鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を

さて、この前ブルガリア映画“Hristo”を紹介する記事において、テン年代以降この国の映画界が隆盛を遂げていると記した。ダルデンヌ兄弟や隣国ルーマニア映画作家たちから多大なる影響を受けたスタイルで以て、ブルガリアの過酷な現状を忌憚なく描き出していく作品の数々が、世界中の映画祭を俄に席巻しているのである。その中で去年の8月、新人映画作家の登竜門的な存在であるロカルノ映画祭において、無名のブルガリア人作家が作り上げたデビュー長編が最高賞を獲得することとなった。今回紹介するのはブルガリア映画界隆盛を決定付けたその一作、Ralitza Petrova監督作“Godless”を紹介していこう。

この物語の主人公はガナ(Irena Ivanova)という女性だ。ブルガリアの山間に位置する町で、彼女は介護師として働いている。不自由な身体を持つ老人たちを世話する仕事は、しかしガナに少しの安らぎももたらすことはない。機械的に仕事をこなし、時には恋人のアレコ(Ventzislav Konstantinov)と会い、最後にはいつものように母のいる狭苦しい部屋へと戻る。そんな無機質な生活はガナの心を磨り減らしていく。

この無機質さと共鳴するように、今作のリズムもまた頗る淡々としたものとなっている。共産主義時代に建てられた高層団地の階段を上っていく、ベッドに横たわった老人の萎えた足を解していく、団地の開け放たれたドアからセックスを盗み見る、部屋のベランダから夜の荒んだ街並みを眺める、レストランでアレコと色褪せた会話を繰り広げる、そういった死体のような日常の数々が淡々と繋ぎ合わされていくのを観客は目の当たりにすることとなるのだ。

その中で私たちは日常の危うい側面をも目撃することになるだろう。介護の途中で洗面所に向かったガナは、老人の荷物の中からIDカードを取り出し密かに盗んでいく。そして○の力を借りてそれを売り飛ばしてしまうのだ。詐欺などの組織犯罪に利用されるらしいが彼女にはどうでもいいことだ、こうしなければ生き残れないのだから。そして同じく盗み出したモルヒネを吸いながら、彼女は過酷な現実から目を背ける……

そんな日々を描き出す監督の眼差しは、異様なまでに研ぎ澄まされた切れ味を誇る。まず映像の基礎は先述した通り、ダルデンヌ兄弟的な徹底したリアリズムと言ってもいい。手振れカメラを駆使しながら描かれる、朽ち果てたアパートや雪に塗り潰された町の風景からは生々しい冷気が迸り、観客は正にその世界に身を浸しているような感覚を暴力的なまでに味あわされることとなる。

だが例えば「ザ・レッスン 女教師の返済」のクリスティナ・グロゼヴァ“Hristo”のGrigor Lefterovがそうであるように、リアリズム一辺倒にならないのがブルガリア映画の強みだ。監督はブルガリアの現状に、いわば虚無の詩情を見出だしている。カメラを担当するChayse IrvinKrum Rodriguezによる粒子深い映像は近視的でかつ断片的だ。絶えず震えとぼやけを伴いながら、彼は世界のくすんだ真実に肉薄していく。呻く老人の皺、白く染まった口髭、傷が剥き出しになった部屋の壁、熔接によって冷気の中へ散っていく火花、死んだ魚のような人々の瞳。淡々とした日常にそんなイメージの数々が浮かんでは消えながら、その1つ1つが観る者の心へと沈殿していく。そしてそれらが結びついていき、生まれる映像詩というものが確かに存在している。

この映像詩が紡ぐ世界は凄まじく醜悪で、残酷な諦念に満ちている。犯罪を犯していかなければ満足に生きていくことも出来ない現状、そこでは強い者が弱い者を堂々と蹂躙する光景だけが広がり、声を上げる者もいない。この世界は神なき後の世界なのだ。神の死とともに人間性も愛も良心も全てが根絶やしにされてしまったのだ。その先に見えてくる凍てついた虚無の詩情は、しかし息を呑むほどの罪深い美を誇っている。それが私たちの瞳が今作から逸らせない理由だ。

その中でガナの元に目覚めが訪れる時をも、監督は見逃すことがない。ある時彼女は顧客の1人であるヨアン(Ivan Nalbantov)が響かせる讃美歌を耳にする。その清らかな声は頑なであったガナの心を氷解させるには十分なものだった。そして弱き者たちを踏みにじる自分の行動に疑問を持ち始めたガナは、その行いのせいで警察に逮捕されるヨアンの姿を見ることである決意を固めることになる。

“Godless”とはつまりブルガリアの現状を批判する社会派映画であると同時に、神なき後の世界において失われた尊厳を再びその手に掴もうと足掻く女性の姿を描き出したハードボイルド映画でもある。それを体現するのがガナを演じるIrena Ivanovaだ。粉々に破壊された廃墟のような無表情を浮かべ続ける彼女には、生の輝きなど微塵も存在してはいない。そんな彼女が聖なる響きに導かれて、贖罪のための静かなる戦いを繰り広げる姿には、ブルガリアの闇を照らす小さな灯火が宿る。

参照記事
https://www.calvertjournal.com/articles/show/6788/ralitza-petrova-interview-bulgarian-film-godless(監督インタビュー)

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