数々を、様々なフォーマットを行き交いながら万華鏡的に語る手捌きにある。ルーマニアの子供たちによって「ダラス」の一場面が再演されるのと同時に、観客はドローンによって広大に映し出される“ダラス・ホテル”の空撮を目の当たりにすることとなる。ルーマニアアメリカへの愛憎を描いたフィクショナルな旅路が描かれると共に、人々が昔を語るドキュメンタリーが並列で紡がれる。こうしてHotel Dallas”は何にも似ることのない万華鏡的な映像詩として、ルーマニアの余りに奇妙な歴史を浮かび上がらせていくのだ。

参考文献
http://www.indiewire.com/2016/02/berlinale-2016-women-directors-meet-livia-ungur-hotel-dallas-204773/(監督インタビューその1)
https://indienyc.com/2016-berlinale-interview-sherng-lee-huang-hotel-dallas/(インタビューその2)

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