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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録

Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
Edualdo Williamsの略歴および代表作についてはこちらの記事参照。

この前、マティアス・ピニェイロ監督の特集上映に行き、現代アルゼンチン映画講座を受けた際、Nele WohlatzEdualdo Williamsという映画作家が、アルゼンチンの外部の声を代表する存在として紹介された。前者についてはブログ記事を書いているので読んで欲しいが、後者についても一応はブログ記事を書きながら短編紹介だけで触りだけしか紹介できなかった。ということで今回はとうとう観られたEdualdo Williamsの長編監督作“El auge del humano”を紹介していきたいと思う!これも凄い映画だぞ!

今作にまず登場するのはエクセ、アルゼンチンのとある町に住む25歳の青年だ。彼は何にも打ち込むことが出来ずダラダラと日々を過ごしている。そんな中で働いていたスーパーをクビになったかと思うと持っていた携帯までが壊れて、最悪な気分になるが、それでもダルい日々を変えようとすることはない。

序盤においてはそんなエクセの姿が延々と映し出されていく。洪水に襲われて膝まで水に満たされた街並みをエクセが何の目的もなくフラフラしていたかと思うと、親戚の家に行って狭い部屋でゴロゴロと時間を潰す。そして公園まで歩いていき仲間と適当につるんだ後は、埃臭い自宅に戻ってボロっちいパソコンを操作する……

それでも今作を凡百の作品群と一線を画する要素は数多く存在している。まず監督を含めた3人の撮影監督が紡ぐ映像だ。彼らはフィルム機器を担いで、外をダラダラ歩き続けるエクセを同じようなフラフラ加減で以て追い続ける。手振れが常に付きまとう様はダルデンヌ兄弟に代表される社会派リアリズムが濃厚であり、ここでは登場人物の日常を映し出すと共にその周りに広がる猥雑な環境をも取り入れているため、彼らの生きる世界の匂いが生々しく漂ってくる。

そんな撮影様式に組み合わされるのがフィルムの荒い粒子だ。どこか郷愁すらも感じさせる粒の濃さは世界に豊かな色彩を宿しながらも、今作の場合はそこに濃密な影をも宿していく。この2つの要素が微妙な揺れの中で共振しながら、エクセの心許ない背中が数分規模で長々と映し出される光景はどこか不安を掻き立てる代物だ。まるで終わらない夏休みを追体験させられるような。

“El auge del humano”を構成するのは上述した終わりなき気だるい日常だが、監督はここにとあるツイストを施す。私たちはある驚くべき瞬間からアフリカ大陸はモザンビークに住むアーチーという青年の日常を目撃することになる。彼もまた仕事や退屈な人生に飽き飽きしていながら、友達とつるむばかりでどうこの時を変えていけばいいのか分からない。そして彼の抱く鬱屈はある禍々しい瞬間を境にして、フィリピンに住む青年たちへと接続されるのだ。そして彼らは森の中を延々と彷徨い、時間を浪費していく。

こうして監督は3つの大陸を股にかけて、若者たちが抱く深い倦怠感を重ね合わせていくのだが、今作から思い出されるのはリチャード・リンクレイターがキャリア初期に製作した異形の傑作「スラッカー」だ。この映画、表面上はどこか変な若者たちが代わる代わる現れて自分の言いたいことベラベラ喋りまくるという、後のリンクレイター作品の特徴が芽吹きを見せているコメディだ。だが実際はテキサスという名のドン詰まりから逃げられない若者たちが陰謀論や悪意、不条理な死の予感に絡め取られる不気味な雰囲気の中で、最後には黙示録を迎えるという内容だ(と少なくとも私は思っている。詳しくはこのレビューを読んで欲しい)

“El auge del humano”は正にこの映画の嫡子、テン年代「スラッカー」とも言うべき作品だ。怠け者な(“Slacker”という訳である)若者たちが目的もなく自分の生きている町をフラフラと渡り歩きながら、どうでもいいお喋りを繰り広げる。そしていつの間にか視点がある若者からある若者へと変わり、それが反復されていく。

だが真に重要なのはこの2作がある程度共通しているからこそ浮き彫りになる相違点の方だと言える。「スラッカー」の舞台はテキサスの街であり、規模はある程度小さかった。だが“El auge del humano”はアルゼンチン、モザンビーク、フィリピンと3つの大陸を股にかけて製作されているのだ。規模が全く異なっている訳である。

そして注目したいのはWilliamsの映画製作法が、今の最先端にある映画作家が取るものと同じであることだ。デジタル機器ではなくフィルム機器を担いで、自分の故郷はもちろんのこと、外国を飛び回りながら映画を撮る、これは例えばこのブログで紹介している作家だと“Fort Buchanan”のベンジャミン・クロッティ“L for Leisure”のホイットニー・ホーン“Dreams, Drones and Dactyls”のガブリエル・アブランテスなどがいる。彼らの作品は国境という境界線を軽く越え、無二の自由を宿しているが、Williamsもそんな彼らの行動に共鳴しながら自由な作品作りを行っているのだ。

そしてもう1つの最も重要な要素がテクノロジーの発達である。「スラッカー」が製作された1991年、そこではインターネットが未だ発展途上で(あの「ザ・インターネット」が作られるのが1996年だ!)あり、しかも携帯などはほぼ見る影もなかった。そんな時代も今は昔、テン年代たるや2つの技術は凄まじい進歩を遂げ、私たちはそれらを通じ世界を越えて繋がり続けている。故に今作が映し出す登場人物の日常とは携帯やパソコンを中心に生活する日々とイコールなのである。実際エクセたちはいつも携帯にかじりついているが、アメリカの小説家であるタオ・リンはそんな姿を見せる私たちの世代を“Facedown Generation”と呼んでいる。つまりこの作品はそんな“うつむき世代”に贈られるべき「スラッカー」という訳である。

そして今作はテクノロジーの発達によって黙示録の感覚も拡張されていく様をまざまざと私たちに見せつける。「スラッカー」においては冷戦期に満ちていた破滅への予感、その裏にはいっそ破滅が訪れてこんなクソ人生ぶっ壊ればいいって鬱屈が存在していた。しかし冷戦が終結してしまったことから逃げ場の無くなった鬱屈がどんどん捻じれていくとそんな風景が描き出されていたと言える。それでもリンクレイターは狂気の数珠繋ぎが最後に炸裂する光景を捨て身で描き出すことができた。

だがWilliamsは最早ここにはその可能性すらないという事実を提示する。技術の進歩が何らかの感情を世界レベルで接続できるようになり、それは「スラッカー」の数珠繋ぎを世界規模で達成できるようになったことを指し示す。だが「スラッカー」における狂気はこの時代においては倦怠にとって変わられてしまったことによって、黙示録は永遠に遅延されていくことになるのを決定付けられた。物語のラストに現れる光景が、その何よりも明確な証左なのだ。

アルゼンチン映画界を駆け抜けろ!
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その8 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その9 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その10 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その11 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その12 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?

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